045 無銭飲食無賃乗車
引き続きガリ編です。
あたしと老人達との生活が始まって翌日、朝食の後に老人からあたしの剣が返されたわ。
大事に捧げ持つ様に渡されて何事かと思ったけれど、丁寧な扱いは悪い気もしないから笑顔で有難うと告げて受け取ったわ。受け取って一応鞘から抜いて刀身を見ても幸い傷一つ無かったし。ただ、剣を鞘から抜いた際にみんながとても驚いていたわね。
まぁ、こんだけ透き通った刀身の剣なんて地球でも有り得ない代物だから気持ちは分かるけれど。
食後の後片付けが終わったら出発よ。
傭兵の一人と老人が御者台に座って、あたしと少女と傭兵の青年が荷台に乗り込んだわ。
暗くてわからなかったけれど、傭兵の男の一人は50代くらいの白髪交じりの髪を短く刈り揃えた厳ついおじ様で、もう一人は黒髪で髪型は似たようなものだけれど明らかに若い10~20代くらいの優し気な青年ね。二人とも軽装の革製の鎧を着ているわね。
少女の方は黒髪をおかっぱにしたあたしからするとレトロな印象な少女ね。服装は旅装なのかベージュの着物っぽい前合わせの服を帯で後ろに縛っていて、柿渋っぽい焦げ茶色のもんぺ風ズボンを履いていたわ。まぁ、なんとも不思議な装いね。
彼女はあたしにしきりに話し掛けてきたわ。
物を指さして、これは何だと説明している様な感じかしら。なるほど、あたしに物の名前を教えているのね。あたしが彼女の発音を真似てみると、うんうんと頷いて目を輝かせているの。その表情にあたしも安堵して思わず笑っちゃった。
それから馬車の中では言葉の教室が始まったわ。
最初は少女だけだったけれど、そのうち傭兵の子も参加してきて、暫く馬車の中に有る物の名前教室が続いたんだけれど、その中で少女が唐突に自分を指さして「メイリン」って言ったの、それを見た青年が続いて自分を指して「フェン」って名乗ったわ。
あたしは二人を指さしてメイリン、フェンって呼び掛けたら、二人とも笑顔で頷いてくれたから、あたしも自分の方を指さして「ガリ」って言ったわ。
あ、本名のタケシじゃないのかって? ……あたしはこの生き方をしている時はガリで良いって思っているから。
二人があたしのことをガリって言ってくれたから、笑顔で頷いてあたしも二人の名前をまた呼んだわ。
こうしてお互いの名前を呼び掛けあっていたら、それは唐突に来たのよ。
新しいスキルを獲得しました。
言語学 Lv,1
これって、もしかしなくても言葉に関するスキルよね。
これが来たということは、あたしと彼らのやり取りには「確実に積み上がる」学習効果があるということよね。……というのも、この世界のスキルってものは特定の行動を重ねることで技術の習熟度が積み上がるみたいなのよね。
あえて言えば、そのレールからそれてしまうと積み上がらないとも言えるんでしょうけど。
そんなこんなしていたら、馬車が止まったの。
何かしらと思ったら、御者台からおじさま傭兵さんの大声が聞こえてきたわ。結構な焦りの滲む声に何事かと思っていたら急にフェンが外へ飛び出していった。こんな道の真ん中で傭兵が出ていくというのだから、ただ事では無いと考えて間違いないかしら。
あたしはメイリンに馬車の中にいる様に手振りで指示をする。彼女はこくこくと頷いてそれに従ってくれた。それを見て安心するように笑顔で頷くと、私はゆっくり歩いて幌の口に近付くと車内から外の状況を伺ったわ。
外にはフェンの姿が無かったので、何かが起こっているのは馬車の進行方向での事の様ね。
そっと馬車から降りると、音を出さないようにして幌の陰から前方を伺う。
前方では魔物っぽいのと二人が戦っているのが見えたわ。
あたしはじっと様子を探る。
魔物というか虎っぽい動物が前で襲い掛かってきているんだけど、それが厄介なことに二匹いるわね。傭兵の二人が一人一体で受け持っているけれど、フェンの腕で相手にするには厳しい様子ね。おじ様の方も余裕という雰囲気ではないけれど、なんとか踏ん張っている感じかしら。
あたしは静かに鞘から剣を抜くと、そこから駆け出した。
ーーーーーーーー
(なんでこんなところにタイゲーバーンが出るんだよ!?)
フェンは必死に剣を振るっていた。
タイゲーバーンは駿足と力強い打撃力を持つ前足の攻撃に注意が必要な猫科の魔物で、貿易路に出没すると言われている。しかし、貿易路からはるかにそれた西域でこの魔物が出るとは思ってもみなかった。
大抵一匹で現れることが多いタイゲーバーンは、実のところ一匹でも相当面倒な魔物だ。それが二匹ともなると手練れの冒険者でもチームプレイで何とか仕留めるレベルなのだが、それが目の前に、しかも自分の相手として現れている。
速さや打撃力で圧倒的に劣る自分が応戦出来るのは仙術による竜の保護が有るからだが、その保護による強化があっても防ぎきれず足や腕に爪痕が走る。
「ぐぅ」
このままでは勝機は見いだせない。
フェンは自分の置かれている状況は冷静に判断していた。そして、それを打開する方法が自分の中にただ一つ残されていることも。
彼は慎重にその機会を待っていた。
剣の切っ先に神通力を集中する。
刀身に徐々に風の力を纏わせると、振るう剣自体の重さが軽くなっていくのが感じられる。スピードが上がり剣を振るう速さが相手の動きに対応出来る様にはなったが、それでは勝てない。そもそもそのためにこんなことをしているわけではない。
その時、魔物が僅かに後退すると跳躍してこちらに向かってきた。
よし!
「竜牙咆哮剣!!」
フェンの剣が青白い閃光を発してぶわりと周囲を風が威圧したかと思うと、彼は飛びかかって来る魔物に目掛けて剣を一閃した。まるで竜が唸り声を上げるかの如き風の音が木霊して、衝撃波と共に魔物に襲い掛かる。
やった!?
しかし、その時魔物はその口から唸り声を上げる。すると、前方の風の刃の進行がそれて魔物のすぐ横を通り過ぎる。そして、気付いた時には魔物が彼の目前に迫った。
やられる!?!
仙術はその威力は高いものの、使用後に大きな減退を引き起こす。使いどころを間違えると一気に形成が不利になる切り札だ。彼はそれを使ってしまった現在、その大きな力の引き潮の前に呆然と立ち尽くす他なかった。
何もかもが終わったと諦めが過ぎったその時、思い掛けない状況が起こった。
ドン!!!
大きな打撃音がしたかと思うと、タイゲーバーンが後方へ大きく吹っ飛ばされた。
横を見るとガリの顔が見えたと思ったら、その姿が残像の様に消えた。
「え!?」
彼が残像の消えた方向を見ると、ガリが吹っ飛ばした魔物を追撃している姿が見える。何やら剣を振るおうと構えているのが見えた瞬間、ガリの頭の上にピカッと何かが光ったのが見えた。それが見えたと思った後には、あの一瞬でどうやって切られたのか分からない鮮やかな切り口で魔物が倒されていた。
「……凄い」
そんなことを思った次の瞬間には、ガリが軽く振った剣の切っ先から青白い光の渦が飛んで、もう一匹のタイゲーバーンは仕留められていた。
ガリが静かに音も無く剣を鞘に納めているのが見える。
フェンは勿論、老剣士もその圧倒的な攻撃を前に呆然としていた。
「おぉ、剣士どの、有難うございます」
そこに唐突に後方の馬車から声がした。
老人が御者台から立ち上がって深々と剣士に向けて礼をしているのが見える。
フェンはそれを見て慌てて自分もガリに向けて感謝の礼を捧げた。
ーーーーーーーーー
「え、あ、アレ……あたし、めっちゃ感謝されてるっぽい?」
あっれー、おっかしいなぁ。
あんな弱っちいの倒しただけでこんなに感謝されちゃうの?
さっきのフェンの剣でも上手く当たれば仕留められていたと思うけど、たまたま相性が悪かったからあたしが助太刀しただけなんだけれどなぁ。おじ様だって結構弱らせていたから、こんな畏まって礼をされると、かえってあたしの方が居た堪れないんですけどー。
あたしは慌ててみんなに礼を直すように促したけれど、言葉が通じないから暫くそのままで、あたしが無理やり傭兵の二人の手に触れて握手して直る様に促すまで、まぁ、気まずいったらありゃしなかったわ。
とはいえ、これでなんとか無銭飲食無賃乗車とは言われずに済みそうかしら? あたしはそんなことを思いつつ、再び馬車の荷台に揺られることになった。
「それにしても、燕返し……か。巌流島にでも行かなくちゃいけないかしらね」
閃いた技の感触は忘れない。
不思議なことに、飛燕も烈風もディフレクトもみんなはっきりと動作の仕方が分かる。そりゃ一度使えば分かるだろうと言われたらそうかもしれないけれど、あの閃いた瞬間から当然の様に間違いなく使いこなせるって意味が理解できるかしら?
普通、どんなに凄い技術を見付けたとしても、それがその時から当然に使えるなんてことは無いと思うの。だけど、この「閃き」にはあるのよ。
本当に不思議ね。
言語教室の中でメイリンとフェンの名を知ることが出来たガリ。
お礼というわけではないけれど、襲って来た魔物を瞬殺です。
次も引き続きガリ編です。




