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037 山の向こうで

 ラズウルドオルムは船を呑み込み落ち着いた。


 唐突に現れた変な獲物の存在だが、それから魔力が感じられ、実際に魔法が打ち出されてきた。しかし、その魔法は彼にとっては無効である水属性の攻撃。全く恐れるに足らず。この地底湖の主として、そしてラズウルドの盟主として彼に倒せない敵などいない。それは古来よりこの地に君臨する竜としての威厳に係わることであり、不敗の帝王として君臨してきた自分が負けるなど有り得ないことだ。


 ただ、ここ暫く気になることは続いていた。


 地上の方で大規模な魔力の変動を何度か感知することが有った。それも一度や二度ではなく数度に及び、その場所は同時に3か所で起こっていた。そんな事がこの数百年の月日の中で有り得ただろうか。いや、無い。神の封印により大きく減退したとはいえ、それでも彼の力をもってすれば地上の眷属達を動かすことは出来る。


 蠢く存在を確認したのはつい最近の話だ。


 彼は眷属達に勝手に巡回するように命じてある。そして、問題が有れば排除し、問題でなければ様子を見る。ラズウルドの地に放たれた眷属のトップであり、彼の力の分身であるウルフは、自発的に行動するものと、命令を与えて行動するものの二種類がある。

 自発的に行動する自我を持つものはその自主性に任せることで、わざわざ命令を与えずとも勝手に何かを見付けて勝手に排除する。彼にとっては情報さえ上がればそれで良い。自我を持つ個体が討伐されるような事があれば、命令を与えて攻撃させればいいのだから。

 十日程前だろうか、一匹の自我を持つ個体が彼の認識の中から消えた。それは自然死することもあるのでさほど気にも留めていなかった。だが、その日を境にして、その周辺の魔物の反応が消えることが増えた。小動物レベルの魔物は狩られることで数を減らすことはあるが、まとまった群れ単位が一度に消滅することは珍しい。全くないことはないので飽く迄珍しいの段階であったが、気になった彼は周囲を探知した。そこには三人の人族の反応と一匹の幻獣の存在が確認できた。

 原因はこれに違いないだろうと思ったが、たかだか人間如きに大したことは出来ないと考えていた。しかし、その周囲で不自然な魔力反応が感じられるようになり、どうにもおかしく感じた彼は三人のうちの一人が遠くに離れたのを見て、ダークウルフ達を差し向けたのだ。それも一頭や二頭ではなく、50頭程を二手に分けて。結果は火を見るより明らかだと考えていた。だが、彼の予想とは真逆の結果に終わった。

 確実に倒せると踏んでいた一人の方は勿論、二人の方も返り討ちにあってしまったのだ。彼の記憶に有る範囲でこんなことが出来る人間はそうはいない。勇者と持て囃される様な存在や、上級冒険者という存在くらいだろうか。その様な存在が現れたとでも言うのだろうか。


 そして数日後、見逃せない異変が起こったのは北の水源地方面からであった。


 突然水の中に聖属性の水質を持つ水が流れ始めたのだ。

 その量は現状では微々たる量だが、これが続けばこの地底湖の水質は変わってしまう。魔物は闇の力に触れて強大化する存在であり、聖なる力に目覚めて成長する幻獣とは違う。水の影響が強まれば魔物達に与える影響は計り知れないだろう。長い目で見れば世界の力の流れにも干渉する可能性がある。その為、ダークウルフを差し向け、原因の特定を急いだ。


 水源地に向かったウルフから届いた情報は不可解であった。

 滝壺周辺にこれまで存在していなかった聖属性の破邪結界が強固に確立されていた。解呪を試みたが、解呪を施すための術式の糸口が掴めなかった。おおよそこの世界でこれまで知られている方法では無く、可能性で言えば無詠唱魔術の類となる。

 詠唱魔術であるなら詠唱内容を書き換えてしまえば良いが、無詠唱となるとそうはいかない。元となる構造から把握していないと変更することは術者以外には困難な代物となる。

 ダークウルフにそんなものを扱える力が有る筈も無く、情報を持ってきただけでもマシな話ではあるが、これが意味するところは、この水源が継続して聖水を流し続けるということだ。それは、このラズウルドの大地に大きな影響を及ぼすこととなることは否めない。

 

 ラズウルドオルムは術者の特定と始末を目指すことにした。

 大抵の魔術というものは術者が亡くなれば消失する。仮に消失せずとも構造は脆くなり解呪の糸口が掴めたり、持続時間自体が短くなるものだ。

 新たな聖属性の結界が張られた場所に術者が居るに違いないと考え、実際その通りに新たな結界が現れた先に生命反応を感知した。そこにはあの以前見付けた人族が三人と幻獣が一頭存在していた。


 人間達の個々の力は大したことはない。


 ラズウルドオルムと正面から戦って勝てるほどの人間はこの世界に存在しないし、人間達の実力は彼が知る過去の猛者と比較しても恐れる程のものは無い。だが、結界が有り得ない様な力を示した。

 人間達が作り出していた結界は、滝壺に敷かれたものと同等どころかそれ以上のものが確立されていた。もはや聖域としか言いようの無い程の神々しい力の前に、ダークウルフ程度が敵うはずもなく、体当たりを仕掛けた個体は聖なる力に触れて損傷してもいた。

 この時は仕方ないと考え、牽制の意味で出歩かれないように監視させるに留めた。


 後日、唐突に神の封印が解かれた。


 魔力が回復していくのが感じられ、人間達のお陰で力を取り戻しつつあるのを実感した。

 神がこの地を封印の力で封じていたとは知らないであろう人間達は、愚かにも封印を解除した。結界の件は頭が痛い話であったがこれは幸いしたと言えた。


 だが、問題は続いた。


 滝壺の聖域の力が強化され、聖水の濃度が上がったのだ。

 調査に向かわせたダークウルフが見た物は、得体の知れない像の存在だった。像だけではなく周囲に結界を補強する構造物が建てられているのが確認された。


 聖水の力は魔物を弱める。


 折角取り戻しつつあった力が、聖水の力で縛られるとあっては困る。だが、あれだけの強力な結界を破るにはラズウルドオルム本体で出向かない限り無理な話だ。しかし、彼はこの場を簡単に動くことは出来ない。盟約によりこの地に封じられている彼は。逸脱することが出来ないのだ。


 それからすぐに大きな反応が起こった。

 強烈な風の力が大地を抉ったのだ。


 その反応はおおよそ人間が使う魔法のレベルを超えていた。

 あんなものをぶつけられればラズウルドオルムといえども無傷ではいられない。大地が傷つき、その余波は地底湖にまで轟いたほどだ。

 だがそれも、その後日に大規模な魔力反応と共に癒された。

 大地に癒しの魔力を振りかける魔術師など聞いたことが無かったが、実際にそれが起こったのを知ると、術者の底が知れず不気味に感じられた。

 

 そして、遂に問題の人間達はこの地底湖へ出向いてきたのだ。


 人間達の反応が近づくことは分かっていた。

 差し向けた大量のグローは、未知の魔法で瞬殺された。

 腹を空かせたゲージどもをけしかけてみたが、どうやら失敗したようでゲージの反応が消えた。

 それであの物体だ。


 地底湖に現れたそれは黒い塊だった。


 その中からはダークウルフの事前調査で知っている人間と幻獣の反応が感じられた。最初は流れに任せて漂っているだけの様だったので、そのまま吸い込んでしまえば良いと考えていたが、すぐに反応して姿勢を整えると反撃してきた。だが、水の力での攻撃は全く効果は無い。……そんなものしか無いのかと拍子抜けしたものだった。


 しかし、彼は選択を誤っていた事を理解した。

 唐突に腹部から痛みを感じた。



 人間どもが何を、これは、馬鹿な……!?



 それは一瞬だった。

 強烈に膨れ上がった体は、爆散した。



 その日、ラズウルド山脈では大規模な地震が発生し、山体の一部が崩壊したため山並みも変わってしまった。





 そして、一匹の魔龍がこの世から消えた。






















 ……どれくらい気を失っていたのかは分からないけれど、目を覚ましたら揺れが止まっていたわ。

 全身がずぶ濡れで冷たい。

 後ろを振り返ると大きな穴が開いていて、二人が居たはずの座席に二人の姿は無かったわ。

 私はシートベルトを外して潜水艇から出て、貨物室の扉を錬金で開けたら、パトラッシュは無事にその中に居たの。



「パトラッシュ大丈夫?」

「……主。我は無事だ」

「良かった。何が起こったか分かる?」

「我には何も。大きな揺れが走り、我はこの中で錐揉みにされる様に打ち付けられたが、それもそう長くは続かずに終わり、その後はゆっくりとした揺れが続いた。そしてしばらくの地に揺れが止まった」

「そう、ごめんなさいね。大変だったでしょう」

「いや、問題無い」

「あなたに問題が無くても、私にはあるのよ」

「そうか。だが問題無」

「もう……」



 私はパトラッシュの安全対策を完全に忘れていたのよ。流石にこれは飼い主失格よね。

 でも、許してくれるというのだから、私のパトラッシュは心が広いわ。


 それにしても、パトラッシュの話から考えると岸に打ち上げられたと見るべきかしら。確かに傾いている角度を考えればそうとしか考えられないし、時計を見る限り時間的に夜と見て良いわね。どうやらあの地底の川を何とか無事に潜り抜けて山の向こうに脱出出来たのかしら。……まだ分からないけれど。


 私はパトラッシュと共に二人の姿を探したわ。

 穴が開いるのも二人が開けた可能性だってあるじゃない? 先に外に出て周囲を見回っている可能性もあるから。

 そう思って周囲を鑑定で調べてみたけれど、反応は無かったわ。

 パトラッシュの方も匂いが全く無くて追えないって。完全に見失ったようね。


 私は鑑定を掛けた結果、ここがグレイズ北水源地という場所であることは分かったわ。

 たぶん、ラズウルド山脈の向こう側に出られたことは間違いないと思うの。

 上を見上げれば私達の見知らぬ星の配置をした満点の星空。この辺はラズウルド山脈の中と一緒よ。辺りを光で照らしてみたら、針葉樹の他に広葉樹の姿が見えるわね。ラズウルド山脈の中は針葉樹の種類しかなかったのを考えると、確かに違う土地に来たみたい。

 

 先程魔物に飲み込まれたとき、魔物の中で錬成し魔物の魔素の転換を試してみたのよ。

 魔物は邪の魔力を宿している存在だけれど、これを聖に転換した存在がパトラッシュの様なのよね。

 パトラッシュが私のスキルの結果として聖に転換したのかどうかはよくわからないけれど、結果的にはそうなっていたということ。

 魔物の魔素の転換には強力な反作用が生じた様で、全ての細胞レベルでの転換に耐えられなかったのか弾けたことまでは記憶があるけど、それ以降どうなったのかは衝撃を受けて気を失ってしまったので分からないのよね。気が付いたらこの様だし。


 すぐ近くに川が流れているわ。

 私達が流された場所は川の支流みたいな小川に入った辺りで、底が付いて流れなくなったことで止まった感じね。本流を流されていたならまだずっと川の中を進んでいたと思う。とりあえず、潜水艇をガレージに仕舞うことにしたわ。このまま置いておいても良くないし。

 パトラッシュに手伝ってもらって、潜水艇専用ガレージを用意して中に収納したわ。


 次は寝る場所の確保ね。


 私達は身を隠せるように少し森の方へ入った所で寝る場所を決めて、私が空魔法で区画をして聖属性の結界を張ったわ。そして、ガレージから予め作っておいたテントを組み立てて毛布を敷いたわ。これで寝る場所は確保完了よ。

 私が寝る場所を用意している間にパトラッシュが周囲を見に行ったわ。

 私はその間に食事の支度をしていたわね。……と言ってもガレージの中にあるものを出しているだけだけれど。

 用意を整え終えて、お茶を飲みながらゆっくりしていたら、パトラッシュが戻ってきたわ。



「あら、おかえりなさい。早かったわね」

「ただいま戻った、主。ここより下流の方に小さな光が点々としているのが見えた。人族の住まう村だと思う」

「まぁ、ようやく人里近くに来たのね」

「人族の数は多くなさそうだ。だが、近くに寄るのは憚られた。人族の匂いはきつすぎる」

「あら、私も人間よ?」

「主とその仲間は良い香りを纏っているが、他の人族は臭い。特に人里は酷いのだ」

「そんなに? まぁ、欧米人って独特の体臭があるものだものねぇ」



 パトラッシュが嫌うほどの人間の体臭というものがどういうものなのか分からないけれど、加齢臭に気を付けていて良かったと思う私。

 ガリやケリーの行方も気になるけれど、ステータスを見たらLPが3減っているのが見えたのよね。やっぱりあの転換には膨大な負荷が掛かったんでしょう。気絶して眠っていたとはいえ、全く休まった気がしないので、パトラッシュの不寝番に甘えて眠ることにしたわ。



◆ステータス


キョーコ 

 年齢 37 LV,22 職業:魔法使い

 HP133/1430(440UP)

 MP1/2360(420UP)

 LP4/10


 AT69→113(44UP)

 DF65→109(44UP)

 MA928→1368(440UP)

 MD836→1636(800UP)

 SP100→160(60UP)

 LU215→375(160UP)


 スキル

 体 術 LV,1

 錬金術 LV,8

 鑑定眼 LV,7

 画 力 LV,10

 調理術 LV,5

 裁 縫 LV,7

 工 芸 LV,8

 調 教 LV,9

 集 中 Lv,8

 上魔法 LV,5

 水属性 LV,10

 土属性 LV,9

 火属性 LV,6

 風属性 LV,7

 光属性 LV,5

 闇属性 LV,1

 聖属性 LV,5

 邪属性 LV,1

 空属性 LV,7

 魔法付与


 称号:魔法使いのおネエ

遂にラズウルド山脈を出ました。

これで第一章は終了です。

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