処刑前日
『牢屋生活四日目』
不味い不味い不味い!時間も日にちも通用するから油断していた!!
朝の警備兵に聞いてみると、この世界の一週間は5日と言うとんでもない事実を告げられたのだ。
今朝は昨晩告げられた事が気になり中々眠れずに今は寝不足だ。だが、それどころじゃない。
「ヤバい…当たり前だがここって異世界だから曜日の感覚の違いってあるのを失念してた…!」
焦りつつも腹は減る。スキルを使えば今日は白いパンとコンソメスープだ。
少々腹が膨れると焦りも少し落ち着いていく。
落ち着け落ち着け……。
数分かかったがようやく冷静になることが出来た。
「念のために早めにスキルを組んでいたのが幸いしたが…もう少し怪しまれてでも良いから今朝の奴から情報を手に入れておくべきだった…!」
朝の警備兵は別の階に移動しており、巡回しているようだ。夜の奴は一定の場所から動かない。あの辺りが休憩室か?兵士やローブの奴らは遠くだ。来なくていい。
少しでも良いから情報を、と格子窓から外を覗けば軍港からは相変わらずの船団が見える。その遠くには商業船と、あのサイズはキャラベル船か。それらが数隻。
ここからでは、大した情報が手に入らないと諦めてたところに、兵士に捕まってる一人のおっさんが見えた。酷い怪我をしてるが見た目が海賊っぽく荒々しい。あ、兵士から殴られた。あの怪我は捕まえる際に兵士から受けたもののようだな。
視線は昨日のスキルセットのままなので、隠密能力上昇のお蔭で気づきにくくなってる様だ。それ以前にここからだと遠すぎて気づく奴もいないか。
格子窓からのぞくのを止めて早速脱出手段について考える。案はいくつかはあるが多数用意しておいて損は無い。
脱出手段は幾つか考えた。力技で鉄格子を切ることも出来るだろうが、何処に逃げたらいいかが解らない…情報が足りなさすぎる。
アイテムの中に生鍵を開けるためのピッキングツールは無かった。
無ければ作ればいいとアイテムの中を探ってみるが、あるのはハイHPポーションやハイエリクサーなど回復アイテム。それと狩りの後の角とか羽とかだ。何の役にも立たない。
他にも無いか探ってみると一つのアイテムが目についた。
チタン製のメガネ
俺が唯一身に持ってきたものだ。財布と鍵は奪われたようでないがこのメガネは愛着がある。
これで一つの考えが思い浮かんだ。
(これを分解してピッキングツールを作れないか?)
金細工スキルはある。これを使えばピッキングツールも作れるのだが素材として基本的に細い針金が必要だ。
メガネも細さ的に針金と言えるだろう。問題点はチタン合金製。上手くいけば脱出の大きな手助けとなるが失敗すれば……俺のメガネはただの針金と化す。
値段とかは割とどうでもいい。長く使っていたものだから愛着の方が強い。どれくらいだろうか、わずかな時間かもしれない。
十分に考えた結果、俺はメガネを分解するスキルを使った。
(命には代えられないしな…)
手には分解スキルによってメガネのレンズとチタン合金製の針金。
レンズをアイテムボックスの中に仕舞い、次に金細工スキルから、ピッキングツール制作を選び深く念じる。いつもパンやスープで念じるより深く強く願いを込めて念じた。
(頼む……成功してくれ……!!)
手の中で淡く光る針金。強く握りしめていて、光が収まったのに気付くのが遅れた。
心臓をバクンバクンとさせながら、ゆっくりと手を開くと……
盗賊王の針金:謎の金属を使い、丈夫さ、熱の強さ、曲がる角度など鍵開けに素晴らしく適した針金。この針金に開けられぬ物は数少ない。 レア:SR
来たっ……!!しかもなんだSR!?チタンのメガネがRクラスだったのにランクが上がった!
手に持つと自然と馴染む。シーフは余り上げていなかったのだがそれでも何でも開けられそうな気になってくる。
警備兵のチェックがこの階にないことを確認するとドキドキしながら鉄格子から手を伸ばし…鍵穴に盗賊王の針金を差し込む。
鍵を開けるときは大きな音がするのは兵士の時で確認した。慎重に鍵穴を探り針金が勝手に曲がってるような錯覚を覚えつつも奥まで入れて
ゆっくりと…ゆっくりとだ。針金を回す。
カチャン。
小さな音だが…扉を押すと静かに開いた…成功…成功した!…っと戻そう。このままじゃいけない。成功した喜びを押さえながら鍵を戻すとあっさりと鍵は閉じた。取り出した針金を見てみると入れる前とは違い形が変わってる。
何ぞこの最後の鍵。最高じゃないか。
盗賊王の針金を微笑みながら見ているとマップに兵士と警備兵二人のチェックがこの階に向かって上ってくるのが見えた。慌てて盗賊王の針金をアイテムボックスに仕舞い壁に無気力に寄りかかっておく。
コツコツコツと石畳を歩く足音と共にずるずると何か引きずられる音が聞こえる。
その音は隣の牢屋前で止まり、どさっと投げ捨てられる音が隣から聞こえた。
「部下の為に命を張り、逃がすとは大したものだな。だが無駄だ。直ぐに貴様の部下も捕え、見せしめとして首を刎ねてやる」
この声は偉そうな兵士の声だ。相変わらず気に入らない声だ。偉そうな兵士は今度はこっちの牢屋を覗き込む。
「明日にでも首輪が出来上がるそうだ。それが失敗すれば貴様も首が飛ぶ。これで気に入らん異世界人の顔を一人見なくて済むな」
単純に異世界人が気に入らないだけで殺すのかよ。なら呼ぶなよ。夜の警備兵は変わらず無愛想で、朝の警備兵は少し申し訳なさそうな表情をしていた。
目を伏せて落ち込んだ様子を見せると、兵士はふふっと満足そうな含み笑いを浮かべて警備兵と一緒に立ち去っていく。
薄眼で見てたが気持ち悪い。あれでカッコいいって思ってるんだろうか。
首輪が効かない以上処刑は明日だ。なら動くのは早い方がいい。だが動くにしても何処へ?土地勘もない金もない伝手もない。
無いづくしでこの土地を歩くのはステルスを使うにしても厳しい。下手に逃げれば帝国の支配地域だろう。
「うぐっ……くぅ……」
隣の牢屋から苦しそうな声が聞こえる。相当痛めつけられたようだ。だが俺にとっては待っていた隣人だ。
「おい、大丈夫か?」
緊張しながらも声を掛けるとおっさんの声が返ってくる。
「大丈夫なわけねぇだろ糞がっ…。畜生っ……帝国の野郎……!あいつら…船で上手く逃げてくれっ…!」
祈るような声でおっさんは返事を返す。その返事の中に聞き逃せない言葉が混ざっていた。
アイツら?船?こいつ船を持ってるのか?
「おい、おっさん?あんた、船持ってるのか?」
「あぁ?なんだてめぇ…海賊だから持ってるに決まってるだろうが…っつぅ……」
海賊!しかも帝国と敵対している海賊だ!こいつは使えるぞ!俺はアイテムの中から一つのアイテムを取り出した。
ハイHPポーション:HPを1000回復する上級ポーション。切れた指程度なら再生する程の効果を持つ。
「おっさん、黙ってこれを飲め。ポーションだ」
「は?」
「良いから飲め。今なら監視の目も無い」
「お…おう。…うぉ…何だこれ!?指が生えたぞ!?」
おっさんは隣にいる牢屋の俺から、鉄格子ごしにハイHPポーションを受け取ると素直に飲んだらしく効果に驚いた。このおっさん少しは疑えよ。毒だったらどうするんだよ。
「助かった…しかしお前。この牢屋に居て何でこんな貴重品を…しかもこれってハイHPポーションじゃねぇか!?ベテランの冒険者でも滅多に持ってないって話だぞ!?」
「いろいろ事情があって持ってるんだよ。おっさん、体力が回復したところで話がある」
「おう、怪我を直してくれた恩人だ。この状況だがなんでも聞いてくれ」
義理堅い奴だな。海賊だが今は俺も信用しよう。
「この帝国と敵対してる国は知ってるか?」
「そんなもん幾らでもあるが…ここから南は大体制圧されちまったな。今は大きな山脈の向こうの沿岸都市を攻撃してると聞いたことはある。同時にそれから更に北のセントドラグ王国も攻めてるって話だ」
二正面作戦かよ!恐らく捕まえた捕虜を戦力として使い捨て、あのフリゲート艦で海からの砲撃で沈めるつもりか。あれだけの数があれば入れ替えながらやれる。
グリフォンっぽい奴もいる事から陸海空の作戦が可能だろう。
「次だ。おっさんの部下と船は無事か?」
「ああ。今んところは俺が囮となって隠れ家に逃がしておいた。……今のままじゃ見つかるのも時間の問題だろうがな。持って二…三日だ…逃げるにしても軍艦が…」
「……ならいけるな」
「はぁ?何が行けるんだよ?」
おっさんは不思議そうな声を上げて、ここからじゃ見えないが俺が何馬鹿な事言ってんだとそういう表情を浮かべてるんだろう。
「おっさん」
「んだよ?まだききたいことあるのか?」
「ここ出たいか」
ここで俺は脱出の決意を固める。今が好機。この機会を逃せばおっさんは部下とも共に死に俺もヤバい。無敵とステルスを合わせれば俺は何とかなるかもしれないが何処に王国があるかが解らない以上はこのおっさんを助ける必要がある。
「そりゃ出られるなら出たいけどよ…無理にきまっ」
「出られる」
「へ?」
「無事におっさんを部下の元へ、船の元へ届けてやる。だから力を貸してくれ…頼む」
おっさんの声を遮りはっきりと出られると断言した俺は、アイテムボックスの中から盗賊王の針金を取り出した。