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大食い少女

 温泉から上がった俺は休憩所で、オレンジっぽい果物の果汁と冷やした炭酸温泉で作ったオレンジジュースを飲んでいた。

 炭酸の濃度が低いが、シュワシュワと口の中で弾ける泡が心地よい。

 炭酸温泉を飲むという風習はなかったようだが、俺が果物の果汁を混ぜて飲む様子を見せると瞬く間に広まった。

 

 今ではアタミの名物の一つになっている。果物は隣の領地からの輸入に頼っているが、そのうち果物の栽培もしておきたい。

 資料によると領内に戦乱で焼けてしまったがブドウ園もあるようだ。牧畜が落ち着いたら復興させるのもいいだろう。ブドウジュースも飲みたい。


 どっかの誰かが珈琲を炭酸温泉で割ったらしいが、味と風味が絶望的で倒れたようだ。何故混ぜたし。


「マサキさんも上がってたんですね」


「ん? あぁ、秋葉か。一瞬春香と間違えた」


「あはは、よく言われるんですよ。何時もはお姉ちゃんとそっくりだから三つ編みにしてるんですけど、ちょっと久しぶりに下ろしてみたんです」


 一瞬、本当に春香と見間違えた。スタイルも顔つきも、姉妹にしては似過ぎだろ。

 こっそり入れ替わられたら判らないかもしれない。王子なら見破れるかもしれないが。


「なるほどなぁ。ま、たまには髪を下ろしてもいいんじゃないか。綺麗だしな。新しい服も良く似合っているぞ」


 秋葉の今の服は緑色を基調とした胴着とスカートだ。胸元と鎖骨が見えて色気を醸し出しつつ、動き易さを重点に置いた薄手の服だ。スカートは膝ぐらいまであって余程激しく動かない限りは中は見えないだろう。


「えっ……。え、あ、お世辞なんて言っても何も出ませんよっ」


「お世辞じゃないんだがなぁ。ロングヘアーも良く似合うし、少し黒味が入った赤茶色の髪も艶がある。秋葉の肌にも良く合ってるぞ」


「もうっ。でも……ありがとうございます」


 ははっ。照れた様子も可愛らしい。妹が居たらこんな感じなのかもしれないな。

 実際、聞く妹の話は憎たらしいとか可愛げがないとか色々聞くけど、末っ子な俺からしたら羨ましいものだ。

 

「そういえば、アデルはどうしたんだ?」


「アデルさんはフェンちゃんの髪と尻尾を梳かしてますよ。温泉で偶然一緒になったんです」


「フェンか。あの尻尾は手入れが大変そうだな」


 たまにフェンの尻尾を触らせてもらっているが、ふわふわしてて心地よい。フェンも尻尾は触られるのは好きなようで気持ちよさそうに目を細めている。


「こっちの方にはネメアーは居なかったが、侍言葉を使う犬型の獣人がいたな。シベリアンハスキーのようなタイプ」


「は? 侍って……あのござるとか?」


「そう、ござる。某〜とか言ってたな。流石にその口調を聞いた時は驚いたぞ」


「私も聴いたら驚きそう。会ってみたいかも」


「まだ温泉に浸かり足りないとか言って、別の温泉に浸かりに行ってたな」


 相当温泉が気に入ったようだが、温泉めぐりするとかどんだけだよ。40分以上湯船に浸かっていたのは見たぞ。

 この調子なら、アタミの温泉を全て制覇するつもりなのかもしれない。

 あ、そうだ。どうせならそういうスタンプラリー的な物を作ろう。昔、そういうのが流行ったし、経費も対して掛からないから娯楽の一つとしていいかもな。

 帰ったら早速ジミーに相談だ。


 程なくして、いつものメイド服姿のフェンと、白を基調とした露出度を抑えた衣服、スリットが入ったロングスカートを穿いたアデルが女湯から出てきた。

 うん、いつもの黒と白のゴシックドレス姿もいいが、この姿も実にいい。


 風呂上りに全員に果汁入り炭酸水(フェンには冷えた牛乳)を奢ってやっている所に、突然念話が入ってきた。警備にあたっている魔法が使える兵士からだ。


《休暇の所申し訳ありません》


《どうした? 何か問題が起きたのか?》


《はい。それがその、領主様を出せと、小さな女の子が暴れてまして……》


《は? ……良くわからんが、小さな子なら宥めて落ち着かせればいいじゃないか》


《それがその、最初はそうやって食べ物を与えてたのですが、全て食べ終わってからこれじゃないと、怒り出しまして。その上、その女の子は物凄い怪力で……あ、今タツマ様が吹き飛ばされました》


オイィ!? タツマが吹き飛ばされたってどういうことだってばよ!


《わ、わかった。今すぐ行くから耐えてくれ。住民の避難と、宥める為に何かもっとうまい物でも与えてやってくれ。話を聞く限りだと食べてる間は大人しいようだしな。経費は俺が全部持つ》


《判りました》


 即座にマップを開いて、タツマの位置を確認する。ここから東……屋台通りから出た所の広場か。一体なんだって女の子が俺を探してるんだ。身に覚えが全くないぞ。




「マサキ、どうしたんだ?」


「判らんが……、女の子が暴れてるらしい。どうも俺に用事があるみたいだが……。タツマが止めようとしたが吹き飛ばされたようだ。東の方だからちょっと行ってくる」


「あのタツマが!?」


 驚きのあまり、アデルが大声を上げていた。その声で一斉に休憩所の皆が俺達の方を振り向く。ヒソヒソと喋っている様子が見えた。

 ヤバい、気づかれたかもしれん。混乱を引き起こす前に早く移動した方がいいな。


「声が大きい。ここで居続けたら無駄な混乱を引き起こす可能性がある。詳しい話は移動しながらだ」


「わ……分かった」


「私も行きます。何かのお役にたてるかもしれませんし」


「分かった。方角はここから東だ」


 マップで状況を確認しながら、アデル達に事情を説明する。途中でその女の子との関係を聞かれたが、全く身に覚えがないので知らんとしか言えなかった。

 一体なんなんだこの状況。折角の休みだってのに。


 足早に広場の方に向かうと、大勢のギャラリーが広場を埋め尽くしていた。どうやら喧嘩や騒動というのは起きてないようだが、人が多すぎて見えん。


「すまん、ちょっと通してくれ」


「お。おい。割り込むなよ」

「ちょっと!」

「うほっ! いい男」

「押さないでよっ!」


 途中で気味悪い声が聞こえ、俺の尻に手が伸びてきたので飛び込むように人垣の中に割り込んだ。マップでチェックは付けたので今後はあいつの側には近寄らん。

 人垣を抜けるとそこには大量の空の器と、必死に食事を作る料理人達、必死に運ぶ警備兵達の姿があった。タツマは吹き飛ばされたままなのか、クレーターの中でヤムチャのようなポーズで転がっていた。ピクリとも動かない。……死んでないよな?


 少女は何処にそんな量が入るのか、どんぶりに入った汁物を水のようにゴクゴクと飲み干し、串に刺さった焼き魚をムシャムシャと骨ごと食べつくした。粗雑な食事に見えるが、食べる姿は爽快で、おいしそうな表情を浮かべている。作る方も満更ではなく、嬉しそうだ。運ぶ人の中には餌付けのつもりなのか他の屋台から料理を買い、少女に食べさせてる人もいる。何だこの状況は。


 呆気に取られていると、少女が俺に気付いたようで、食べていた肉の塊をごくんっと飲み込み、骨をごみ箱に捨ててから俺の方に駆け寄ってきた。


「あっ! 見つけたのじゃ!!」


 食べ終わった串を俺に突き付け、口元に食べかすを付けた少女が俺に向かって砂埃を巻き上げながら走ってきた。速っ!?


「あっ」

「あ」


 あっという間に距離を詰めた少女は―――俺の目の前で石畳に躓き、思いっきりこけて、俺の腹にスーパー頭突きを打ち込んできた。当然、目の前でこけられたら避ける暇も無く……。


「ごはぁっ!?」


「マサキー!?」


 街路樹や壁をぶち破り、遥か遠くまで吹き飛ばされ、ドゴォン! と大きな音を立てて瓦礫に埋もれる。ダメージは無いんだが、腹に衝撃が来ると気持ち悪い。この威力どっかで受けた記憶があるような……何処でだろう


「いたたた……」


「おおぅ……」


 少女も勢いのあまり俺に突っ込んだまま瓦礫の中に埋もれていた。

 おい、俺はともかく何でこいつは無事なんだ? というか誰だこの子。


「おい、しっかりしろ。怪我は……無いみたいだな」


 瓦礫の中から目を廻している少女を引っ張り出す。良く見てなかったが、大体13~15歳くらいの中学生くらいの子か? 髪は足首まで届くような海のように深い色の蒼髪。

服装は青いドレスで裾が半透明で出来ている。どういう素材だろう。


 マップを見ると、アデル達が駆け寄ってくるのが見える。


「ううん……はっ!」


 少女が目を覚ましたようだ。あれだけの衝撃を受けて目を廻す程度で済む少女、ただの女の子じゃないな。また同郷の奴か? それにしても頑丈すぎる。


「ようやく見つけたぞ。英雄殿。全く、このわらわに手間を掛けさせるとはいい度胸だ」


「手間をかけるとか言いながら、大量の飯を食ってた奴が何を言う。まずは口についた米粒とソースを拭え」


 ハンカチを差し出すと顔を赤くしながらごしごしと拭く。食べる姿は良かったのだが、この経費は俺が持つと言ったからには自腹で払わなくてはいけない。……一体どれだけ食べたんだろうこいつは。


「それで、お前は誰なんだ? 会った記憶が全くないんだが」


 物忘れするような歳でもないし、物覚えは良い方だ。それでもこの子はあった記憶が無い。

 俺の言葉にくりくりとした目を見開き、驚いた様子を見せている。マジで会った記憶が無いのだから仕方ないだろ。


「寂しいなぁ、英雄殿。あんなに激しく妾の奥深くまで入ったというのに」


くねくねと体をくねらせながら口元に指先を持っていく少女。


はい?


「なっ……マサキ。どういう事だ?」

「マサキさん……」


  気づけば、アデルと秋葉がそばにいた。しかも最悪のタイミングでっ!

  どす黒い怒気を孕んだオーラが見える。怖い!

 

 「いやいやいや、誤解だ。というか本当に誰なんだよ。会ったことないぞ」

 

 「あんな焼けるように熱烈な事をしたというのに、忘れてしまったのか? 忘れられないような味を叩き込んだというのに」

 

  オヨヨと、芝居掛かったように崩れ落ちる。アデルと秋葉の突き刺さるような視線が俺に突き刺さる。無敵を通りぬいて凄まじく痛い。


「大事に大事に、妾が譲った腕輪を付けてると言うのに忘れてしまったのか。英雄殿」


「は? 腕輪って……この……え? って……まさか……お前……」


 少女以外の全員の目が青い腕輪に集まる。腕輪ってこれだよな? 着けている腕輪って一つしかないし。





「うむ、ようやく思い出したか。『渦を巻くもの』『海の神』『バハムートと対するモノ』。妾は『リヴァイアサン』じゃ」






「「「はいいいいいいいいいいぃぃぃぃ!?」」」






 リヴァイアサンが少女になってうちの領地に来ました。


帰ってきたリヴァイアさん。


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