領地の復興
屋敷に向かう途中では、いくつかの戦争の傷跡が目に付いた。
壊された家屋、砲撃により抉られた道路、主を失った商店など、戦場とは違った悲惨な戦争の一面をまざまざと見せつけた。
元居た世界ではテレビでしか見たことが無かった映像。それらを今、直接目にしている。
「出来るだけ被害は少なくするようにと努力はしたのですが、他の部隊はそう考えておらず……申し訳ございません」
「気にするな。全員が全員同じ意識を持ってやれるわけがない。逆にお前のような奴がいたからこそまだ抑えきれていたと俺は思う」
「温かいお言葉、ありがとうございます」
ルードリッヒは申し訳なさそうな顔をしながらも歩いていく。
タツマは自分たちがやったことをしかと見続けるように歩いていた。同じ日本人なのに異世界で良くも悪くも戦争慣れしてしまった様子だ。
隣を歩いているアデルをチラリと横目で見てみると、慣れ親しんでいた故郷が傷ついていたのを目の当たりにして、悲しさと悔しさが入り混じったような表情を浮かべていた、
そりゃ悲しいよな。俺も生まれ育った地域が戦争に巻き込まれてとかなったら喪失感を感じるだろう。
アデルの手を取り、優しく握ってやるとアデルが少し驚いた様子で俺の方を見てきた。
「マサキ?」
「これから復興するんだ。俺は知らないが前のような、いや、前以上に住民達が良い暮らしを出来るようにな。だから、そんな顔するな」
「あ……ああ。そうだな。私がこんな顔をしていては民達が不安を感じてしまうだろう。こういう時だからこそしっかりしなければな」
「……どうしても辛い時は、誰もいない時に幾らでも聞いてやるからな」
「……ありがとう」
アデルが晴れやかな表情を浮かべると俺も自然と頬が緩み笑みを浮かべた。
いつ振りだろうな。こうして笑えたのは。だいぶ前の休みの時以来かもしれない。
あの後は戦争が続いて、血なまぐさい毎日になっていたからな。
俺の反対を歩いていたヨーコの手も握ってやると、風景に目が取られていたのか尻尾をビクってしながら驚いていた。
そんなに驚かなくてもいいと思うが、何を見ていたんだろう。
「あ。ごめんね。ちょっといい香りが……」
「この領地の特産品ですねはい。最高品質は王家の御用達となっていますねはい」
「茶か……。紅茶とは違うみたいだが、懐かしい緑茶の香りだ」
「マサキの所にもあったの?」
「ああ。まさかこっちの世界でも飲めるとは思っていなかった。品種や味は若干違うかもしれないが、匂いは間違いないな」
味噌に醤油、緑茶まで揃っていた。
世界が違うのに、どうしてここまで似通った物があるのだろうか?不思議なものだ。
味噌や醤油に関しては過去にヤマトにいた異世界人が意地で作ったのかもしれない。
日本人の食の追及能力はマジで凄いからな。毒フグやベニテングダケまで食べられるようになるまで塩漬けや糠漬けとかするとか。こっちの世界では絶対に実践はしないけどな!
茶畑を横目に抜けると一つの大きな屋敷が見えてきた。
あれがアデルの住んでいた屋敷……俺がお義父さんとお義母さんと呼ぶべき人が住んでいた屋敷だ。
屋敷に近づくと、その大きさがよくわかる。
王国で貰った屋敷の大体倍くらいの大きさだ。あっちの方は土地の面積が限られるからそこまで大きな家は立てれないが、ここでは土地は有り余っている。
領主というのは、色々物入りなのだから自然と大きくなったのだろう。
屋敷自体は大きさ以外はそこまで豪華さはなく、むしろ控えめな印象だ。
辺りの風景に合わせたのだろう。緑あふれる風景に白い壁と赤い屋根がよく映える。
屋敷に隣接するようにこじんまりとした建物が建っていた。それでも元の世界の一軒家よりは大きい。アパートが近い感じかな?
アデル達によるとそこは、屋敷に勤める家を持たない家臣たちの寮らしい。タツマ達はそこに住むことになっている。執事やメイド達は屋敷に住み込みだ。
屋敷に入ると、そのまま政務室へと通された。
屋敷の中を見渡したが殺風景だった。調度品などは帝国に押収されたらしく、見つかり次第こちらに返すと連絡を受けている。
執務室にある黒塗りにソファーに座り、腰を落ち着けた。
「今までの町の様子を見させてもらったが、ここ以外の被害状況はどうなっている?」
俺の言葉にルードリッヒが手に持っていた資料と地図をテーブルに広げ、ここの被害状況と今からやるべきこと、将来的に豊かになるように改善の話をしていく。
俺達、異世界人が持つ知識と能力を駆使してこの領地を、領民たちを豊かにするための活動が今日、この日より始まった。
◆◇◆
まず最初にやるべきことは街道の整備と、村や町の修繕だ。
戦争の被害は街道が一番多く、特に決戦となった街道では大きな穴が大量に開き、激戦の凄まじさを様々と俺達に見せつけた。
武具などは流石に片づけられたが、少し離れた場所に行くと白骨化した人骨が幾つか目に入った。
それらは全て回収し、後で町はずれに建設する慰霊碑に納める予定だ。
誰の骨か分からないが、帝国でも傭兵でも皇国の人でも死ねば全て同じだ。丁重に弔うべきだろう。
周囲には向日葵の花を植えよう。実用と利益も兼ねているが、せめて来世では明るい人生を願って。
街道の補修、修繕に関しては多くの人出がいるという事なので、領内で職を失った人達を臨時で雇い、王国に連絡を取り、工兵を送ってもらった。
それと同時に改善する為に必要な物もセントドラグ王国から船で送ってもらっている。
復興のために来てくれた人達に混ざり、俺も魔法で街道の整備を手伝っていた。
昔は採掘で賑わっていたが、強固な岩石の層に阻まれ、廃棄された石切り場で俺は魔法を唱える。
イメージは厚さ10cm、横幅4m、縦幅8mの長方形の板だ。
『ストーンウォール!』
魔法により岩石層から大きな長い石板を生やす。土のある地面で使った場合、質の悪い石板になって直ぐに割れてしまった。
元は防御壁で攻撃をある程度防ぐ魔法だから割れるのは仕方ない。
どうするべきか悩んでいた時に、ヨーコからアドバイスをもらった。
「石とか土系統の魔法はその地形にあった魔法を使うと地形の恩恵を受けるわよ。岩石から石板を出したりするとその性質を受けたり、逆に泥沼で土系統の魔法を使えばより効果が強くなるわ」
アドバイス通りに岩石層から引き出すようなイメージで魔法を唱えると、壁から横に長く板が生えてきた。
板は強固な岩板で出来ていて、叩いてみるが壊れそうにない程に硬い。
これなら大丈夫だな。
セブンアーサーだと粉砕してしまうので、倉庫に寝かせたままだったオリハルコンソードをを水平に振るうと、石板が豆腐を斬るように綺麗に切断。
オリハルコンの無駄遣いかもしれないが気にしない。あるものは何でも使う。倉庫に眠ったままの鉱石も使おう。ミスリルの鍬とかいいかもしれない。
切り終わって、石材置き場に運ぶようにと作業員に伝える。
彼らには手製の力の指輪を渡しているので数人がかりではあるがこの巨大な石板を運べるだけの力を与えてある。
この任務が終われば譲るとも言ってあるので全員が張り切って働いてくれる。ルビーの原石ならゲーム時代、採掘したのが山のようにストックがあるからある程度譲っても問題はない。
譲りすぎると宝石価格の暴落を招くので程々にだ。
臨時雇用の人達にはそう簡単に譲るわけにはいかないが、代わりに継続して別の職場で働けるように融通すると言ってある。
労働力ゲットだぜ。
石板が運ばれると、直ぐにストーンウォールを唱えて再度石材を量産していく。
ある程度の石材の山が出来上がると、休憩時間を取るように伝える。俺も魔法を連打して、剣を振るい続けて少々疲れた。
疲れた時には甘くて酸っぱいものが一番。という事で春香が作ってくれたレモンと蜂蜜を使い、作ったレモンパイをアイテムボックスから大量に取り出す。作ったのは当然俺だ。
料理スキルがカンストしているのでメイドさん達より美味く作れる。
でも、ずっと俺が作ってばかりいると他の事が出来なくなりそうなのでこれは程々にするつもりだ。
作業員を纏める各リーダーを呼び出し、人数分のレモンパイを配給する。
全員が驚きながらも、恐々と口に運ぶといたる場所で歓声が起きた。
「なんだこれ! うめぇ!」
「すっぱくて、でも甘いっ! これ砂糖じゃないよな?」
「ばっかおめぇ。これは蜂蜜ってやつだ。だがこんなうまいもん初めて食った!」
「生きててよかった! これなら死ぬまで働ける!」
そこまでいうか。というか死ぬまで働くな。うちはブラック企業じゃないんだぞ。
俺も2切れ程レモンパイを口に運び、水で喉を潤していると大きな揺れが起きた。
その揺れの原因がドスンドスンと音を立てながらこちらに歩いて、俺を影で覆い尽くした。
「マサキー。整地終わったわよー」
「思った以上に速かったな。それじゃ、悪いがこれも運んでくれ」
「りょーかいー。後でそれ頂戴ねー!」
揺れの原因はヨーコだった。正しくは、ヨーコが搭乗している『エクスマイザー』だ。
エクスマイザーとの式紙契約を馴染ませたヨーコは、この世界の住人にも関わらず慣れたようにエクスマイザーを操作し始めた。
どうやら魔力を常に吸い取っていた大本の原因は契約を馴染ませる為と、多発された必殺技のエネルギーを補給する為に魔力を根こそぎ吸い取られていたと後でヨーコから教えてもらった。
こうやって動かす分には魔力もそう多くは使わず、使えるものは使おうという事で土木作業に使わせてもらっている。
いやぁ、便利便利。
穴埋め作業は手早く終えて、足で踏んで整地もしてもらった。
両腕で100枚以上の石板を丸太で作った巨大なソリに乗せると、作ったばかりの街道を滑るように移動していく。エクスマイザーで一枚一枚並べてもらう事にしている。
顔も本名も知らないが『超合金』。ありがとう。お前の機体は皆の役に立たせてもらっている。
エクスマイザーはホバー移動もできるようだ。一応歩いても街道は破損しないが念のためにやっているらしい。
操作方法はエクスマイザー自身から丁寧に教えてもらって直ぐになれたとのことだ。
ロボの活用が実に間違っていると思うが、どっかの機体は洗濯もしてたし、ビームサーベルで風呂も沸かしていたから特に問題はないかな。
休憩が終わったらまた切り出す作業だ。村の畑の方は春香に任せたけど大丈夫かな。
ん、レモンパイ美味い。今度は皆にも振る舞おう。
◆◇◆
マサキが石材と戦っている頃、春香は護衛兼作業要員として来たネメアーと共に残っている村へ赴いていた。
「予想はしてましたけどぉ……随分と男の人が少ないですねぇ」
「それはそうだろうね。占領された地域からは男手を兵士として徴兵するのはよくあることだよ。それにしても、春香君は凄いね」
「何がですかぁ?」
「この姿を見た人族は最初は怖がるものだけど、そういった素振りを見せない上に……肩に乗せて欲しいと言う度胸の事だよ。私としては慣れてくれた方が嬉しいけどね」
そう、春香はネメアーに肩に乗せてもらいながら村へと歩いていた。
二人の後ろには王国の鎧を着た元帝国の兵士達が話をしながら付いてきている。
王国の鎧を着せたのは春香の提案だった。
「まずは見た目から変えていきましょー。村の人達は帝国さんに怖い印象を持っているので、見た目から王国の人になっていけば少なくとも怖がられずに済みますよー」
ニコニコ顔で真新しい鎧を手渡されると、男たちの視線は自然と豊かな胸元に行き、嬉々として鎧を着用していく。
今日の春香のファッションは春のような心地よい天気に合わせて白とオレンジで花柄の模様がついたワンピースになっています。
春香を肩に乗せたまま、ネメアーは村の中へと入る。
ライオン型の獣人であるネメアーを見た村人は、恐れおののくが、ほんわかとした春香を肩に乗せて意気揚々と歩くその姿に警戒心を徐々に解いていく。
王国の鎧を着た兵士達の姿を見ても、怯える事が無くなっていた。
「今まで怖がられたのにな……」
「変われる所から変わるのが大事ということですよー。あ、村長さんの家は何処でしたっけ?」
「あ、ああ。あっちの方です」
「そうですかぁ。ありがとうございます〜」
ほんわかとした春香の表情に兵士は顔を赤くし、照れくさそうに頬を掻く。
(いいなぁ……こういう人。恋人とかいなければ狙ってみようかな……)
(胸でかいしな……嫁さんにしたいなぁ……)
◆◇◆
引率された兵士達が春香に好意を持ち出した頃のセントドラグ王国のとある一室。
レオン王子は自室にて、戦後処理の報告書と様々な政務の処理を行っていた。
春香についていきたかったが、王子としての立場上、この仕事は放り投げていくわけにはいかない。弟がいるがまだ10歳だ。兄としてしっかりとしなければいけない。
羽ペンにインクを差し、書類を書いていた時、不意に不愉快な気配がトウドウ領から感じた。
「春香殿に悪い虫がつく気配が! いかなくては!」
「いかなくて大丈夫です。王子、次の書類のサインをお願いします」
立ち上がったレオン王子の目の前に、山のように積み重なった書類が置かれた。
その量の多さに思わずorzとなりかけた王子であった。
◆◇◆
王子が書類に忙殺されている事を露知らず、春香は村長宅を訪ねていた。
「遥々このような村までご足労頂きありがとうございます。大した持て成しはできねぇで申し訳ねぇだ」
「いえいえー。こちらこそ急な訪問を受けてくださりありがとうございますぅ。早速ですがぁ、今のこの村の畑の状況を全て私に教えてもらいませんかぁ? それと、働いている人のこともぉ」
「え? そちらの立派な獣人のおかたでなくてお嬢さんにですかい?」
「私はこの子の仕事を手伝いに来ただけだよ。この子はこう見ても農業の専門家だ。信頼していい」
子供を腕にぶら下げたままネメアーが笑顔で村長に応える。
最初は怖がっていた村の子供たちも、ネメアーが筋肉を膨張させたりポージングをしたりして愛嬌のある様子を見せると直ぐに駆け寄ってきて、巨体をよじ登ったり、腕にぶら下がり打ち解けていった。
「そうですかぃ……へぇー。あ、畑の事やった。口で言うよりは見てもらった方が速いと思いますが宜しいですかい?」
「いいですよー。あ、兵士の皆さんは休んでいてくださいー。ネメアーさんが居たら護衛は大丈夫ですのでぇ」
兵士達の中から数人は同行したそうな様子を見せたが、ネメアーの方に視線を移すと、どう考えても護衛はこの人一人で十分だなぁという結論にたどり着く。
むしろ、これで襲い掛かる盗賊やモンスターが居たら見てみたいくらいだ。
春香とネメアーは村長に連れられて、各畑や管理していた家々を回り続ける。
村は程よく大きく、農業によって繁栄していた村だ。
だが、戦争はその村にも大きな傷跡を残した。
畑は荒らされ、働き手で有った男達を徴兵し、働けなくなった身で帰ってきた者、帰ってくる事すら出来なかった者も大勢いた。
その所為で村の空気は暗く、どんよりと沈みがちだった。子供たちがそんな空気を嫌っていた。
ネメアーが笑顔でポーズをとり続けた事により、久しぶりの笑顔を見せて子供らしくネメアーと遊びたがり、今はネメアーには村中の子供が集まっていた。
殆どの家と畑を見て回った春香は、落ち込んだ様子を全く見せず、ほんわかとした笑顔を浮かべたまま村長の家に戻ってきた。
村長は凄惨な現実を見せつけられても雰囲気が変わらなかった春香に驚いていた。
村長の家に戻った春香はふうっと一息ついて、出された水を飲む。
喉を潤すと、アイテムバックからマサキから渡されたこの村周辺の地図をテーブルの上に広げた。
地図には四角い枠を筆で書かれており、色々な文字も書かれている。
「大体の事は分かりましたぁ。想定の範囲より被害が大きいみたいですけどぉ。なんとかなりそうですねぇ」
「へっ?」
何言ってるんだこの人って顔で村長は春香を見つめる。
春香は笑顔を崩さないまま、精巧な地図の隣にアイテムボックスから幾つかの種と苗を取り出して並べた。
「村長さん、村人全員の人に集まってもらってください。ここで一つ〜農場の運営を立ち上げます」