それぞれの朝
ちょっと今回は長めです。キリのいい所まで進めようとしたらこんな長さに。長い、という意見がありましたら参考にします。
変更点をお知らせします
獣人族に関しては人に近いのは〇人族、全身獣に近い場合は〇頭族とします。狐頭族や狐人族という感じですね。一部の獣人に関しては通常通りです。
アース大陸最大の都市、獣人やエルフ、ドワーフ達の王国、獣王国『ワイルガード』。
月兎、猫熊、闘獅子、王鳥の4つ領地が交わる位置に建つ都市である。
今から500年ほど昔。アース大陸は無数の多種族による抗争や戦争が起き、戦乱の時代だった。
その戦乱の時代を終わらせたのが、初代獣王“ハティルス”。
当時最大の戦力を誇っていた三首狼族の狂王を下し、大戦争を終結させた。
その後、『巫女』の啓示を受けて小高い丘に村を作った。
ようやく訪れた平和。彼を慕う人たちは次々と村を訪れた。
ハティルスは国を追われた者、失った者、親兄弟を失った者を分け隔てなく受け入れた。
如何なる種族の獣人だろうと、人、エルフ、ドワーフ、蟲人、全てを受け入れた。
家を建て、店を出し、富を生み、子を育んだ。
そうして村は見る見るうちに街に、都市に発展し一つの国へと成るまでにそう時間は掛からなかった。
ハティルスは王となり、仲間だった者たちはそれを支えるようになった。
その中でも一番彼に親しかったのが、今も残っている4つの領地を治めている四種族の祖先と、ハティルスの最愛の妻でもあり『巫女』。竜人族の“イリヤ”だ。
竜人族は、疫病により大狼族の血が惜しくも絶えたとされた後、当時の獣王、ハティルスとイリヤの曾孫の遺言によってもっとも信頼された竜人族の長に獣王の座を明け渡した。
以後、獣王は代々竜人族が勤め、五種族が広大なアース大陸をハティルスの教えを守りながら統治している。
エルフやドワーフ、蟲人らは各領地の中で自治領をハティルスの誓いの下に護られ、平穏に過ごしていた。
小さかった村の名残は発展と共に消え、唯一残ったのは大広場に建つハティルスの石像だけである。
今では冒険者や商人たちの待ち合わせの場所として使われ、今もなおハティルスは慕われていた。
大広場の一角に建つ冒険者ギルド。その扉を開けたのは二人の女性――アデルとヨーコだ。
見目麗しいその姿に、男女問わず目を引きつける。
『ワイルガード』に着いた当初は性質の悪い男達にも絡まれたが、排除すると共に実力を見せつけた。
絡んだ男達がAランク冒険者だったこともあり、アデル達は良くも悪くもギルドで有名になってしまった。
真っ直ぐ掲示板に向かい、毎日の日課になっている手紙を探していく。
『狂獣のお知らせ』『武器防具職人募集』『迷子の子猫探してます』『俺の嫁募集』
アデル達は目的の張り紙が無い事に、軽くため息を吐いた。
「手紙を出してもう二週間か……。マサキは無事だろうか……」
「マサキなら大丈夫だって。もう、アデルったら毎日言ってるわよ」
「仕方ないだろう……。こんなに長期間離れた事なんて一度も無かったのだから」
軽く頬を膨らませるアデル。普段とのギャップに周りの男と女性達が心の中で歓声を上げていた。
特に割合が多いのは女性だ。凛々しく美しいアデルの姿に女性冒険者達は次々と落とされファンになっていったのだ。非公式でファンクラブも存在する。もっとも、本人は知らない事だが。
「そうねぇ……。思えばずっと私達はマサキの側に居たし……それが当たり前だったものね。三人とも一緒に居たらいいんだけど。」
「もし一緒なら……アキハには頑張ってもらいたいものだ。ずっとマサキを見ていた子だからな」
「ふふっ。そうね。アキハはしっかりしてるし、ちゃんと支えてくれそうだものね。それに……人が恋するのって応援したくなるのよね」
「そうだな。マサキも彼女に手を出して、その、もう少し色事に積極的になってくれたらいいな」
ほんのり顔を赤くするアデル。それにはヨーコも頷きながら。掲示板を一つ一つチェックしている。
正樹も人並みに性欲はあるが、アデルとヨーコはまだそれでも足りないと思っているようだ。
「節度が大事って言ってシてくれないものね。ねぇ、アデル、手紙も無いみたいだし、今日は依頼の方を受けてみないかしら? あら……ゴールドドラゴン討伐の依頼まであるわね」
「なんだと? 珍しいな、洞窟から出てきたのか?」
「そうなんですよ〜アーデルハイドさぁん」
気だるげな様子で受付からアデル達に声を掛けたのは受付嬢だ。彼女の美貌は整っていて、童顔な事もあって若幼く見える。何より特徴的なのは、彼女の耳は尖っていて、額には宝石のようなものが見える事だ。
エルフ。男女問わず美しい美貌を持ち、尖った耳と額の宝石がその証拠だ。
この受付嬢はエルフであり、この『ワイルガード』で長年生きてきた元ギルドマスターだ。元の原因は……、その手に持った酒が原因だった。
「ぐびぐび、ぷはー」
「フロシュ……また酒を飲んでいるのか」
「いいじゃないですかぁ。これはぁ、私の命の源! えねるぎー!」
フロシュと呼ばれているエルフは何より酒が大好きだった。大事な会議より珍しい酒を買いに行く事を優先した。幾度となく繰り返され、つい最近ギルドマスターから下ろされた。
今は再雇用されて受付嬢として収まっている。
「そーれーよーりーもー。アーデルハイドさんにクローディアさん、凄いじゃないですかぁ。来た時はBランクだったのにぃ、もうAランクまで上がっちゃってるなんてぇ。私なんて何年も……何年だったかしらぁ?」
「知らん」
「あはは。私も忘れちゃったぁ。でね、ゴールドドラゴンなんですけどぉ、理由は分からないんですけどぉ、洞窟から出て暴れまわっちゃってるみたいなんですよぉ。もう金のブレスをぼーって、モンスターから冒険者まで金ぴかになっちゃう被害も出ちゃってますねぇ。金相場が崩れちゃう」
フロシュは肘を突き、酒瓶をラッパ飲みしながら愚痴る。金は装飾品や魔道具の媒体として扱われることが多い。金鉱でも滅多に取れないからこそ高値を維持している。
その相場を容易く崩してしまうのがゴールドドラゴンだ。ブレスの一息で相当の量の金塊を作り出してしまう。
魔道具ギルドとしても、商人にとっても相場の混乱を引き起こす困ったドラゴンだ。
もっとも、金塊を生み出す存在として捕獲を企む者も絶えないのが実情だ。
「人の形をした金塊って悪趣味にもほどがある。ねぇ、アデル。滅多に洞窟から出ないゴールドドラゴンが暴れるなんて異常だと思うの。何かあったか気になるし、この依頼受けてみない? 黄金のブレスも私のゴーレム君達の前じゃ効果がないしね」
「土か岩が金に変わるだけだからな。私としては構わないな」
「それじゃ受ける方向で。ネメア……アスラーンも誘っちゃう?」
アスラーンはネメアーの冒険者としての名だ。邪教の神官だった彼は、冒険者に扮して諜報活動を行う事も多く、任務のために都合が一番いいBランクまで上り詰めていた。
ゴールドドラゴン討伐はAランク推奨のクエストだ。Bランクでは厳しいが、ネメアーは実質、Aランク相当の実力を持っていた。
「戦力は多い方がいいからな。彼ならブレスに当たるようなへまはやらかさないだろうし、大丈夫だろう。しかし……問題なのは修行中だという事だな」
「絶賛扱き中だものね。ダメだったら二人でいこうかしら」
「二人で行くのはむぼーだと思いますけど、お二人ならいけそうな気がしますねー。あーそーそー。お二人宛てにお手紙でーす」
「私達にか?」
「さっき届いて張ろうかなーって思ってたところにお二人が来たので、直接渡しちゃおうと思ってました。宛名はーマサキって人か」
正樹の名が出ると同時に、二人はフロシュの手から手紙をぶんどった。
神速の如き速さの奪取にSランク冒険者だったフロシュでさえ反応できず、掴んでいた手紙を確認するかのようにスカスカと指先がきっていた。
じっと手紙を見つめる二人にフロシュは声を掛ける。
「中身は見せてもらったけどー、良かったわよねー」
「ああ……本当に……本当に無事でよかった」
「マサキなら大丈夫だって言ってたでしょ。もう……良かったわ」
アデルは正樹からの手紙を大事に抱きしめる。
ヨーコはぼそりと最後に心の底から安堵の声を漏らしていた。
二人の様子を見ていたフロシュはニヤニヤとしながら、若いっていいわねーとぼやく。
「よし、アスラーンにもこの事を伝えに行こう。フロシュ、ゴールドドラゴン討伐の依頼、引き受けるぞ」
アデルはそういうと、掲示板に張り出されていた依頼書を手に取り、フロシュに差し出す。
フロシュは酒気を匂わせながら手際よく手続きを済ませていく。この酔いどれエルフは酒を飲みながらでも仕事が出来るという、性質が悪い性質を持っていた。
「判りました〜。今回は緊急依頼の一つなので〜罰則金は出ませんがくれぐれも注意してくださいねぇ。ぐびぐび、ぷはっ。帰ってきたら酒でも奢りますよぉ」
「ふふっ。分かった。ではな」
そういってアデルはヨーコと共に冒険者ギルドの扉を開けて出て行った。
二人は心なしか足が軽く、胸のつかえが取れたような晴れ晴れとした表情だった。
去っていく二人の後姿を、フロシュは羨ましそうに眺めていた。
「いいわねー。二人があれほど気に入ってるマサキって人。どんな人なのかしらー。興味あるわね、むふふ♪ 今日もお酒が美味い!」
空になった酒瓶をアイテムボックスの中に戻し、新たに酒を取り出すフロシュ。
彼女の飲酒は現ギルドマスターが出勤するまで続くのであった。
◇◆◇
――チチッチチチ――
んー……もう朝か。
うへぇ、汗や色々な物で体がべとべとだ。こりゃ朝風呂入らないとヤバいな。
え〜と……昨日は何戦したんだっけか。あのまま風呂場で誘われて一戦して、寝かそうと思ったら押し倒されて……何戦したか覚えてない。
久々で張り切ってしまったが、それ以上に秋葉が凄かった。避妊薬が無いと妊娠してもおかしくないな。ある程度買いだめしておいて良かった……。
まぁ、俺も気持ちよかったし、秋葉も良かったみたいだからいいか。
「ん……えへへ……正樹さぁんて……すー……」
秋葉はまだ夢の中で、俺の胸板に擦りついている。
起き様にも起きれん。秋葉も疲れてるだろうし、もうしばらくこのままでいいか。
「ん」
軽く唇にキスをすると、そのまま吸い付いてきた。……起きてるな。
「はぁ……正樹さん。おはようございます……。夢じゃなかったんですね……良かった」
「夢だったらまた告白し直しだったな」
「もうっ、でも二回目の告白もいいかも……」
「おいおい。……一緒に朝風呂入るか」
「はいっ」
温泉に入ってすっきりした後、秋葉と遅めの朝食をとる事に。
一階の酒場では時間が遅い事もあってか人が少なかった。朝が早い冒険者はもう飯を食って出かけてる頃だろう。依頼も早い者勝ちだからなぁ。
テーブルの一角にレヴィアがまだ朝食を食べていたので同席した。
飯を待っていると、レヴィアが徐に俺の匂いを嗅いできた。
「くんくん……」
「なんだレヴィア? 何か匂うか?」
温泉には入ったから汗の匂いとかしないはずなんだが。
「昨夜はお楽しみだったようじゃな♪」
「「げほげほっ」」
二人で同時に咽た。否定するのもなんだか秋葉に可哀想なので黙秘で。
秋葉の反応が真っ赤になってて、可愛かったから良しとしよう。
俺より遅れてガードル達もやってきた。……妙にガードルがやつれていて、エリスがやけにつやつやだ。
ここはスルーしておこう。男の情けだ。
朝食はオムレツだった。中にペトトが入っていて食感的にスパニッシュオムレツのような感じだ。塩味の塩梅が丁度いい。
朝食を終えると、街の散策に。土地の穢れは明日調べに行くことになっている。
今日はその準備。まずは鍛冶屋だ。
道案内はガードル達に任せた。彼らはこの町にも詳しく宿屋や鍛冶屋、穴場の酒場など知り尽くしているようだしな。
「なぁ、マサキ。鍛冶屋行っても今はダメなんじゃないか? 怪我してるって話だしよ」
「だからこそ行くんだよ。ガードル達も防具がボロボロだろ」
「そうなんだけどな。こっちだ」
冒険者ギルドで気になった『鍛冶をするドワーフ族が居ない』という張り紙だ。
基本的に大きな街では鍛冶屋は必須だ。冒険者達や傭兵は激しい戦いをするにつれ、武器が摩耗していく。そしてそれを支えるのが彼ら鍛冶屋だ。
そんな鍛冶職人たちが揃っていなくなるというのはありえない。
気になって酒場で聞いてみると、数人の鍛冶屋が神官に連れられて『ワイルガード』に行ってしまったらしい。要件は獣王祭の狩りで鍛冶屋の人手が足りないからだそうだ。
街にも居残っていたドワーフが居たが、聞くところによると狂獣に襲われて大怪我を追ってしまったようだ。壊れた水路からアイアンアリゲーターが侵入し、運悪く遭遇したドワーフが襲われた。
アイアンアリゲーターは衛兵や冒険者達の手によって討伐され、水路の穴も修復されたが腕を怪我してしまったドワーフは槌を振るう事が出来なくなっていた。
怪我も重傷でもう二度と槌を振るえない。そう街医者に診断された。
そのドワーフはガードル達の知人でもあり、何度も世話になっている鍛冶師のようだ。知人がそんな目に遭っているとあって、大きなショックをうけたようだ。
まぁ、それなら俺の出番だ。ついでに作りたい武器があるので、鍛冶屋に向かっている。
ガードルの案内で迷うことなく工房に辿りつくと、思ったより大きな工房だった。ここだけ木造の建物ではなく、全面が石で覆われた頑丈な家だ。
だが、その扉には『クローズ』(閉店)の看板が掛けられ、本来ならば聞こえる槌の音も、職人の声も一切聞こえなかった。
「おーい、オーガス。いるかー?」
ドンドンドン、と壊れんばかりにドアをノックするガードル。そんなに強くしたら壊れるんじゃないか?
女のドワーフと言うと、イメージがあまり湧かん。どうにも髭モジャなおっさんのイメージが強すぎる。
「この馬鹿ガードル! そんなに叩いたら壊れちゃうでしょ」
ガードルの頭を杖で容赦なく叩くエリス。ドアより先にガードルの頭が壊れるぞ。
頭を押さえて蹲っているガードルに更に追い打ちが。工房の扉が開いてしゃがんでいたガードルの頭に直撃。泣きっ面に蜂っ面でボッコボコだな。
「……ガードル、何してんの?」
「よ、よぅ、オルリア。ちょいと客人だ。親父さんよんでくれねぇか」
工房からは俺の身長の半分くらいの女の子が出てきた。顔は童顔で栗色の長い髪をツインテールで括っている。見た目は完全に小学生だ。この家の子供だろうか。手には槌を持っている。手伝いかな。
「そこの男なんなの。何かすっごく失礼な目で見られてる気がするんだけど」
「あ〜、気に障ったら謝る。すまん。ちとここの怪我人に用事があるんだ」
「素直に謝る点は認めてやってもいいわ。でも邪魔だから帰って」
「いや、帰ってと言われてもだな。ここに用事が」
「私は用事が無いの。帰れ」
容赦なく切り捨てるなこいつ。他の鍛冶屋の所に行ってやろうか。
若干本気でそう思っていると、奥から両手を怪我した小さな子供が出てきた。
「くぉら! こんの馬鹿娘! 折角の客人に何を追い返そうとしてるんだ!」
「お父さん。腕を怪我してるのに安静にしないとダメじゃない。ほら、アンタ達も帰って」
「だから話も聞かずに帰そうとするな! すいません、うちの馬鹿娘が。俺が鍛冶場長のオーガスだ」
「馬鹿じゃないもん」
「馬鹿じゃないなら阿呆だ」
なんか目の前で親子喧嘩と言うか子供同士の喧嘩が始まったような気がするが、もしかしてこの人が話で聞いた怪我したドワーフの鍛冶屋なのだろうか。イメージと全然違う。
この子……じゃないや、オーガスも栗色でぼさぼさとした髪型。だが顔つきは幼く小学生に見える。身長も娘と少ししか身長が変わらない。俗にいうショタっ子だ。
「勝手に槌を持ち出そうとするな馬鹿娘! お前はまだ修行中の身だろうが!」
「お父さんが仕事できないんじゃ私がやるしかないじゃない! 私だってやれる!」
親子喧嘩が絶賛継続中だ。傍から見ると子供同士の喧嘩に見えるが、いい加減止めるか。近所の視線が痛い上に、早く止めてくれと視線で訴えてきている。
「あ〜……すまんが。喧嘩はそのあたりにしないか? ほら、近所の人が見てるし」
近所の家々から視線に気づいた彼らは、恥ずかしそうにしながら近所の人たちの頭を下げていく。
立ち話も何だという事なので工房の中に入らせてもらう事になった。
工房は灰色の無骨な石造りの壁と、立派な木製のカウンターがあって、奥の作業場には数人の弟子らしきドワーフ達がいた。
彼らに鍛冶仕事をしてもらえば店を開けられるのではと思ったが、仕事ぶりを見る限りそういう訳にもいかなかった。
鍛冶をする手つきを覗き見ると、どうにも危なっかしい。打つタイミングも力もあっていない。
ゲーム的な感覚で見てしまっているが、『ルーム』の中で鍛冶をしていた時、感覚的にどういう風にすればいいのか、どうやったら良いのか自然と頭に思い浮かぶ。
多分、これは鍛冶スキルレベルの恩恵だろう。ゲーム上での経験が体に染みついて、当たり前のように体が動く。
一度調子に乗って、こっそり残り少ないオリハルコンとレア素材を使って『聖剣カラドボルグ』を作ったが、流石にやり過ぎと思いアイテムボックスの肥やしにした。性能的に『ロストドミニオン』以下だしな。
工場には真っ赤に熱せられた炉、長く使われてきただろう鍛冶道具が箱に乱雑に詰められている。
こうした鍛冶場はプレイヤーだった頃に、画面越しで何度も見たがこうして訪れると焼けつくような熱気を感じる。
『ルーム』の鍛冶は専用の道具置いているだけだからな。雰囲気が全然違う。
小部屋に案内されると、俺と秋葉、レヴィアの3人と、ガードル達4人が鉄製のテーブルを囲んで座る。
向かい側には鍛冶場長オーガスと、その娘のオルリアだ。
「それで、何の要件だい? 武具を作ってもらいてぇってならすまねぇ。俺はこの通り、腕をやられちまった。医者からはもう槌は振るえねぇんだとさ」
苦笑しながら、怪我した両手を眺めるオーガス。長年振るってきた槌を振るえない。その不安と恐怖は俺には計り知れない物だろう。しかし、目の前に居るオーガスの瞳の光は失っていない。
「だが、武具は鍛えられなくても、弟子を鍛える事が出来る! 今は作ってやることはできねぇが、いずれあんた達の装備を弟子たちに作らせてやる。それまで待ってくれ」
オーガスは決意に満ちた目をしていて、立派に師匠としての責任を果たそうとしているのを感じた。凄いな、ここまで立派な奴とは思ってなかった。大体の奴は不貞腐れて酒に溺れるのがパターンなのに。
まぁ、ここで弟子に作ってもらうというのも定番なんだが、すまん。オーガス、お前のその決意を砕くかもしれん。
「あ〜……勘違いしてるようだから先に言っとくぞ? 俺は武器を作ってもらいに来たんじゃないんだ」
「は? じゃあなんでこんなところに来たんだよ」
「一つは俺も鍛冶が出来るから炉を借りようと思って。もう一つは」
ここで一つのアイテムを取り出す。魔方が使えない以上は道具に頼るしかないんだよな。使えなくもないが、『フル・ヒール』を使うとぶっ倒れるかもしれないし。
取り置きして、使う機会が無かったアイテムだ。ここで使うのも良いだろう。在庫もある事だしな。
「アンタを治しにきた」
俺が目の前に置いたのは、エリクサー。最上級回復薬だ。
「はっはっは! こいつはすげぇや!! 腕が元通りだ! おい! 仕上げだ!! 気合入れろ!」
「へ、へい!」
いやー。ホント凄いわ。エリクサーの効能といい、自分の胴体より大きいハンマーを振るう鍛冶場長といい。小学生のような小さな身体の何処にこんな力があるのかと思うが、
流石ドワーフというべきか。
今、オーガスは傷んだガードル達の装備を修復中だ。見る見るうちに凹みが無くなる様子はまさに職人芸。
あの後は突然出されたエリクサーを怪しみ、〈鑑定〉のスキルを使わせてくれと頼まれた。
〈鑑定〉のスキルを使える奴がいる事にも驚いたが、特に断る理由も無いので了承。
〈鑑定〉のスキルは生産の職人なら使える奴は多いらしい。冒険者で使えるのは元々生産系ギルドの職に就いてた奴ぐらいだと。
ただし、人やモンスターに使う場合は強さによって調べられる幅が変わるようだ。
最初から俺も冒険者をやってたなら、この情報を早く手に入れることが出来たんだが、状況が状況だったしなぁ。
「異世界人とかにも効くのか?」と聞いてみると。
「いや、前に見せてもらった時があるんだけどよ。訳が分からねェ文字が羅列されてるだけで、名前すら見えなかった」
どういう風に見えるのだろう。
試しに秋葉に使ってみると、こうでた。
“う!)!○U)‖(JP=K!ifa09j!=|〜=|〜)?*!*{‘{P<M Y!NB”
うん、読めるわけがない。文字化けだ。
ああ、だから帝国が俺の能力を〈鑑定〉で調べなかったのか。
「マサキさん、本当に槌と金床要らないっすか? ここのはミスリルの物とかあるんっすよ?」
炉が空いたので声を掛けに来た弟子ドワーフ。オーガスと違って髪はバンダナで縛ってある。
「ああ。大丈夫だ。俺にはこれがあるからな」
そういって取り出しますは、オリハルコンの槌と金床。〈武器制作〉に+補正がかかるので武器づくりには最適だ。上級生産プレイヤーなら殆どが持っている。
「そ、そいつはオリハルコンの!?」
驚くドワーフ達を余所に、今回作るのはスローイングナイフだ。
素材はダマスクリザードの皮から抽出したダマスク製の板。しなやかさと強度、重さ的に丁度いい。
高熱の炉で板を十分に熱して、俺の目にしか見えない輪が表示され、輪が収束したタイミングに合わせて槌を振り下ろす。
――カァン――
心地いい音が響く。下手な力加減や打ち方をするといい音がならない。
音に気付いたからか、仕事が終わったオーガスが俺の作業をじっと見ている。
じっと見られるとやりにくいものがあるが、気にしても仕方ない。
タイミングを合わせ、角度を変えながら何度も槌を振り下ろすと、ダマスク製の板がナイフの形に変わっていく。一切の気の緩みも許されない作業だ。
――カァン――カァン――
最後の一振りを振り下して、水につける。
ここから更に研ぎの作業だ。グラインダーなんて便利な物は無いので、地道に砥石で研磨していく。
最後の一瞬まで気を抜かずに、一本のスローイングナイフを研ぎ終えた。
後は投げ易いようにグリップと穴を開けて、ダマスク製のスローイングナイフの完成だ。
『ダマスクスローイングナイフ:貴重なダマスク板を使って作られた投げナイフ。投げ易く加工されている上、突き、斬りに優れたナイフ。攻撃力40。DEX+5 投擲攻撃ボーナス。投擲命中ボーナス』
気が付いたらとんでもないものが出来てた。ボーナス系は文字通り、補正がかかる仕様だ。ゲームの頃にはレア武器にしか付かない物だったが、何故このナイフに。
まぁ、考えても仕方ない。良い物が出来たから良しとしよう。
今回、これを作ったのには理由がある。
魔法が使えない以上、飛び道具の手段が限られるからだ。
〈ソニックブレイド〉を使ってもいいんだが、スキルに頼り切るというのはあまりよく無い。特にあれは狙い撃ちがし難いスキルだからな。
出来る限り、自分の身体能力で出来る事を増やしておく方がいい。
切れるカードは多ければ多い程、有利になる。
それに、投擲スキルだけのアクティブスキルもいくつかある。
それらを使うためにも、このナイフはあったほうがいいだろう。
毎回『ロストドミニオン』や『セブンアーサー』なんて、レア武器を投げるわけにはいかないからな。
その後、数時間を掛けて10本のスローイングナイフを作った。一本一本投げて確認し、調整も完璧だ。
回収する時は〈リターン〉というスキルを使えば投げたナイフが全て手元に戻ってくる。こうでもしないと金がかかりすぎて、投擲スキルは死にスキルになる。
〈リターン〉が実装されるまで、全く使われなかったもんな。
ちなみに同じ遠距離武器の弓矢は弓自体の攻撃力が高い上、矢のコストが控えめで種類が多いので〈リターン〉の対象外だ。そうじゃないと木工職人が泣く。
ナイフをアイテムボックスに仕舞うと、オーガスが声を掛けてきた。どうやらあっちも仕事が終わったようだな。
「もう終わりか?」
「ああ。炉を貸してくれてありがとう。助かった」
「それはこっちのセリフだ。お前さんのお蔭で俺も仕事に復帰できた。その上、いい仕事を見せてもらったしな」
「ドワーフにそういってもらえて光栄だ。ところでもう一つ話があるんだが、いいか?」
「ん? なんだ?」
俺はオーガスを手招きする。助けた理由はそれだけじゃない。
もう一つの要件が最も大事だったりする。
「ちょっと俺は実はこういうもので」
簡単に説明してランド大陸のアタミの領主、マサキ・トウドウ伯爵という事を暴露する。それだけじゃ信用が薄いので、勲章を幾つか見せると、セントドラグ勲章を見せた途端、オーガスの目が見開いた。
「ここここ、こいつはセントドラグ勲章。ってことは」
「あー。待った。ここには内密の用事で来てるんだ。出来れば騒ぎは無しで。話し続けてもいいか? 後できれば言葉遣いはいつも通りで」
「へ、へい…あ。おう」
思ったより効果が抜群だな。こりゃ勲章はアイテムボックスに入れたままの方が良さそうだ。外にいるガードル達に聞こえてないだろうか。
「話というのはな。今、俺の領地には鍛冶屋が少ないんだ。それで、いい鍛冶師が居たらアタミを紹介してくれないか? 勿論オーガスの弟子でもいいし、知人でもいい」
つまり、もう一つの話というのはスカウトだ。鍛冶が出来るドワーフがいるなら引き込んでおきたい。
俺の領地はセントドラグ王国やグランファング帝国の影響も大きいので、人種差別は禁止されている。人族だから融通しろとかアホな要件は却下だな。優遇も差別……とかどっかで聞いたような。
意外な事にグランファング帝国は実力主義で、獣人でも実力さえあれば認められる国だった。
竜馬が言うには、店も金さえあれば出せる。実力の前には、人種の差など意味がないという方針だったらしい。
「直ぐじゃなくていいんだ。こっちのゴタゴタが終わったらまたここに来るから、それまでに考えておいてくれ」
「う〜ん。分かった。アンタの頼みだ。出来る限りの事はやってみるぜ」
「頼んだ」
ひとまず交渉終了かな。薬の代金として引っ張ってもいいんだが、遺恨の残るやり方をすると後々まずい。出来る限り、自分たちの意志で来てくれると助かる。
その後、皆と合流して、どこかに飯を食いに行こうかと考えていたその時、馬に乗った狼人が駆け抜けるのが見える。
ここも馬は基本的に入り口で預けられる事になってるはずだが……これは何か厄介事か?
馬は俺達の目の前で止まり、狼人が降りた。やれやれ、俺達に厄介事のようだ。
「失礼します。レヴィア様は、貴女様で宜しいでしょうか?」
「うむ、妾がレヴィアじゃな。して何ようか?」
「実は……」
走ってきた狼人族はレヴィアの耳元で囁くと、レヴィアが驚愕の表情を浮かべる。
「それは真か?」
「はい。つきましては、門にてリデア様がお待ちです。申し訳ございませんが、ご足労の方をお願いします」
「判った」
「私は冒険者ギルドの方に向かいます。では」
狼人族の彼は俺達に礼をした後、馬に跨って足早に去っていった。
「主ら、全員近うよれ」
「俺達もか?」
ガードルの問いにレヴィアが頷く。
「主らの力も借りる方が確実じゃろ。まだ内密の話じゃが……『サウンシェード』の近くで土地の穢れが見つかったようじゃ。しかも半日前までは何も起きてなかった場所がの」
つまり、発生したばかりという事か。
それなら、今いけば何かしら証拠が残ってるかもしれないな。
距離的にここから徒歩で1時間程度の距離だそうだ。
ガードル達も装備が整ったという事で、一緒に行くことには異論は無いようだ。
こうして俺達は、足早に門に向かって走っていった。さて、何が出てくることやら。
あ、昼飯食ってないや……。
朝チュン的な感じを。娯楽が少ない世界だと肉食系な女性も多そうですね。
感想や評価ポイントを下さるとモチベーションの維持にとても繋がるのでありがたいです。
因みに秋葉は女子高校生とは一言も書いてません。ただ、飛ばされた年齢が高校卒業して専門学校に入ったばかりなので、あまり変わらないですね。