王でも叶えられない望み
大変お待たせしました。三巻の作業も終わりましたので連載開始です!
長らく空いたのでこれまでのあらすじ。
獣王国に迫る『パヴァリア』の魔の手を退けた正樹。しかし、正樹は魔力を全て使い果たし、眠りについてしまう。
一週間後、目を覚ました正樹は大事な仲間達に心配されながらも、目を覚ます。(その直後、頭を強打する様な事も起きた)
正樹が起きた事を知った獣王は、シーザー、人化したヨルムンガルドを伴って訪ね、王として正樹に感謝と共に頭を下げる。
獣王ヴォルガンフは、フェンの事に関して、重要な事を正樹に告げた。
フェンは滅んだとされていたフェンリル族の末裔。そして。獣王はフェンを引き取りたいと申し出る。
正樹はフェンの意思を尊重し、フェンが選びたい方を選ばせる。
そして―ーフェンの選んだ道は。
「私は……マサキお兄さん達と一緒に……帰ります。ごめんなさい」
正樹達と共に帰る道を選んだ。
それでは、本編をどうぞ。
フェンの確かな決意。獣王国に留まらず、アタミに帰るという宣言を聞いて、部屋はしんと静まり返った。
獣王もフェンの瞳をじっと見つめ、フェンもまた目を反らさずに獣王の眼を見つめ返す。
フェンの手が小さく震えている。俺はその手をぎゅっと握りしめてやり、アデルも同じように握りしめていた。
すると、フェンの震えが徐々に静まり、収まった。
静寂を打ち破ったのは獣王だった。
「そうか……判った。無理強いしてもお主の為にも、この国の為にもなるまい。フェンよ、理由を聞いてもよいか? うちのバカ息子もお主に好意を寄せておる。納得できる理由を教えてやらねば食い下がりかねないからな」
獣王はため息をつきながらも、渋々頷いていた。相当フェンを手元に起きたかったようだ。
それは当然だろう。なんせ、フェンは失われていたとされていたフェンリル族の末裔なのだから。
それを諦めるというのは獣王としても苦渋の選択の筈だ。
シリウス王子の事についてもそうだ。納得のいく理由が無ければ、あのタイプは引き下がらない。
俺としてもその理由を聞きたい。
野暮かも知れないが、言葉に出してくれた方がより納得するという物だからな。
フェンに起きた出来事は一歩離れた所からみると、夢のシンデレラストーリーだ。
邪神を崇める巫女が組織を破壊され従者と一緒に人の街に逃げ込み、紆余曲折の末に国元に戻り、王族に見初められる。回りくどいことこの上ないが、女の子が憧れる話であり、俺達の世界でもよくあった少女漫画、小説の展開だ。
俺達を選んでくれたことは正直、物凄くうれしい。だが、それでも聞いておきたかった。
「んと……獣王様が……何不自由ないって……言いましたよね」
「うむ。お主が望むなら、どのような物でも用意しよう」
「けど。絶対に……叶えられないものがありましたので……」
ふむ、一体何なのだろうか。
「儂が叶えられないもの?」
「はい……。んと……えっと……」
フェンはおずおずと照れ臭そうに両手を握る俺とアデルの手を握り返す。
「えっとです……ね。……マサキお兄さん達……です」
「俺達?」
「ん……」
フェンは小さくだが、縦にコクコクッと何度も頷く。可愛いなぁもう。
「……えっと、マサキお兄さん達……アデルお姉さん、ヨーコお姉さん……アキハお姉さんにここにはいないハルカお姉さん、タツマお兄さん。皆……家族は、獣王様でも……用意できないので……。私、ずっと……マサキお兄さん達と一緒にいたいから……アタミに……帰ります」
フェンはそう断言し朗らかで、にぱっと可愛らしい笑顔を俺達に向けてくれた。
あぁ、それは用意できないものだわ。やばい、ジーンときた。
アデルもうるっと来たらしく、フェンを抱きしめていて、ヨーコは号泣だ。
秋葉も涙目になってハンカチで涙を拭っている。しかもここにはいない春香と竜馬も家族の枠に入れてるようだ。いい子だな……本当に。
そうだな、帰ろう。一緒にアタミに。家に。
獣王は静かに目を閉じながら深く頷くと、吹っ切れた様に大きく笑った。
「ふ、ははっ! 確かに、それだけはどう足掻いても儂には用意できぬものだ! どのような物でも用意すると言いながら、用意できぬのでは仕方ない」
笑顔を浮かべる獣王の顔は、王としてではなく、父親を思わせるような笑顔で手を伸ばし、大きな手でフェンの頭を優しく撫でる。その手は何処か懐かしい感じがする。
「非常に残念ではあるが、フェンよ。お主が選んだ幸せだ。その幸せ、大事にするのだぞ」
「は……はい。獣王様、ありがとう……ございます」
そうか。俺が小さい頃、おやじに撫でられたような手だ。これが父親か。
「しかし、獣王様、宜しいのですか? シリウス様もですが、彼女の事を薄々感じている重鎮の者達も多くおりますが」
「構わん、小うるさい奴らと息子には儂から説明をしておく。それに他国の貴族であるトウドウ伯を強引に引き込むわけにもいくまい。ようやく面倒な帝国の干渉がなくなったというのに、下手に欲を出しては再び人族との戦争の引き金を引きかねぬわ。という訳でトウドウ伯よ。しばらくは我が国に滞在するのだろう」
「え、えぇ。まぁ、まだ体も本調子ではありませんし」
今回は非常に疲れたのでしばらくはのんびりと身体を休めたい。正直、観光もしたいしな。
「ならばその間の、貴族連中の余計な干渉はこちらで押さえておこう」
「助かります」
「何、これ位はせぬとな」
本当に。これだけ目立つようなことをしたんだから、間違いなく縁を繋ごうと動く奴らが出る。そういうのが貴族というものだし、獣人であってもそれは同じなんだろう。
「病み上がりと言うのに長々と居座るのも良くないな。トウドウ伯、彼女らには伝えたが、城にいる間はごゆるりと過ごすが良い。何か欲しいのがあれば、メイドか執事に伝えれば用意するように伝えているからな。では、儂らはこれにて失礼する。行くぞ、シーザー」
「では、儂の方も失礼するかのぅ。おおっと、そうじゃ。トウドウ伯よ」
「はい?」
《後で話がある。コウキについてだ》
《っ!?》
ひっそりと『念話』でとんでもない爆弾を落としてきた。
《パラケルススとの会話は聴かせてもらった。話の日程は使いの者を通して伝えるのでな》
「今は、ゆっくりと身体を休めるがよい」
そういうとヨルムンガルドは、好々爺の様な笑みを浮かべて部屋を立ち去った。
獣王達が部屋を出ると、緊張の糸が途切れてぐったりとソファーにもたれる。
「マサキ、大丈夫か?」
「正樹さん、はい。お水をどうぞ」
「ねぇ、マサキー。少し休んだ方がいいんじゃないかしら」
三者三様に心配して、声を掛けてくる。ありがたい。正直、最後のでどっときたわ。
「そう、だな。まだ本調子じゃないし、少し休むするよ」
秋葉から水を受け取り、一気に飲み干すと、再びベッドに寝転がる。
「では、私はシーザー様と約束があるので失礼するよ。マサキ君はゆっくりと休むがいい」
「ああ」
ネメアーはどうやらシーザーと約束していたようだ。
どうやら一緒にシリウス王子の鍛錬(と言う名のしごき)に行くらしい。
凄まじい鍛錬になりそうだ。アルティメットかルナティックか、どちらにせよシリウス王子に合掌。
強く生きろよ。
ベッドに潜り込みながら、目を閉じつつ考え込む。
コウキ。二千年前の異世界人か……。帝国を裏から操り、獣王国でも暗躍していたのが同郷の奴というのは何とも言い難い。一体何を考えてこんな事をしているのだろうか。
異世界人を、俺達を拉致し、戦争の道具とする混沌としたこの世界に絶望した?
それとも何としてでも元の世界に帰りたいから?
『超合金』のパイロットの様にゲーム感覚……って線はないだろう。……考えても仕方ないか。
考え事をしていると、段々眼が冴えてきた。ん?
フェンの小さな手が俺の手を握り、懐かしい歌を歌っている。
じっと聞き入っていると、段々心地よい眠気が身体を包み込んできた。
懐かしい気持ちになりつつ、綺麗で、優しい歌声は俺をそのまま眠りの世界に誘うのだった。
◆◇◆
「眠りました……ね」
フェンは寝息を立てている正樹から、そっと手を放した。
「しかし、見事な歌声だったな」
「そうねぇ。フェンって歌の才能あると思うわよ」
「凄い凄い! フェンっフェン! 他にも何か歌ってよ!」
「ちょっ……ちょっとアリス。マサキおお兄ちゃん……寝たばかりだから……静かに」
「あっ……ごめーん」
アデルとヨーコに褒められ、興奮するアリスをフェンなだめながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「でもフェン、その歌って凄く聞き覚えがあるんだけど……」
「あ……はい。んと、ツカサお姉さんに、教えて……貰いました。歌の素質があるって……言われて……」
「司さんね。それなら納得。私も街で聞いたことあるけど、あの人の歌も凄いからね……それにしても、まさかこの世界であの歌を聞くとは思わなかったよ」
秋葉が納得したように頷く。先ほど、フェンが正樹に歌った歌は天空の城を題材とした映画の歌だ。
司はフェンの声を聴いて、ピンと来たらしく、正樹が寝込んでいる間に暇を見てはフェンに歌を教えていたのだ。
その中で、フェンが一番気に入っているのは、家族の事が歌われているこの歌だ。
フェンは正樹が眠りやすいようにと、眠気を妨げぬように、小さな声で歌った。大事な家族に向けて。
家族。それはフェンが憧れ、望んでいたものだ。
邪教と言われていたウロボロス教団だが、常日頃から人目を避けて過ごしている訳でもなく、人々の中に溶け込んで不自然に見えない様にひっそりと教団の教えを護っていた。
フェンは祈りの時間以外は、お付きであるネメアーが買ってきた本を読んだり、窓辺からひっそりと町の人達の姿を眺めるのが密かな楽しみだった。
フェンは街の人からは、地元の教会に預けられているご令嬢と見られており、儚げな表情、人目を引く銀髪、何処か人目を引きつける容姿で密かに人気を集めていた。
フェンの視線の先には常に、親子連れに向いていた。
フェンは親兄弟の顔を知らない。物心ついた頃には既にこの教団の中にいて、巫女として崇められていたからだ。
疑問に思い、教団の人々に聞いてみるが、どうやら戦火に飲まれた村で廃屋にたった一人残されていたのがフェンだという。
一人生き残ったフェンを巡礼の旅をしていたウロボロス教団の一人が見つけ、この教会まで連れてきたのだ。
親、兄弟のぬくもりと言うのはどういうものなのだろう。家族と言うのは、どんな感じなのだろうという気持ちがフェンの心に生まれた。
その思いはフェンが成長するたびに募り、いつしか自由になり、家族を作りたいと望むようになった。
そうすれば、家族と言う物を知る事が出来るとフェンは幼いながらも思っていた。
外に出たいが、それは敵わない。
望んではいけない事だと、ウロボロス教団の大司教から笑顔で言われていた。人の悪意に敏感なフェンは、その笑顔の中にある悪意を感じていた。
ある日、祈りの後にフェンは長い髭を蓄えている大司教に向けて長年の疑問を聞いてみた。
「あ、あの……大司教様」
「巫女様、どうかなさいましたかな?」
「もし、もし……ですけど……私が……外に出たら……どうなるんですか?」
「……そうですね。私達としては非常に心苦しいのですが、最低でも足の腱を切り、動きを封じさせていただきます。それと、手引きした者が要るのであればそのものの処分ですね。組織内であれば首を、外の者であれば……関係あるもの全てが不幸になるでしょう。ですので、くれぐれもそのような事を考えぬよう。私達とて、巫女様に危害を加えるのも避けたいので」
大司教は張り付いたような笑顔のまま淡々と、一切の温かさ感じさせず、フェンの問に答え、自日もない宣告を告げた。
フェンはその言葉に身体を震わせ、「では、失礼します」と自分に背を向ける大司教の背中を見送るだけしか出来なかった。
大司教が本気である事を、フェンはひしひしと感じていた。
最低でもこれなのだ。それ以上となれば、自分の身は勿論、それよりも多くの人が罰せられる。あの大司教なら自分の目の前で殺す事も躊躇せず、逆に見せつける可能性も高い。
その日から、フェンは外に出ることも家族を作りたいという願いも一切諦めた。
外を眺める目線も、憧れから、諦め、達観した様子に変わり、お付きであるネメアーはそれを見ているだけしか出来なかった。
このまま籠の中の鳥で一生過ごすのかと思っていた所、謎の存在の襲撃。
フェンは、真夜中に胸騒ぎがして起きると街中が火の海に包まれていた。
フェンのいる部屋もうっすらとだが煙が立ち込めており、火の手は教会にまで及んでいることを察する。
「巫女様! 起きてらっしゃいますか!?」
「は、はい……起きてますけど……」
「失礼します!」
慌てる様に部屋に入って来たネメアーの姿は、神官服を血に濡らせ、所々に切り傷を負っていた。
「ネメアーおじさん……血がっ……!」
「問題ありません。これは全て返り血ですので」
「返り血……。いったい何が……」
「何者かの襲撃です。今は戦える者が抑え込んでいますが多勢に無勢。奴らの目的は巫女様、貴女の様です。今すぐ逃げる準備を」
「でも……でも逃げたら……大司教様が……」
「……大司教様ですが、奴らの手に掛かり既に亡くなっております」
「ぇ……?」
あの笑顔の塊を張り付けた不気味な人が亡くなったという事実にフェンは衝撃を受ける。
大司教はダークエルフ族の中でも屈指の魔法の使い手であり、禁忌の魔法と邪龍ウロボロスを崇めた罪としてダークエルフの里を追い出された人だ。
大司教は現存するウロボロス教団の中で最も魔法に長けた実力者。
それこそネメアーを容易く倒せるほどに。
フェンは、そんな大司教が殺されたという事実にショックを受けていたが、次のネメアーの言葉で、それも直に収まる。
「今なら、今なら外に出られます。逃げましょう、巫女様。貴女が望んだ外の世界へ」
「外……」
フェンは思わず外を眺める。
火の手の海に包まれた街だが、郊外はまだ火の手は及んでいない。
そしてその先では、広大な森が広がっている。それこそ、フェンが望んだ自由が待っている。
フェンは迷わなかった。
ネメアーの手を取ると、彼はフェンを担ぎ上げ、一目散に火の手に包まれつつある通路を駆け抜ける。
その道中、追手と思われる鳥の姿をした獣人と、肉がそげ、骨が露出したアンデッドと遭遇するも、ネメアーの蹴り技の一撃により粉砕。そのままフェンを抱きかかえたまま、ネメアーは燃える街中を駆け抜け、鬱蒼と茂る森の中へと消えていった。
それからフェンとネメアーは二人で旅をすることになった。
ネメアーは、フェンの家族は亡くなった事を知っているが、もしかすると親族が生きているかもしれないと思い、銀狼族の里を探し、訪ねる。
しかし、里に尋ねてみるがフェンの親族は見つからなった。それどころか銀狼族ではないとさえ告げられた。
フェンの毛並みは銀に近いが、実際は白銀だという。
このような珍しい種族は銀狼族の長でも見たことがなく、大事にするようにとネメアーに告げ、フェンに選別として子供サイズの旅用のローブと、魔法の効果が付与されたメイド服を送った。
何故、彼がそのような物を持っていたかは不明である。
旅を続けていく中、徐々にネメアーとフェンの距離が短くなり、ネメアーも次第にお付きから、親戚のおじさんの様な態度に変わり、二人の間には確かな絆が結ばれた。
しかし、非情にもフェン達に襲撃者の魔の手が襲い掛かる。
執拗に迫るアンデッド、そして嘗ての仲間の暗部達によりネメアーとフェンは追い詰められる。
運よく、帝国の船を見つけ、用心棒を募集している所に飛び込んだ。
追手もそこまでは追う事が出来ず、フェン達は逃げる様にと帝国へと逃げ込み、正樹達と出会う。
フェンの正樹の第一印象は、凄くお人好しのお兄さんだった。それも物凄く。
回復魔法はそれだけで一財産となるのに、正樹はそれを惜しみなく使い、戦争で傷ついた人達を助けていた。それも敵であるはずの帝国の人をだ。
老人も子供も、兵士も、果てには生き残った将軍の傷まで治していた。
帝国が滅び、行く先に困っていた自分達を自分達の領地に招待し、仕事まで与えてくれた。
メイドの仕事は大変だったが、自分が受けたお世話を真似て、自分なりに丁寧に掃除をしていると常に眠たそうにしているメイド長に褒められた。
フェンは今まで褒められた事はなく、自分の仕事で初めて褒められ、くすぐったかったが嬉しかった。これが普通だという実感を味わい始める。
念願の自由。
穏やかな日々が続きいつしか、諦めていた家族という夢を再び持ち始めていた。
その後、様々な紆余曲折があり、獣王国に向かう最中で魔力嵐の影響ではぐれ、正樹、秋葉、レヴィアの三人と、途中で出会ったアリスとフェンを含めて五人で旅をし、皆で仲良くご飯を食べることが増えた。
小窓越しだが、それでもフェンには幸せな時間だった。
だが、フェンにとっての幸福は旅をする中、更に生まれた。
フェンがぽつりと零した“家族が欲しい”という本音に、正樹が真剣に答えてくれたのだ。
いつしか憧れた家族、嘘や偽りの家族ではなく、血の繋がりはないが気持ちが繋がっている家族だ。
フェンはそれでも十分幸せだった。
だから、王様である獣王の誘いも断った。王家と言う家族は出来るだろうが、それはトウドウ家という家族を失う事にもなる。それはフェンには耐えられない事だった。
獣王もそれを理解し、望みが叶えられないと高らかに笑い飛ばし、それを了承した。
獣王もまた家族を失う所だったのだ。気持ちは痛いほどよくわかる。
フェンは、もう二度とこの幸せを逃したくないから、眠る大事な家族の手をぎゅっと握り、フェンは優しい笑みを浮かべるのだった。
感想、ポイントを頂けると喜び、モチベーションの意地に繋がるのでありがたいです。
夏が過ぎ、あっという間に冬が来そうですね。
秋? 知らない子です。秋姉妹は雪に埋もれるのではないでしょうか。