情報収集
のんびり二話目です。楽しんでいただけたら幸いです
目を覚ましたのは廃墟の一室と思われる所であった。「と思われる」とは此処には全く見覚えがなく、壁の至る所に罅や塗装の剥がれが目立ち長い事人の手が入っていないように見えたからである。
「おかしいな。」
確か最後にいたのは中東の砂漠で、そこで死んだはずであった。それが今は全く覚えのない所にいる。それだけではない周りのは使い慣れた武器の数々、装備品はすべて身に着けている。試しに確認してみたら弾薬、爆薬等すべての道具が完璧な状態で手入れ、補充されている。しかし、何より驚愕だったのが、
「若返っている。20年ほどか?」
明らかに体がおかしい。言った通り若返っているのだ。詳しいことは解らないが、取り敢えずそういう者なのだと納得した。
(無理はあるがな。)
「今すぐに理解できないものならばそういう物なのだと納得しろ。」というのが、彼、鷹目大和の教訓であった。要するに「後で考えろ。」という意味だ。それよりも今は気になることがあった。先ほどから続いている振動と音だ。大和は此れをよく知っている。あるときは富士の火力演習で、ある時はフランスの訓練で、ある時は紛争地帯で、そして死ぬ瞬間も、何度も何度も聞いた音。迫撃砲が地面を抉る振動、誰かを殺す音。そして知っているこれがどこで聞けるか、だから理解した。
此処は18歳からずっと世話になっている職場。大和の憧れと夢の到達点。人類にとって本当の地獄を体験できる唯一の場所。人類が擬なりにも合法的に人をそして自分を殺せる場所。人間が人間を辞める場所。糞溜。
「また、最前線か・・・。」
戦場である。
「さてと、とりあえず全部付けたが。どうすっかね。」
装備を全部付けたものの、やることがない。場所も不明、なぜ生き返ったのかも不明、年齢も不明。身元を表す物も無し。こんな状態で尋問なんてされた日には確実に拘束される。
「散策するのが一番いいか。」
まずは音のする方角から離れる事とした。その後は廃墟を散策しここが何所かをまず知る。次に戦闘をしている勢力は何なのか。これらの調査を当面の目的とし行動を開始した。
散策すること1時間、分かったことがある。まず、廃墟だらけのこの都市は元々「対馬」という国の一部であったらしい。それが今から半年ほど前ベルナという国が侵攻してきて半ば占拠。この廃墟はその時の無差別爆撃により出来上がったそうだ。
次に解った事。この世界は抑々大和がいた世界ではない。都市の名前、宗教、思考が全然違う。例を挙げるならこの世界の人々は「天動説」を信じており、大地はどこまでも平坦でいずれ途切れるというのが一般常識らしい。なのに科学力はそれなりに発展していて、大体1941年~1945年ぐらいの科学力は持っている。ちなみに年は今年1940年で日付は10月31日らしい。そして一番の違いは、基本的に世の中を回しているのは女性であるということである。
さて、これらの情報を得るため大和は些か不愉快な思いをした。というのもこれらの情報は散策開始早々見つけたベルナの兵士から聞き出したのだが、その状況がよくなかった。彼女たち(と見えた)は、恐らく捕えたであろう何処かの兵士を投げナイフの的にして遊んでいたのである。戦場というものが人間を豹変させることは長く戦場に身を置いた大和には常識ではあるものの、気分の良い物では無い。的になっている兵士が既に絶命しているであろうとスコープ越しに確認した大和は、即刻遊んでいる兵士を「敵」と識別し所持していた武器を使ってその場にいたベルナの兵士を殲滅することとした。
相手の数は5人。全員が銃を所持している。単独で正面突破は無理であるため狙撃から始め、最後は接近して仕上げとする作戦にした。装備はDSA SA58、マクミランTAC.338、Maxim9を45口径に改造したMaxim.45。作戦を遂行するのには充分であった。
まず、全員が見渡せる高所に移動した。幸い廃墟なのですぐに見つかった。宿屋と思われる建物の三階だ。距離は約200mとやや近く高さは約8mだが問題にはならないだろうと判断した。ポイントに着き全てのライフルにサイレンサーを取り付け、行動を開始する。まずは今まさにナイフを投げようとしている兵士にレティクルを合わせる。
(距離200…高さ8m…無風…修正は…)
慣れた手付きと今までの経験で得た感覚を頼り誤差を修正。
(行きますよー)
発砲。籠った音と共に放たれた338ラプア弾は真直ぐ目標の後頭部に弾着。頭蓋を貫通し反対側に大穴を開けた。幸運なことに貫通した弾丸は反対側で笑っていた兵士の右眼球に入りダブルキルとなった。
(ラッキー。)
それら一連の出来事の中で敵は突然の出来事に暫し呆然とし、大和は次弾の送弾を終え次の標的に狙いを定めていた。
「敵襲‼」
叫ぶと同時に頭が弾ける。残る二人は慌てて物陰に隠れ、何か喚いている。恐らく、攻撃の方向を探ろうとしているのだろう。しかし喚く声はすれど物陰から出てこようとはしなかった。
(やりすぎたか。)
突然の攻撃。聞こえない銃声。見えない敵。訓練された兵士でもこれ程不安材料があれば動けなくなるのも全く以て道理ではある。が、
(動けないのと、動かないのじゃ全然違うがね。)
相手が動けないのだと判断するや、大和は次の行動に入った。アサルトライフルによる仕上げである。マクミランのバイポットをたたみ、スリングで背負う。建物を出て路地を進み、壁を越え敵の側面位置に回り込んだ。距離約60m。SA58の折り畳みストックを伸ばし取り付けてある4倍率スコープを使用して敵の状態を確認した。案の定、敵は先ほどの位置から全く動けていなかった。二人とも先ほどの攻撃方向を警戒しており路地にいる大和には気づいていない。
(新兵じゃあるまいに。ご愁傷さま。)
手前にいる敵ではなく奥の壁にいた敵に的を絞り発砲。寸分違わず目標の頭を跳ばす。目の前で、先程と違う角度から攻撃を受け、残った1人は慌てて振り返ったが時すでに遅く右足と銃を撃たれ戦闘不能となった。
「動くなよー。言葉通じる~?」
撃たれた足を抑え悶える兵士に言葉を投げ掛けるが、悶えるばかりで返答がない。
(とりあえず英語で話しかけたけど、ダメかな?)
しかし兵士は、大和の存在に気が付くと初めて言葉を発した。
「おまえは誰だ‼対馬の兵士か‼?」
(ドイツ語~マジで~?それより本当に少女だー)
それからは少しその少女にお付き合いいただき先程の情報を聞き出した。的になっていた兵士も確認したが既に事切れていた。というのが事の顛末である。とはいえかなり頑固だったので少々痛い目にはあってもらったが、先程までしていた事を考えれば天罰ということになるだろう。
「有難う。大体の状況はわかった。」
「いえ、お役に立てて幸いです。へへ…」
(あらら。素直に成っちゃってま~)
聞けるだけの情報を聞き出したは良い物の次の行動が決まらない。この娘を元の所に返すのは論外。対馬に引き渡そうにも其処が信用できる国であるかはまだ分からないし。抑々男が戦場にいるのが異様であるこの世界で、大和の存在が何も問題を起こさない訳が無い。暫く思考し、ふと思いついた
(手土産ってことで渡せば、少しは軽いかな?)
方針が決まった。1:こいつを対馬に渡す2:多分捕まる3:尋問に素直に答える4:暫し痛い目を見る5:対馬兵の死体の場所を教え、許してもらう。
(と、言った所か。充分憂鬱だな。)
大和は痛いのが苦手である。
「今から君を対馬に引き渡す。その後どうなるかは知った事では無い。人道的な配慮がされる事を祈っておきな。」
もとよりこの少女に情は無いし助ける義理もない。ロープで少女を拘束しながら説明していると、彼女の顔が瞬時に青くなり叫びだした。
「いや‼辞めて‼あんな野蛮人だらけの国に行きたくない‼殺されてしまう!!!」
「はぁ?」
対馬は野蛮人しかおらず文明の発展が恐ろしく遅い。国内ではカニバリズムが日常的であり捕まった兵は激しい拷問の末、全ての情報を話したと判断すると、その場で生きたまま解体を始め食用肉として出荷する。今戦争ができているのは周辺国から武器や兵器を借りてそれらしく戦っているだけの猿真似国家である。と彼女は言う。
「人間を投げナイフの的にする奴らが言うかね。」
「奴らは人間じゃない!野獣よ!見たもの!奴らは此方の銃座陣地に正面から突撃してきた!前を走っていた味方が死ぬとそれを盾にして突っ込んで来て、陣地にたどり着くと銃剣で同志を滅多刺しにしたり、喉元を喰い千切った奴もいたわ!あんなの人間にできる事じゃない!!」
泣きわめきながら自分が見た事を全て吐き出す少女を、しかし大和は出来の悪い生徒を見る教師のような心境で見ていた。
「塹壕戦では日常茶飯事じゃないか?」
「ふぇ?」
少女から間抜けな声が上がる。
「塹壕戦や相手の陣地を突撃によって攻撃する作戦の場合、彼我の距離は恐ろしく近くなり最長でも1mがいい所となる。そうなると銃で撃つよりも銃剣や短刀、ナイフといった近接武器に依る斬撃、刺突の方が確実且つ最大の威力を発揮し、更には同士討ちを避ける事も出来る為最良の攻撃方法であるとされている。またこれ等近接武器が刃毀れ等で十分な性能を発揮出来ない時は徒手格闘は勿論、相手の急所への咬みつきも有効な攻撃の一つとなる、何故なら殺し合いの基本は『相手が自分を殺すより早く相手を殺す』事で在り、そこに何かの精神論を持ち出すのは其れこそ命取りになる。」
「でもこっちは機銃で撃ちまくっているのよ!?それに正面から突っ込んでいくのが正気とは思えないわ!!」
「質で勝る敵に対し数で押し潰すのは立派な戦術だ。恐らく相当追い込まれていて退路も無かったのだろう。そして君は重要なことを忘れている。」
「何の事?」
「事、戦場に於いては狂気こそ正気で在り、正気こそ狂気で在る。要するに戦場で正気を疑うような奴は、実はそいつこそが狂っているということになる。だってそうだろ?人を殺したことがない奴がいきなり人を殺して正気でいられるか?自分が殺されそうになって尚精神論を語れるか?それが毎日だぞ。気が狂わなければ相当のサイコだ。最初っからそいつは狂っているのさ。」
これは大和が初めて紛争地帯で仕事をした時に気付いたことだった。初めて人を殺した日、飯の味が解らなかった。初めて死にそうになった日寝る事が出来なかった。それらを繰り返して行く内、飯の味が解るようになり、死にかけた日でも熟睡できるようになった。同時に気付いた「狂ったな」と。そして理解した、狂気と上手く付き合うことが戦場で生き残る最低条件だと。
「それを知らずに戦場に出て来るべきじゃ無かったのだよ、お嬢さん。」
大和の言葉を聞きながら少女は考えていた、そして気付き始めた
「それに君はすでに狂気を体験しているじゃないか。」
「え…?」
思い当たることが有るのだろう半ば泣き出しそうな顔で少女は、それでも尚其れを否定してほしくて、狂ってはいないと言ってほしくて大和を見た。
「戦場で動けない人間を相手にナイフを刺し、苦しみ死んでいく姿を見て楽しかったのだろう?」
反論の言葉がないのか少女は俯いたまま喋らなくなってしまった。それも仕方ないのだろう見たところまだ若い、それなりの理想と信念を持ってここまで来たに違いない。それが崩れたのだ、立ち直るには時間が必要だ。
「大人しくて運ぶのに苦労はしないがね。」
少女を担ごうとした時だった。かなり近くで爆発音が鳴り響いた。次いで断続的な発砲音。
(担いでいかなくていいかも。)
そう考えるより早く大和は音の方向へ走って行った
誤字脱字アドバイス感想等お待ちしております