フェン
気温差が激しく春ばて気味です。更新ペースは出来るだけ落とさないようにします。
ネメアー達が屋敷を脱出する前、俺は屋敷で書類と戦っていた。色々開発事業があるのに、遠くアース大陸まで出かけることになったからだ。
筆写スキルを使い、サラサラと引き継ぎのための資料を書き上げていくと、マップからピコンと音がした。
この音は自分がマーカーを付けた相手がエリア外に移動した音だ。その音を聞いた俺は羽ペンをアイテムボックスに仕舞い、痛む腰を擦りながら立ち上がった。
〈無敵〉でもこういう痛みは防げないらしい。なんか理不尽だ。
まさかこうも早く動くとは思わなかった。フェンにはチェックを入れてたが、何か動き出すにしても準備が必要だろうし、少なくとも明日明後日ぐらいかなとは思っていた。
空飛べば余裕で追いつけるので、王国行きの船に乗るふりしてステルスで隠れて、動き出したところを問い詰めるつもりだったが、即日とか動きが早すぎるだろ。
レヴィアはフェンを最初見た時から気づいてたようだ。動き出すなら追うつもりだったようで。俺達は二人を追おうとした時に偶然入り口で遭遇した。
「おお。マサキも気づいておったか」
「まぁな。というか動き速すぎだろ。仕事の引き続きの資料を作ってなかったら今頃寝てたな」
寝てる皆を起こすのは悪いので、俺達は空を飛びながら二人を追っていく。夜風が涼しく、月明かりが心地よい。
「そうであったか。あの小娘の力の方は感じておるのか?」
「いや、ネメアーの過去を見て、どこかの神官と巫女ってことぐらいしかわからなかったな。短時間だったからそこまで見るのが限度だったし、あまり人の過去をのぞき見するのも趣味が悪すぎるだろ」
「お、お主の力も末恐ろしいものがあるな」
レヴィアが自分の体を抱きしめながらぶるっと震える。
うん、人の黒歴史も見放題です。これで尋問するのもいいんだよなー。どんな手練れの武人や英雄にも知られたくない過去は幾らでもある。レヴィアの過去を見ようとしても凄まじく時間がかかりそうだからやらんけどな。
「それで、フェンの力って何かヤバいのか?」
「うむ。あの幼子には『神喰らい』。『信仰』に対して特化した力を持っておる。『信仰』についてもついでじゃから説明しておこう」
空を飛びながら勉強タイムが入りました。
長かったので要所を摘まみあげると、故人や物を大勢の人々や誰かから強い祈りや信仰を捧げられるとそれが信仰力となり、ある程度集まると土地神へ変化する。レヴィアも元はただの海龍だったが、長い年月をかけて今のような海神となった。
レヴィアやヨルムンガルド、バハムートなど宗教が立ち上がるレベルになると本格的に土地神としての力。『神力』というのが高まるらしい。この間、帝国で避難場所になっていたユグドラシル教会も同じで、世界樹ユグドラシルに神力が集まっているようだ。
遥か東の大陸にあるようで、とてつもなく大きく神々しいとの噂だ。一度見てみたいものだ。
それで、『神喰らい』というのは相手の信仰力を食らって力にする土地神であり、あらゆる土地神の天敵だそうだ。レヴィアクラスなら大した問題ではないようだが、弱った状態だと危ういらしい。前にあった洗脳状態とか。
出来る事なら仕留めておきたい危険な存在のようだ。
「面倒な力だな」
「全くじゃ。あのような幼子にあのような力を植え付けるとはのぅ」
あの力は後天的で、力を植え付けたのはフェンを巫女として奉っていた宗教団体。
ネメアーに〈ログ参照〉を行った時に見えたのは巫女姿をしたフェンと、神官の服を着たネメアーの姿だ。つまり、フェンを奉っていた宗教団体の一人だ。
あの真面目なネメアーが何故、そんな宗教団体にいたのだろうか。そろそろ追いつくからその事も含めて追及しよう。
そして、俺達二人はネメアー達に追いついた。
◆◇◆
「正直な所、マサキ君の力を侮っていたよ」
ネメアーがため息を吐きながら背中に背負ったフェンを下ろす。
フェンは心配そうにネメアーの服の裾を握りながら見上げている。二人には出来る限り手を出したくはない。短い間ではあったが仲間とは思っていた人達だ。
「私が神官であること、フェンが巫女で『神喰らい』までバレているのなら仕方ないね」
ネメアーが荷物をこちらに向けて投げおろした。拳を構えて、敵対の意識を向け――直ぐに両手を上げた。
「降参」
「は?」
「降参するよ」
いや、降参も早すぎるだろ。フェンも「えっ?」って言いながら唖然としてるぞ。レヴィアも呆然としてる。
「まぁ、逃げるのも抵抗も諦めてくれるのは助かるんだが……早すぎないか?」
「君らは空を飛べる上に、実力も私とは掛け離れている。逃げ切れる気がしないから降参することにするよ。その代り、フェンの命だけは助けてやってほしい。この子は何も知らないんだ」
なるほどな。フェンの為にか。
確かに逃げ切れない上に、勝ち目がないのならさっさと投降するのはベストだな。ここで無駄に抗っても無意味だしな。仮に俺が気づかなかったとしても、レヴィアが追ってきただろうな。結果は同じか最悪、死だろう。相手が悪すぎる。
「分かっている。その代り、事情を話してもらうぞ?」
「ああ。フェンを助けてくれるのなら包み隠さず話そう」
「当然だ。レヴィアもいいよな?」
レヴィアの方を振り向けば、肩をすくめてはぁっとため息を吐いた。
「やれやれ、ここでダメと言うては妾が悪役になるではないか。構わぬ。アース大陸の事も聞けそうじゃしのぅ」
「レヴィアさんもありがとうございます」
ネメアーは深々とレヴィアにもお辞儀をした。全く、こうなるのなら逃げなくてもいいだろうにとは思う。だが、フェンの力の事を考えたら逃げたくもなる。
土地神の力と言うのは土地の力でもある。もし、敵対する国の土地神の力を奪えれば、数か月は大丈夫だろうが徐々に土地がやせ細り、作物が取れず、国民が飢え、国が死ぬだろう。
そんな力を誰の手にも渡さずにひっそりと暮らすつもりだったのだろうな。俺だって守りきる力が無ければ連れて逃げる。ある意味、俺以上に非常識な力だ。これは王様にも話すか悩むぞ。アデルに相談くらいはしておくべきか……。
帰り道、安堵したのかフェンはネメアーに背負われながら寝てしまった。その道すがら、ネメアーは詳しく過去、獣王国で過ごした時の事を話してくれた。
「マサキ君が指摘した通り、私は神官、それも獣王国では邪教と呼ばれるウロボロス教団の一員だったよ。私の一族が代々そこに仕えていてね、私も物心ついたころから教団に入っていた」
「ウロボロス教団って、俺は全く知らんのだがどういうのなんだ?」
こっちの世界の宗教は関わり合ってないので良く判らない。避難所でユグドラシル教会を使ったり、観光目的でバハムートを奉っている教会を訪ねたくらいだ。因みに王国も帝国も宗教は自由。悪事さえ働かなければどんな神でも崇めて良いとなっている。
「そうだねぇ。私も経典は暗記してるけど、元は一人でも多くの人を救おうとしていた宗教団体だったよ。それだけだったらまだマトモだったね。ただ、やり方が狂っていたよ。今、思えば一族揃って洗脳されていたとしか思えない」
ネメアーの話は過酷だった。
ウロボロス教団は人助けと言いながら、土地神の力を奪うためにその土地の信徒を攫い、生贄にして力を高め、第四の龍帝を生み出すという物だった。龍帝の加護というのは強力で土地が痩せにくく、飢饉や災害が起きにくくなるものだ。レヴィアの加護のお蔭でここ何十年も海での大嵐というものは起きてない。
これまでに多くの人々が生贄になり、ネメアーが直接加担したこともあるようだが、その事はフェンは一切知らず、経典通りの宗教団体と思っており純粋な巫女として育っていた。
人を救うために大勢の人を殺す。矛盾した考えだ。ウロボロス教団は手順と目的が逆転していた。
「それで、よくネメアーはそこから逃げようと思ったな。一族丸ごとそういう考えに支配されてたんだろ?」
「私の場合は他宗教の動きを探る為に密偵として入る事が多くてね、様々な人の考えに触れていたお蔭か、一族の歪さや宗教の異常性に気付く事ができたんだよ。当然、その事が発覚したら消されるから演技するのに文字通り必死だったよ」
ばれたら異物として殺されるのは良くある話だな。
「でも、一番の切っ掛けは獣王国で傭兵隊長をしていたあの人。マサキ君と同じ異世界人のあのお方のお蔭だね。私の恩人……いや、フェンの恩人でもあるかな」
「異世界人か……。どういう人なんだ?」
ネメアーがここまで慕っている異世界人と言うのが気になる。一族や宗教の歪さに気付いていたとしても、それまでの人生と言うべき宗教を捨てるなんて到底できないだろう。
っと、お客さんだ。
「そうだね……彼は」
「ネメアー。その辺りは後回しにすることになった。どうやらお客さんだぞ」
「全く、良い所なのに割り込んできおるか」
草陰から黒い毛皮を羽織った黒づくめの獣人達が俺達を囲んでいた。マップで気づいては居たんだが、何時ごろ手出ししてくるか様子見してた。それにマップだけだと何処の領地の密偵か分からないんだよな。この間も屋敷近くにまで密偵が来ていたしなぁ。
レヴィアも気配には気づいてたようだ。言わなかった事を考えると大した相手でもないからだろう。
黒づくめの中で一番体格が良い、狼の姿をした獣人が一歩前に出てくる。手には黒い短剣を握っていた。
殺意と憎しみを込めた瞳でネメアーを睨み付け、短剣を突き付ける。
「……裏切り者ネメアー。巫女様を返してもらおう。そして貴様は英雄もろとも死ね」
「断るよ。彼女をあの教団に返すわけには行かないよ。あの場所では不幸になる。それに……」
「ネメアーを殺させるわけにはいかないな。勿論、俺らも殺されないけど」
寝巻姿だが、〈無敵〉は発動させている。武器はアイテムボックスの中に仕舞っているけど、セブンアーサーを使うような相手でもないな。出来る限り生かして情報を引き出す必要がある。素手で十分か。
拳を構えながらスキル設定の欄を引き出す、視線を現れた画面に向けて意識だけで〈波動剣〉と〈無音撃〉を入れ替える。スキルひとつ入れ替えるだけなら慣れたら一秒もかからない。
ん? これって戦闘中に使えないかな。複合スキルは使えなくなる場合もあるが、実用まで持っていけたら戦う術が増えそうだ。丁度いいし試そう。
「愚かな幻想を抱いたまま死ね」
五人の影が一斉に俺達に飛びかかった。
決着は一瞬だった。
獣人というのは獣の本能が色濃く反映され、相手の強さを体や心で感じとり、戦うべきか逃げるべきか直感でわかるものらしい。
だが、こいつらはその直感が洗脳に近い教義によって鈍くなっていたようだ。巫女、フェンの奪還を最優先にして俺達の力を見誤っていた。
まず飛びかかってきた黒豹の獣人の短剣による鋭い突きを半歩ずらして避ける。実力は高いようだが、暴れまわっていたバリーに比べたら遅すぎる。
空振りしたところを足払いして、宙に浮いたままの体に向けて〈無音撃〉〈手加減攻撃〉で一撃で仕留める。
俺の後ろから向かってきていた狼頭の獣人が俺に向けて短剣を投げつけてくる。
指先で短剣を受け止め、意識だけでスキル設定画面で〈無音撃〉を外し、〈ホーミングシューター〉に即座に入れ替える。意識さえすれば一秒も掛からないな。練習さえすればもっとスムーズに色々入れ替えれるだろう。
受け止めた短剣を〈ホーミングシューター〉で足に目掛けて投げつける。
狼頭の獣人はこの中で一番強かったようで、投げつけると同時に横に飛びながら次の短剣を懐から取り出していた。
だが、〈ホーミングシューター〉は回避しても追う追尾性能も持っている。短剣は狼頭の獣人の太ももに引き寄せられるように曲り、深く突き刺さった。部位狙いには丁度いいスキルだな。
「ぐっ……!」
短剣は根元まで突き刺さり、狼頭の獣人の俊敏性を封じた。これでこいつの勝ち目はない。元から無いようなものだが。
ズガァンと激しい音がしたのでそちらの方を振り向いてみると二人の獣人が地面にめり込み、残った一人がレヴィアに指先ひとつで吹き飛ばされていた。
指先ひとつでダウンとかとんでもない力だな。頭に直撃したがこれ、生きてるのか?
「安心せよ。峰うちじゃ。こやつ等からも獣王国の事は聞けそうじゃし生かしておいたぞ」
いやいや、指で峰うちも何もないだろう。よく見たら長剣や手斧が粉々に砕けてるじゃねぇか。その辺りの武器より凶悪だぞ。
心配なので一応様子を見てみると、ビクンビクンと痙攣しながらも生きている。〈鑑定〉で詳しく見るとギリギリHPが一桁残っていた。死亡寸前だこれ。
襲撃者の惨状を見てネメアーが苦笑いをしていた。下手すると自分がこういう目に合っていたと思ったのだろう。
狼頭の獣人は部下達が倒されたのを見ると、戦意を失い地面に座り込んだ。
「くっ……! 殺せっ……!」
そのセリフは女騎士に言ってもらいたい。何が悲しくて獣人のおっさんなんだ。
「殺すわけないだろう。お前達から聞くことはあるしな。ああ、そうだ。素直に喋った方が良いぞ。喋らない方が苦しむことになるからな。自害しようとしても回復魔法あるから無駄だぞ」
「ふんっ。我らは影に生きる者。拷問には屈せぬ」
予想通りの反応だ。ふふふ、どこまで耐えれるカ楽しみだ。
「えーと、今の嫁さんの初デートの時には緊張のあまり服を裏返しに着ていったんだな。しかも、赤いバラ100本持って白いタキシード服。うわっ、しかもその日のうちに――」
「ぎゃーーー! やめろ! 何でも喋るから! 言うから! 頼むーー!」
狼頭を自害できないように縛り上げて、〈ログ参照〉で過去を読み、幼少期からの黒歴史を存分に暴露してやったらすぐにゲロってくれた。HAHAHA。
彼の部下たちが顔を青くして震え上がり、怯えていたけど気にしない。
今週水曜日の更新は出来るか怪しい感じです。某所のOFF会に行くので時間が厳しいです。もし出来なかったら御免なさい。