053 少女
予告通り視点変わります。
私は村の外れにある畑で野良仕事をしていたの。
両親は昨年、行商に向かう途中魔物に襲われて亡くなって、病気の兄と小さな弟を抱えながらの暮らしは、私に重く伸し掛かった。
暮らしていく生活費を得るために売れるものは全て売り、夜は内職、昼は村はずれに必死の思いで開墾した畑を耕している。売ってしまった畑と比べたら粗末な畑だし、この辺は魔物も出てくるかもしれない危険な場所だけれど、村から外れたこの場所じゃなければ土地は無く、生きていくためにはこれしか道が無かった。
この日も私は村はずれの畑で一生懸命に耕していた。
日が昇る手前から出掛けて、石を拾い、草を抜き、木を伐り、根を掘り、土を耕していく。耕した場所には雑穀を撒き、野菜を植え、川に水を汲みに行き水を撒く。毎日がこれの繰り返し。ようやく猫の額ほどの畑に広がったけれど、これだけでは3人の暮らしを支えていくのは難しい。
そんな私に一年ほど前に水神様の生贄の紋章が出たの。
紋章は収穫を願う水神祭の夜に選ばれることになっていて、村の広場で行われる祈念式の際に額や腕に表れるの。私は昨年の祈念式で腕に紋章が出たことで選ばれたことが分かったわ。
村長さんからは弔慰金が支払われることになっているけれど、支払いは生贄の儀式が終わってからじゃないと支払われない。
だって、弔慰だものね。
……私が亡くならなければ駄目なの。
原因不明の奇病に侵されて兄が病に臥せったのは、両親の死後すぐだった。
あんなに元気だった兄さんが見るも無残な程衰弱して、私が働く他に生活費は賄えない。でも、女の私が稼げる額ではとてもじゃないけれど生活を支えられない。そんな中、私の腕に出た紋章は弔慰金という道を私に示した。弔慰金はかなりの額を頂けるということだから、それさえあれば私が亡くなった後も何とかなるかもしれない。
そうと決まったら、背に腹は代えられないとばかりに両親の貴重な遺品も売り、畑も売り、家も売り……何とか冬をしのいだけれど、私が亡くなって弔慰金が入ったとして、本当に兄と弟だけで暮らしていけるのかと思うと、心配は尽きないし、自分のしていることが本当に最善なのかなんて分からない。
それでも私は出来ることをする。
この小さくて痩せた畑だけでも弟に残してあげられたら、少しは暮らすのに役立つと思うの。元気な私が出来ることを精一杯残してあげる。
それだけが私に残された最後の選択肢。
そう思っていた。
「グヒヒヒヒヒ」
唐突に背後から不気味な声がする。
振り返ると森の茂みの向こうからガサガサと音がして、ゆっくりと姿を現したのはゴブリン。それも一匹だけじゃない。周囲から複数のゴブリンが包囲する様に迫る。
私の持っているものは鍬だけ。
長さはあるけれど、女手でゴブリンを倒す自信は無い。それにゴブリンは武装している。私が最初に見たゴブリンはロングソードを持っているし、周囲には弓や槍や杖を持つものもいる。
これはゴブリンのパーティ。
村でも複数人の冒険者ライセンス持ちが相手をしないと倒せない相手。
私の人生はこれまでの様ね。
「……でも、諦めるもんですか。こんなことで、こんなとこで、こんな形で」
私は弓を持つゴブリンに向かって鍬を構えて振り被る。
唐突に動き出した私に弓を持つゴブリンは慌てた様子で弓を構えようとするが、私の方が僅かに速く届きそうだ。
「貰った……!?」
私は脇腹に焼き鏝を押し当てられたような痛みを感じた。いや、実際に火の玉が私の脇腹に当たり、私の体を弾き飛ばした。空高く舞い上がった私の体を狙う様に先程迫った弓持ちが私を下から狙うのが見えた。
(これで、終わりなのね……)
弓持ちが矢を射放つ。
放物線を描く様に飛んだ矢は、そのまま放物線を描いた。
私はそれをまるで他人事の様に眺めていた。遥か高く先で。
「無事であるか?」
「え?」
私は気が付いたら抱きかかえられていた。
それも私より年齢的にも下の男の子に。
銀髪に青い目をしたとても綺麗な容姿をした男の子。
彼は両手で私の体を抱きかかえながら、空の上で宙を蹴って逆方向に戻っていく。何故蹴ることが出来るのか分からないけれど、理解出来ないことが起きている。
そうかと思ったら、私達は森の中に降り立ったわ。
そこには一人の男の人が立っていたの。
黒髪に黒い瞳のとても綺麗な顔立ちをした人。
服装を見る限り旅の人なんだと思うけれど、身形は貧しくないわね。どちらかというと、上等そうな服や装飾品を持っているところを見ると、相当のお金持ちにも見えるけれど……。
「父さん、連れてきたぞ!」
「うん、えらいえらい」
彼は笑顔でそう言うと男の子の頭を優しくを撫でたわ。
男の子はとても気持ち良さそうに目を細めてその手を受けている。
傍目には男の子のお尻からしっぽが生えていて、それをブンブン振り回している様に錯覚しちゃうくらいにうっとりしているかも。
彼が父さんと言うからには、この人は男の子の父親なのね。
「では、戻って倒してくる!」
「パト、ほどほどにしなさいよ」
「分かっているのだ!」
パトと呼ばれた男の子は私をそっと下すと風の様に走り去った。たぶん、ゴブリン達の方へ向かったんだと思うけれど、このお父さんはそれを止めようとはしなかったところを見ると、男の子の力に自信があるんだと思う。
「あ、あの、何処の何方か存じませんが、有難うございます」
私が礼を告げると、男の人は一瞬眉を上げたの。
それも僅かなことで、彼は笑顔で返してきたわ。
「いえいえ。困った時はお互い様という言葉が私の国には有りましてね。礼には及びません」
とても優しく話し掛けてくれたけれど、私には彼にお礼をする持ち合わせがない。
それを知ったらどうなるかと思うと、このまま知らせないわけにはいかない。
「あの、私には何もお渡しするものが無いのですが……」
「フフフ、だから礼には及びません。これは私どもの酔狂が過ぎた結果だとお思いなさい。さて、パト達の方へ向かいましょうか。彼らが無茶をしても困りますから」
そう言うと彼は私に手を差し出してきた。
私が恐る恐るその手を取ると、彼はニッコリと微笑んで私の手を優しく握って一緒に歩いてくれたわ。
……こんなに優しい手を握ったのは、何時ぶりかしら。
男の人と畑の方へ向かうと、先程の男の子ともう一人青い髪の男の子が畑の真ん中で立っていたの。先程の男の子もそうだけど、この子達には何か独特の惹きつける様なものを感じるの。見た目がとても整っていて綺麗っていうのもあるけれど、彼らの周りにだけ光る仄かな輝きみたいなものかしら。それが何かは分からないけれど、彼らがそこらの子達とは違うということは一目瞭然だった。
だって、彼らの雰囲気とは似つかわしくない殺伐とした風景がそこにあったから。
周囲には白目をむいて泡を吹いて倒れているゴブリンの死体が転がっていたわ。
「おー、ようやく来たか父さん。あまりにも弱過ぎて退屈なのだ!」
「同じく。こんなものでは実験にもならん」
余裕そうな顔で男の人に告げる二人に、男の人は私の手を離すとゆっくり二人に近付いて行って、両手を二人の頭の上に持って行ったわ。二人は撫でられるのを期待して目を輝かせている。
でも……。
ゴツン!!!
「「痛ってーーー!!!」」
「な、何をするのだ!!」
「そうだ、俺達を褒めるのが筋であろうが!」
抗議の声を上げる二人に、後ろにいる私からは男の人の表情は見えないけれど、小刻みに体が震えているのは分かる。
「……あんた達ねぇ。あれ程気を付ける様に言ったのに、これはどういうこと? 見なさい!畑は滅茶苦茶だし、この死体の山は何!全くお話にならないじゃないの!!!」
二人は周囲を見回してようやく状況を理解すると、青い顔をして男の人を見た。
「あ、ある……じゃなかった、父さん、違うのだ。こいつらは気絶しているだけなのだ!」
「そ、そうだぞ!殺してはいない!……はずだ」
二人はそう反論すると、周囲で倒れているゴブリン達のもとに行って倒れているのを無理やり起こすと、背後に回って何かをしたの。
そうしたらゴブリン達の意識が回復したのよ。
どうなっているのかしら。
彼らは全員を起こすと、ゴブリン達を一か所に集めて二度と悪さをするなと一喝して退散させたわ。その始終を見ていた私は何が何やらという印象しかなかったけれど、二人の話通り本当に死んでいなかったのね。
それを見た男の人は、二人に彼の前に来るように促す。
再び彼の前に立った二人だけど、表情は恐々といったところかしら。
「これで良いだろ?」
青い髪の子がぼそりと言う。
それに対して男の人は静かに返答したわ。
「それはそれ、これはこれ。畑はどうしようもない。二人には罰として畑仕事を命じます」
「「……はい」」
まるで二人は耳を垂れてシュンとするように男の人の言葉に従って返事を返した。
二人に罰を言い渡した彼は私の方を振り向く。そして、眉を下げて申し訳なさそうに私に語り掛ける。
「すみません。行き届かない息子達のせいで貴方の畑を台無しにしてしまいました。この損害は私達がしっかりと弁償させていただきます」
男の人は深々と私に礼をする。
こんな丁寧な礼をされた事がなかったので、突然のことに私は混乱したわ。
「あの、ちょっと、すみません。頭を上げてください。私、そんなつもりは。助けていただいたのですから、むしろ私が礼をしたいほどです。ですから」
彼は礼を直すと、姿勢を正したわ。
その表情はとても申し訳なさそうだけれど、本当に礼を言う側の私が謝られているのは変だと思うんです。どうしてこんなに低姿勢なのかしら。
「魔物の件は当然のことをしたまでですが、畑を壊したのは完全な我々の落ち度です。畑というものは命を繋ぐのに大事な場所です。それを荒らすということの意味を教えるにも丁度良い。そうですねぇ、貴方が良ければ我々に宿を提供して頂けないでしょうか?」
「宿……ですか?」
「はい。私達はお詫びに畑を作り直します。その為の滞在場所として屋根のある暮らしを提供して頂きたい」
唐突な提案だけれど、確かに畑を直して貰えれば助かると思う。でも、うちみたいな貧乏家に来て頂くにはあまりにも申し訳ない。気持ちの上ではおもてなししたいくらいだけれど、理想と現実の落差に溜息しか出ないくらい。
「……あの、うちは貧しくて、皆さんに食料を提供できる様な余裕も……」
私がお断りの言葉を話しかけると、それを遮る様に事も無げに彼は言ったの。
「あぁ、そこは問題ありません。食料は我々で用意しますし、寝る用意も自分で出来ますので、雨露凌げる場があればいいのです。宿代も提供します。如何ですか?」
「宿代!?」
私は彼の言葉の中にあるこの言葉に反応してしまった。
……いけないことは分かっているけれど、うちには少しでもお金が欲しい。命の恩人からお金を貰うなんて失礼なことだとは分かっているけれど、貰える物ならば少しでも欲しいうちの現実を考えると、これは無視できない。
「あの……うちは本当に何も出来ませんが、それで宜しければ」
「えぇ、十分です。良かった。野宿暮らしから解放ですよ。有り難い」
彼はそう言って笑顔で喜んでいる。
背後の男の子達も嬉しそう。
私は彼らが納得しているなら仕方ないので、三人を連れて村へ戻ることにしたわ。
本当にいけないことは分かっているけれど、お金は大事だもの。
お金大事。これゼッタイ。
少女から見た3人との出会いのお話です。
お金大事。これゼッタイです。
次も少女視点が続きます。




