心の涙と温かさ
目覚めてから30分。姉だという女性が親がを呼んでいる間に医師から診察を受ける。診察とは言っても動けるわけでも口が利けるわけでも無いため意識がしっかりしているかという物である。
この少女の名前は『三野黒羽』という。3年前から意識不明。可愛い言い方をすれば「眠り姫」、酷い言い方をすれば「植物人間」。
なぜこの少女なのか、なぜ自分の意識がとか疑問は尽きないが触られている際の感触はしっかりと感じるため夢ではないと考えている。そんな思考を巡らせながらも白兎は1つの思いが支配していた。
(と、トイレ……)
尿意を感じてから5分。3年もの間ガマンもしていない動けない体はすぐに尿を外に出そうと働きかけてくる。話すことも出来ないため目で伝えようとするも、当然伝わらずにいた。すぐそこまで来ている尿意を必死に耐えていると、病室のドアが開けられる。
「黒羽が目覚めたって本当ですか!?」
目に涙を浮かべながらも訪れた女性は恐らく母親であろう。視線が合うと感極まった様子で近寄り思いっきり抱き着く。必死に名前を呼んでよしよしと頬刷りをている母親であったが白兎はというと。
(もうだめ)
抱き着かれた僅かな衝撃で膀胱が刺激され、ちょろちょろと体から水が出て下半身を濡らす……かと思ったが履いていたオムツが全てを受け止める。かすかな音で気付いたのか母親が顔をじっと見つめる。何かする度に怒られ叱られていた白兎は条件反射で目を瞑る。
白兎にとっては怒られることは当たり前のことである。どんなに些細な事でも、自身が悪くなくても、相手が悪くてもだ。どんな状況でも常に悪いのは自分だとそう刷り込まれていた。だからこそ。
「あらあらトイレ我慢してたのね。気付かなくてごめんね」
「お母さんが急に抱き着くから……大丈夫?クロ」
罰を受けるとそう思っていると頭を撫でられて優しく声をかけられる。自分を咎めるのではなく母親を咎める姉を見て困惑していると微笑ましそうに見つめる。
「クロ、今は動けないだろうけど頑張って動けるようになってまた一緒に買い物行こう」
「お母さんも応援するから頑張ってね!」
姉の握った手の温かさと母親からの応援。眠る前に感じた冷たさと状況と比べてしまい頭が混乱する。
何で自分を怒らないの?
何で自分を叱らないの?
何で自分を責めないの?
なんで自分に笑いかけるの?
なんで頭を撫でてくれるの?
なんでこんなに温かいの?
なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……
なんで自分は泣いてるの?
無意識の内に頬を伝う涙を止めようとするも、それは止まらず流れ続ける。
その日少年は初めて優しさを受け取る。それが優しさだと気付かぬままに。