家族というもの
戦闘になることなく、ゴトゴトと舗装されてない道を、ジェノスライノスに引かれて装甲車が走っていく。
少し大きな揺れに俺が目を開けると、どうやら眠ってしまったようだ。
大きく欠伸をしながら外を見ると、昼を過ぎたぐらいであと少し経つと夕方になりそうだ。
道は舗装されていないが、装甲車に工夫されているお蔭で揺れが抑えられ、心地よい温かさも相まって気づいたら寝ていたようだ。
村を出発して数日が経った。
道中で狂獣やモンスターを見つけるが、ジェノスライノスを見つけると道を開けるように逃げて行った。
ジェノスライノスの2メートルの巨体にも関わらず、速度は思ったより速く、馬並みの速度を出していた。まさに戦車だ。逃げ損ねたモンスターが轢かれると、後続のジェノスライノスと装甲車によってミンチになった。これは酷い。
身体を起こそうとすると、膝の上に重みを感じたので視線をやると、秋葉が俺の膝の上に頭を置いて眠っていた。
前の座席に目をやると、レヴィアもアリスも仲よく眠っている。アリスはレヴィアの頭の近くで寝ている。そんな場所で寝てると食われるぞ。
さてと今、とてつもなく大変な問題がある。
俺は寝起き直後だ、うん。ぐっすり眠ったんだ。
男には、寝起きにある生理現象があるんだ。それでだな、俺の雄の所に秋葉が顔を寄せてぐっすり寝てるわけで……どうしよう。
「すー……すー……」
秋葉は心地よさそうに寝ている。起すのも可哀想だし……このままでというのもマズイ。アデルとヨーコと言った婚約者がいるが、秋葉も可愛らしく良く気遣ってくれるいい子だ。
年齢差もあったがアデル達を抱いたことによって、秋葉も女性として見る事が増えてきた。
「マサキさん……」
あ、ヤバい。起きたか? 今起きられると非常に拙い。目の前にアレがある。
「すー……すー……」
良かった。寝ぼけてただけだったようだ。よし、外を眺めよう。意地でも鎮めなければ。
外を見ると森しかない。たまに動物を見かけるが、ジェノスライノスに怯えて逃げる後姿ばかりだ。頼りにはなるんだが、少し寂しくなる。
必死に冷静になるとすると、俺の雄がいう事を聞いてくれるように収まってくれた。それと同時に秋葉が身体を捩じらせ、ゆっくりと目を開いた。
「ぇ……ぁ。あっ、マサキさん」
「ん、ぐっすり眠れたか?」
自分の状況に気付いた秋葉は慌てて起き上がる。
凛々しいアデルや、明るいヨーコと違った、しっかりしてて真面目な秋葉がこういう風に頭を預けてくれるのは中々良かった。
首に俺が上げたペンダントも下げてくれている、気に入ってくれたようで何よりだ。
「は、はい。あのごめんなさい。重かったですよね?」
「別に大丈夫だぞ。誰かに膝枕するっていうのも滅多になかったしな。それに秋葉の温もりも心地よかったし」
「心地よかったって、マサキさんったら、もう」
「何と言えばいいか、人肌って落ち着くからな。なんなら、もうちょっと預けてくれてもいいぞ」
「そんなこと言うと、甘えちゃいますよ?」
そういうと秋葉は俺の肩に頭を預けて目を閉じる。
思えば、秋葉も随分と俺に甘えるようになったような気がする。前は何処か躊躇して一定の距離を置いていたが、アデル達と離れ離れになってからはこう、積極的になりつつある。
男としては嬉しくあるが、こういう事をされると意識してしまう。
今もまた、甘えるように肩に頬を擦りつける。甘えられるのは好きだからいいんだけどな。
村で酷い目にもあったし、心のケアになるのなら存分に甘えさせてやろう。それくらいしか俺には出来ないからな。
眼を閉じて心地よさそうにする秋葉の頭を撫でて、ジェノスライノスが引く装甲車に揺られながら街道を走っていく。
◇ ◆◇
いやー本当に。
アース大陸って広すぎだろ! 一週間走ってまだ南街まで辿りつかないってどういうことだよ!
「今思えば、ランド大陸って村と街の距離がそこまで離れてなかったんですね……」
「街道も整備されてたしなー……あ、秋葉。それ、そろそろいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。ダマスクリザードの肉って本当に良い出汁が出るんですね」
「煮込み料理に向いてるからどうかなとは思ったが、普通に茹でてもいい味になるのは嬉しい限りだ」
現在俺達は、焚火を囲みながら夕食を作っていた。
夜になると森は強力なモンスターが闊歩する危険地帯になるので野営をすることになった。
装甲車を難なく引く体力があるジェノスライノスでも、休ませる必要もあるし、無理に強行軍をして怪我をしてしまっては余計なタイムロスになってしまう。
今、煮込んでいるのはこの間食べたダマスクリザードの残りの肉だ。少なくなってきたからスープにすることに。
グツグツと煮込んでいると、茂みがガサガサと音を立てる。秋葉が一瞬警戒したが、直ぐに鍋に視線を戻す。料理中は火から目を離すと危ないぞ。
マップを見ると、茂みに3人のマーカーが見える。付けたマーカーに記された名前は『ジェイムズ』『アリス』『レヴィア』だ。
「よっと、狩ってきたよー」
声のする方を向くと、ジェイムズが大きなトカゲを引きずりながら森の中から出てきた。
ジェイムズの職業は『狩人』だ。夜間でも昼間のように見えるスキル〈梟の目〉、遠くまで見渡せる〈鷹の目〉を活かして夜の狩りを成功させてきたらしい。
ジェイムズの後ろにはアリスが籠一杯にキノコや山菜を採ってきて、レヴィアがトカゲやイノシシ型モンスターを担いでいる。
狩りに行くジェイムズにレヴィアとアリスが同行した。装甲車に乗っている間に溜まったストレスを解消しに行くようだ。八つ当たりが俺に飛んでこないだけありがたい。
被害にあう狂獣たちには合掌。
アリスは毒の有無が分かるということなので、山菜取りを頼んだ。肉ばかりじゃ栄養が偏るしな。
「大量大量〜♪」
「じゃな、ジェイムズのお蔭で狩りがスムーズにいったぞ」
「ははっ。レディー達の頑張りがあったからさ」
ジーク曰く、ジェイムズは女好きだが、節操がないというわけでもないらしい。
村長の娘さんに手を出したのも男性不信にならないようにケアを兼ねての事、面倒もしっかり見ると言ってるし責任持つならいいのかな。
秋葉に過度な干渉もしないし、レヴィアやアリスとも上手くやっているからから安心して任せる事が出来る。
「今日の獲物は、シルバーラプトルとビックヘッジボアだよ。シルバーラプトルはステーキにすると柔らかくて美味しいって評判さ。ビックヘッジボアは臭みがあるから少し処置が必要かな」
旅をしていて判ったのが、狂獣と言うのはハ虫類系で鱗が強靭な金属質を纏ったモンスターのようだ。
強ければ強い程、硬い鱗を纏い、ブロンズ、アイアン、シルバー、ダマスク、ミスリル、ゴールド、プラチナ、アダマン、オリハルコンの順に硬く強くなっていく。未確認だが、更に上の金属を持つモンスターもいたらしいが、遥か昔に文献が失われてしまったらしい。
ゴールドは柔らかいのかと思ったが、聞いてみるとドラゴンのようだ。
黄金の竜の鱗は硬く、黄金のブレスを吐いて敵を金塊にしてしまう恐ろしい狂獣だが、ゴールドドラゴンは洞窟の奥に潜んでいて外に出る事はないらしい。
黄金目的に冒険者が挑むが返り討ちに合い、自分が財宝の一部になる。ある意味本望なのかもしれないな。
俺としてはどんな味がするのか気になるが、狩るつもりもない。
ジェイムズたちが狩ってきたシルバーラプトルには無数の矢が突き刺さっていた。銀に覆われた鱗を避け、爪の間や鱗が無い胴体、目や鼻など的確に打ち抜いていた。
ジェイムズの弓の腕前の凄さがこれだけ見ても良く判る。俺でもここまでは出来ないかもしれない。
レアな狩人装備だけでなく、長く〈狩人〉としての腕前が合ってなせる技だろう。
「おーい、ジェイムズ。帰ってきたならちょっとこっち来てくれ。コショウがたりねぇ。悪いが『ルーム』頼む」
ジークの声にジェイムズはため息を吐きながら、一匹のシルバーラプトルを担ぐ。
ジェイムズは俺と同じ『ブリタリアオンライン』のプレイヤーだ。つまり、『ルーム』の魔法を使う事が出来る。
魔力嵐の影響を受けて出せるのは小窓位なのはジェイムズも同じらしい。
しかし、食料や調味料などを『ルーム』の中に保管できるメリットはかなり大きい。
遠出することになると食料を用意するのは絶対条件だ。モンスターを狩って調理するにしても、怪我を負ったり、出会えなかったりなど危険が付きまとう。
そういったデメリットを解消できる『ルーム』という魔法を、ジーク一行は有効に活用していた。
ジェイムズの『ルーム』の中を見せてもらったが、中に数人の女騎士がいた。キツネや狼、猫の獣人騎士が礼儀正しく並んでいた。
この人たち全員がジェイムズのパーティーの仲間らしい。
魔力嵐の中だと出てこれないんじゃないかと思ったが、獣化することで小窓から出る事が出来るらしい。
フェンも同じことが出来ないかと、こっそり聞いてみたが獣化は何故か出来ないらしい。体質的なのか、才能的なものだろうか。
「やれやれ人使い荒い事で。嬢ちゃんたちとの狩りも面白かったし、また行こうか」
「うむ。ここまでの弓の才を持つ者は珍しかったぞ。良きものを見せてもろうた」
「ジェイムズまたいこうねー」
ジェイムズが手を振りながらジーク達の方へ戻っていく。
さてと、シルバーラプトルは血抜きされてるようだし、皮を剥いで調理してしまおう。
ジェイムズの言う通り、ステーキにしよう。山菜やキノコは秋葉に頼んで炒めてもらう。
秋葉が料理出来て本当に良かった。こういった分担して料理できるのは調理の時間と手間が省けて効率がいい。
シルバーラプトルの肉を切っていると、ペキっと変な音が聞こえた。
包丁代わりに使っていたナイフを見るとどうやら硬い皮で刃がかけてしまったようだ。
ううむ、使い勝手が良かったんだが仕方ない。ミスリルナイフで代用してもいいんだが、モンスターを狩った後の武器で食材を調理するというのは抵抗がある。
仕方がない。『ルーム』を使ってフェンを呼ぼう。ジーク達は向こうの馬車の影で騒いでるし、一緒に食べるのもいいか。
ばれてもジェイムズの前例があるからメイドを雇ったとでもいえばいいし。
「えっと……、マサキさん。何か……あったんですか?」
「ちょっとな。フェン、悪いが台所に金色に光る包丁があったはずだからそれ持ってきてくれないか?」
「あ、はい……あれですね。凄い切れ味……でした。あ……まな板……壊して……ごめんなさい……」
「ああ、いいのいいの。気にするな。適当にまた作るから」
『ルーム』で使っている包丁は特別製だ。動物の骨でもまな板でも容易く斬る事が出来る。ゲームでは武器として作られたんだが、包丁として使った方が良いレア武器だ。
暫く待つと、フェンが一本の包丁を両手で抱えながら戻ってきた。包丁持つときは流石に駆け寄らないか。刺さったらとんでもないことになるから一安心だ。
「えっと……これ……ですよね」
「そうそう。これだ。ありがとな」
フェンから一本の包丁を受け取る。この包丁の名前は『天下一品』というイベントで手に入るレア武器だ。
現実の公式イベントで入場者に全員に配られた一品で、俺もプレイヤーだった頃に手に入れた。
攻撃力は1という木の棒にも劣る攻撃力だが、特殊効果で料理の効果アップというものがある、
この効果がどうなってるか、以前試しに使ってみると硬いブロック肉も魚の骨も石のように硬いストーンパンプキンも豆腐のように切れた。
ナイフと違って〈不壊〉の効果も持つイベント武器なので壊れる心配が無い。
レヴィアのだけ特別に大きなステーキ肉にし、俺と秋葉は普通のサイズにする。
特に秋葉はカロリーが気になるらしく脂身が無い部分にしてほしいとお願いしてきた。
女性はカロリーが気になるものだからな。俺も腹が出ないように気を付けてるし、少しヘルシー方面で行こう。
調理をしていると、歓声の声が聞こえた。ジーク達の方だ。
どうやらダンがヒーロースーツに着替え、岩の上で歌っている。酒も入ってるのかノリノリだ。あ、あいつはいつもそんな感じか。
意外といい声だ。現実ではバンドでもやってそうだな。音程もあってるし。
そして気づいてしまった。あいつ、まだ股間のカップを付けてねぇ!?
「だから、いい加減つけろ馬鹿野郎!」
「オウフ!?」
ジークの怒りの投石がダンの股間にヒットした。
泡を拭いて地面に崩れ落ちるダン。
向こうの男性陣がキュっとなった。俺もキュっとなった。笑う女性陣。
うん、何事も羽目を外しすぎるのは良く無いな。
よそ見をしている間に、いい感じに肉が焼けたので食事を始める。フェンは肉より野菜の方が好きらしいのでキノコ多めの肉野菜炒めだ。嫌いでもちゃんと肉は食べてもらわないとな。
今日はアリスも肉を食べてみたいと言うのでアリス用にサンドイッチを作ってやっている。
「ん〜〜♪ 美味しい! このお肉の味がじゅわってくるのが溜まらないっ!」
妖精は基本的に肉や魚は食わないらしいが、どうやらアリスの口にあった模様。
甘いのが主食だが、別に肉や魚を食べると腹を壊すという事もないみたいだ。
妖精が料理できるとも思えないし、食べる機会があまりなかったのだろう。
食事を終え、『ルーム』に帰す前にフェンの頭を撫でる。こっそりやってる毎日の行動だ。孤独にさせてる罪悪感がそうさせているのかもしれない。
「ごめんな。フェン。故郷なのに堂々と外に出してやれなくて」
「い……いえ。大丈夫……です……。皆さん……優しいです……し、それ……に……温かいです」
「温かい?」
「は……い。私……は、『巫女』として過ごして……いたので……ずっと……一人……でした。ネメアーおじさんが……連れ出してくれる……まで……こういった……みんなでご飯を……食べる楽しさ……美味しさは……凄く……温かいです」
フェンはたどたどしく喋るが俺は聞き逃さないように聞き入っていた。アリスもレヴィアも秋葉も全員だ。
「家族……と言うのは……私……良く知らない……んですけど……こんな感じ……なのかな?」
「そうだな。こう口で言うのも難しいんだが、皆で食べて、笑いあうというのは一つの家族の形だと思う。出かけたり、その日の事を話したり、時には喧嘩をしたりな」
話をしていて思い出すのは、元の世界の家族の事だ。よく畑仕事を手伝ったり親子喧嘩もしたりしたが、会う方法が無くなると寂しく思う。
秋葉も俺の話を聞きながら物思いにふけっていた。多分、両親や春香の事を思い出しているのだろう。
「いい……ですね……こういうの……。私にも……マサキさん……みたいなお兄さんが……居たら……良かったなぁ……」
「ん? 別にいいぞ。聞けば両親の事も知らないみたいだし、俺でよければ家族になってやれるけどな。フェンの事は妹みたいに思っていたからさ」
「えっ?……いいんで……すか? 迷惑……じゃ……」
「迷惑なんて思ってない。それに俺は末っ子だから妹というのは憧れていたからな。フェンさえよければ俺の妹になるか?」
「え……ぁ……」
あ、やべ。唐突過ぎたかな。
辺りを見るとレヴィアも秋葉も驚いた様子で俺を見てる。アリスは満腹でそれどころじゃないようだ。
妹が欲しかったというのは本当だが、こういうのは直ぐに決めれる事でもないか。
「あ〜……いきなりすぎたな。すまん、まぁ、のんびり考えてくれ」
「い……いえ。あの……お兄ちゃんって……呼んでもいいですか?」
「え、ああ……。良いのか?」
「はい……えへへ。お兄ちゃんが……出来た」
フェンは満面の笑みを浮かべながらにっこりとほほ微笑むと、自然と俺も笑みが零れた。
「良かったのぅ。フェン、家族が出来ての」
「うん、うん。あの、フェン。私の事もお姉ちゃんって呼んでみて!」
「え、あ……はい、秋葉お姉ちゃん……」
ズキューンという擬音が聞こえそうな程、秋葉は仰け反った。
こうかはばつぐんだ。俺もそう呼ばせればよかっただろうか。
くっ! 少し惜しいことをした。
「あ〜もう! フェンちゃんかわいい! 絶対に護って上げるからね!」
「フェン、フェン。妾も姉上とじゃな」
秋葉が耐えきれないとばかりにフェンを抱きしめて頬ずりし始める。
フェンの髪の質は撫でてて凄く心地いい。特にピンっとたった犬耳が至高。
レヴィアも負けじとフェンに抱きついていく。何を思ったのかアリスも混ざりはじめた。
「ふぇっ……あわわっ」
フェンは秋葉とレヴィアにもみくちゃにされながら、困惑してるがどこか嬉しそうな感じだった。
こうして俺は、旅をする中フェンを妹として引き取る事にした。
ネメアーにこの事を教えたら怒るだろうか。それとも喜ぶだろうか。あいつなら喜んでくれそうな気がする。
アデルとヨーコにも伝えないとな。あの二人なら妹が出来たときっと喜んでくれそうだ。
ジーク達の方からも「いいぞーやれやれー」と賑やかな声が上がる。どうやらダンがまた何かやらかしたようだ。あ、ぶっ飛ばされた。おー……良く飛ぶなぁ……。
俺に義妹が出来た。この世界に来てから思った以上に大事なものが増え続けていく。
傲慢かもしれないが零さぬように、なにがなんでも守り抜きたいものだ。
もし奪う奴がいるのなら、魔王だろうが神だろうがかかってこい。全部叩きのめしてやる。
その為にも、十全に体を動かせるようにならないとな。
高いステータスに振り回されていたのを、レヴィアとの鍛錬で指摘されたし。
そう決心し、ダンが消えていった夜空を見上げた。
妙にさわやかな笑顔のダンが夜空に輝いた気がしたので後で俺も殴っておこう。
感想や評価ポイントを下さるとモチベーションの維持に繋がるのでとてもありがたいです。
道中の話という事で。料理メインの話にしようと思いましたが、それはまた別の機会にします。




