新たなる門出
桜の花が満開。そして雨が降り一日で桜が散りそうです。
この話から第二章となります。
「……ん、朝か……」
カーテンから零れ落ちた朝日が目に当たり、俺は目を擦りながら起き上ろうとした。
ふにゅん。
「んぅっ……」
うおっ!? 何か柔らかいのがっ……。と、アデルか。
隣で寝ていたアデルの胸を鷲掴みしてしまった。深い眠りについているようで起きる様子はない。良かった。
そこで昨日の出来事を思い出した。昨日は、祝勝会の後、正式に婚約の発表をしたんだ。
結婚式に関しては、各国ともまだまだ戦後の復興や夜盗や山賊と化している敗残兵の事もあり、落ち着いたらという事になった。
屋敷に帰ってから、俺はアデルとヨーコを『ルーム』の中に招いて、結婚式の前だが抱かせてもらった。当然、同意は得ている。
「あ……あのだな。初めてだから……優しくしてほしい」
「え…っと、私も。……大事にしてね?」
「ああ。出来る限り優しくする」
そのまま二人をベットに押し倒して一晩中張り切った。
最初は加減、出来ていたのだが、二人とも美人で、俺好みだったこともあり、やりすぎたかもしれない。
身体能力上昇の所為で、思った以上に頑張りすぎて二人とも足腰が立たなくなるまでしてしまった。反省しないといけない。
朝日が陶磁器のように白いアデルの肌を照らしていく。
ヨーコの肌は健康的な色をしていて、特徴的な金色の尻尾が光に当たるとキラキラと光る。この前までは1尾だったのが今は3尾だ。どうやら位というのがあがったらしい。
二人とも寝顔は心地よさそうで幸せそうな表情をしている。
(本当に……この二人は何が何でも守り抜かないと)
片手でアデルの頬を優しく撫でてやると「ふにゃ……」と可愛らしい寝言を立ててくれた。いつもとのギャップがあってなかなかに破壊力が強い。
起き上がろうとすると、ヨーコが俺の腕に抱きついたまま離れない。柔らかなものが当たり続けてドキドキし、朝から欲情しかけたが今日はやる事があるので我慢。
今日は領地を運営する為に必要な人材の面接を行うことになっている。
まずはシャワーを浴びてこよう。
あ、そうそう。結婚式前という事なので魔法で避妊はしてある。魔法の力ってスゲーと変な方向で思った。
朝食の当番は今日は俺になっているので、久々に腕を振るって元の世界にいた時の料理を再現してみた。卵焼きに白米、みそ汁にウィンナーと目玉焼きだ。あとはサラダ。
実によくできたと自画自賛しながら食べているとフェンが幸せそうなアデルとヨーコをじっと見ていた。
「アデルさんたち何か幸せそうですが、何か良い事あったんですか?」
フェンがニコニコ顔なアデルとヨーコを見て首を傾げていて、聞かれた二人はほんのり顔を赤くしながら顔を背けている様子が可愛らしかった。
ジトーっとした目線で秋葉が俺を見ていたが、今日の卵焼きがお気に召さなかったのだろうか。俺は砂糖入りが好きなのだが、出汁派なのかもしれない。今度は両方作ろう。
◆◇◆
数日間は貰った屋敷で面接をする日々が続いた。
各国から政務官候補、執事やメイドが来るわ来るわ。全員が選りすぐりのエリートらしく、総勢300人を超える人材が集まった。当然、全員雇うわけにはいかない。
この中から「不適合」な人材を弾く作業がある。
「まずこの方々はダメですね。裏で盗賊団と繋がっています。ああ、こちらの方も横領の疑惑がある貴族から推薦です……調べでは確定ですので後日各国に連絡し、対処してもらいましょう」
ジロウの諜報活動が凄かった。部下にも忍者らしき人材が大勢いるらしい。実際俺のマップにも屋根裏に人が写っている。多分これも部下でいいんだよな。
「ジロウ殿の調べだけで半分も減ったか。王国の諜報能力を甘く見ていた者が多いようだな」
「こういうのは甘く見てもらう方が助かります。警戒心が薄ければ情報は山のように手に入りますからね。この方もダメですね。マサキ殿を籠絡しようとする動きがあると報告が上がっています」
アデルとヨーコがいる以上、籠絡なんてされないと思うが……。それでもアデル達が不機嫌になるかもしれないし、省いてもらおう。
珈琲の差し入れをしながらジロウに書類審査をしてもらうと、300人程の候補が50人位まで減った。
「これでもまだ50人か。あとは個人面談で判断した方がいいかもな」
「その方がいいでしょう。私の方の調査でも完全ではありませんので、どこか目を掻い潜られている場合もあります」
「それに関しては俺のスキルで確認する。ある程度の過去まで見れるからな」
「ブリタリアオンラインにはそういうスキルがあったのですね。それなら心強い」
実際はないけど、似たようなスキルは存在する。
『死者の目』というスキルで、フレーバーテキストでは過去に何があったか知る事が出来ると書いてある。本来の効果は全く別で、自分を倒した相手の目を借りて一定時間、相手の動きを知る事が出来るPVP向けのスキルだ。
使うのは当然『ログ解析』だけどな。
書類の方で得意な事や、今までの経歴、望む職務などは書かれてあるので面談では人柄を見るつもりだ。
望むのは第一に人種を差別しない人。王国では獣人も魔族も人も入り交ざって生活しててこれといった差別はなかったが、他の国はそうではない場合もある。
過去にそういったことがあるかどうかも『ログ解析』で判断してから更に50人の中から絞り込む。
「これで面談は終わりです。ご苦労様でした」
「はっ! こちらこそありがとうございました」
軽く面接して、その人柄を見てから最後に握手をしようと手を差し出す。
こちらが上なので握手を断る奴はいないだろう。居たらそれはそれで弾く対象だ。しかし、面接の方はどうしても元の世界の事を基準にして丁寧口調になってしまった。
圧迫面接よりはマシかと思うし、悪評は立たないからまぁ、良しとしておこう。
残った50人の中でもジロウの調査漏れの人がやはりいた。
特に酷いのは他国の王宮勤めで、細かい備品などを常習的に窃盗していた元メイド長だ。
普段から厳しく、後輩メイドを厳しく叱りつけて、持ち込み禁止な雑貨や化粧道具などを没収し、他のメイドたちからは鬼メイドという噂があった。それでも仕事は出来るので王宮は重用していた。
その裏では、ほぼ毎日王宮の備品を盗み、没収した物を含めて実家の商店で裏商品として売りさばいていた盗人だった。備品の窃盗という事だったのでジロウの調査でも発見できなかったようだ。
備品管理は他のメイドに任せずに自分が管理していたこともあり、王宮を辞めてからでも発覚することが無く、色々な所で売りさばいて金にしていたようだ。
俺の方でも稼げると見たのか手を出したのが運のつきだ。
当然、盗んだ物や取引ルートなども『ログ解析』で全て判明している。
このことはジロウに伝え、後日この人物は牢屋の中に永久就職してもらうことになった。
他の者に関しては覗きやら、情報漏えいなどだった。これらも全員除外。
アデル達を覗こうなぞ万死に値する。
こうして50人の中から絞った、正真正銘のエリートを18名ほど雇うことにした。
給料は俺の貴族年金から出すことになっている。
というのも、伯爵になると10万フラン(1000万円)の年金がもらえ、更にはリヴァイアサンから王国を助けた際に授与したセントドラグ勲章。年間50万フラン(年間5000万円)の年金をもらうことが出来る。つまり年間で6000万円。
褒賞の儀の時にもらった金額が一番多く、3000万フラン、つまり30億円相当だ。
海賊船も中身を改造してキッチンがついた。貴重な水の魔鉱石(自然界で稀にとれる魔力の結晶のようなものとヨーコから聞いた)でいつでもきれいな水が飲めるようになっている。火の魔鉱石もあるので安定した火力が出せるようだ。
これでフレイムソードがコンロ代わりに使われなくて済む。
魔鉱石は諸国からの贈り物だが、政治的な利用は出来ないと宣言されてるので自慢ぐらいしかできないだろう。それくらいなら許容範囲なのでありがたく受け取る事に。
面談を終えると次は領地だ。
◆◇◆
旧ベルンシュタイン領。
そこはアデルによると漁業と温泉が豊富で有名な観光地らしい。
温泉の文化がこの世界にもあったのには驚いたが、王宮にも浴場(といってもサイズは大浴場クラスだが)があったし、入浴する文化があるのなら温泉に造詣が深くてもおかしくはないか。元の世界でも古代ローマ時代に温泉を使った大浴場があったし。
ジロウ曰く
「6年前に一度だけ港の方に行ったことありますが、熱海のような場所だと思っていただければわかると思います」
と言われた。熱海か。海沿いだし、すごくしっくりくる。地名もアタミにしてもいいかもしれない。
そう思いながら俺らは久しぶりに円卓の海賊団と一緒に船に乗ってアタミ(仮)に向かって進んでいた。
船に乗っているのは俺とアデルとヨーコと海賊団のメンバー。同郷のメンツでは、タツマと、秋葉と春香の如月姉妹。王都よりは大人しく過ごせそうということでネメアーとフェン。そして募集して集まった中から厳選して選んだ執務官と屋敷の世話をしてもらう執事やメイドの方々も乗せて大人数で向かうことに。
王子も来たがっていたが、王宮で仕事があるので断念した様子。
フィリアに何かあればすぐに連絡をお願いしているのでタツマも安心して船に乗る事が出来た。早く目覚めるといいんだがな。
船に乗って気づいたことがいくつかある。
「うぷ……気持ち悪い……」
「お……おい。大丈夫か」
「だめぽ……うっ!」
タツマが船酔いして死にかけてます。さっきから胃の内容物を海に落としまくって使い物にならない。
「ううんっ〜♪久々の潮の香り」
「ですねぇ〜。この潮の香りは落ち着きますぅ」
「久々って、秋葉達は海の近くで育ったのか?」
「はいっ。小さい頃はよく海で泳いでました。……ちょっとだけ泳いじゃダメですか?」
「船が動いてるんだからダメに決まっているだろう」
秋葉達は海育ちで泳ぎも上手、釣りも出来るようだ。
試しに春香に釣竿を貸してみると、小さいマグロっぽい魚を釣り上げた。
「釣りスキルも最大まで上げてましたけどぉー。こっちでも生きてるみたいで良かったです」
ビチビチと跳ねるマグロもどきの尾を持ってにっこりとほほ笑む春香。ファーマーアイランドでも釣りスキルはあるんだな。海に接しているなら暇なときは釣りするのもよさそうだ。あのマグロもどきは新鮮なうちに絞めて昼食にでも使おう。
王国で醤油(ヤマトとの貿易品。味噌も同じく)は買ってあるのでヅケにしてヅケ丼がいいかもしれない。
タツマを『ルーム』の中に避難させ、ぼんやりしながら海を眺めていると港町が見えてきた。あれがアタミ(仮)だろう。
港を見てみると帝国の鎧を着た兵士達が整列しながら待っている。
彼らは俺がこの領地を貰うまで、この領地を運営管理していた帝国の兵士達だ。
観光地であり、療養地でもあったベルンシュタイン領は帝国にとっても破壊は出来る限り避けたい地域だったらしく、砲撃の数は少なめにして、直接乗り込んで制圧したらしい。
他の領地では放火や略奪などやっていたらしいが、ここはそういった事も控えめにしているとタツマから聞いた。
それでも命令を無視した素行の悪い兵士や傭兵が居たことで少なからず被害が出ている。
そいつらに関しては戦争犯罪者という事で従属の首輪がつけられ、刑罰を与えられている。仕事内容は主に復興だ。
今、港で整列している兵士達は真摯に任務を全うし、住民に対しても暴力や差別などを行わないしっかりとした兵士達だ。
彼らは今一番この地域の現状を知っているので、このまま俺に仕える事になっていて、彼らもそれを承知している。
というか、その事を伝えたら
「本当ですか!? やった! 無職にならずに済む!」
「賊に落ちずに済む……良かった」
「家族に顔向けできるっ!」
と泣きながら歓喜して、事前の調査で先に来ていたジロウにも感謝していたようだ。
泣かれるとは思っていなかったらしく珍しくジロウも困惑したとか。
無職はつらいもんな……。
期せずして無職を逃れ、帝国兵から王国兵と鞍替え出来た彼らは軍隊らしく姿勢正しく列を成して俺達の到着を待っていた。
船着き場に船を就けて、降りようとすると全員が一斉に敬礼。
その中から一人、少し柄が違った軍服を着た兵士が一歩、歩み出てきた。
「ご無事のご到着なによりです。トウドウ伯爵」
金髪短髪で、無精ひげが生えた俺より少し年上に見える兵士が出迎えてくれた。彼が今までここを管理していた隊長で代官らしい。名前はルードリッヒ・フォンブラウン。
有能なのでそのまま雇うことにした。立場的に政務官補佐辺りを付けようと思う。
港町を案内してもらうとやはり、砲撃の後が生々しく残っていた。いくつかの家屋が半壊、または全壊している。
壊された家屋からは鍋や皿、子供が大事にしていたと思われるぬいぐるみなどが見えた。彼らは生きているのだろうか。出来る事ならこの領地へと帰ってきてくれると嬉しい。
視線を感じてそちらを見てみると、遠目から恐々としながら眺めている住民が見えた。また帝国の兵士なのかと思っているのだろうか。
歩いていくと、彼らの目つきが変わった。最初は恐々としていたのが、次には驚愕、その次には喜びの表情を見せて近寄ってきた。
彼らの視線の先を見てみると……ああ、なるほど。アデルか。
一人の老人がこちらに駆け足で駆け寄ってきた。爺さん無理するなよ?
「アーデルハイド様! おかえりなさいませ!」
「今戻った。皆の者 皆が苦しい時に助けてやれずすまない……」
「お気になさらないでください。アーデルハイド様がご無事で何よりです! お噂はかねがね……もしかして、お隣にいる方が此度、婚約なされたという噂の?」
「ああ。今日からこの地の領主となったマサキ・トウドウだ。爵位は伯爵だ。前領主みたいには出来ないかもしれないが、俺にできる限りの事はやろうと思う。よろしく頼む」
「は……はいっ! 伯爵様とは知らずご無礼を! トウドウ伯爵様。これからよろしくお願いします」
「構わない。それよりここの詳しい被害状況と、困っていることをルードリッヒに伝えてくれ。ルードリッヒも今日から忙しくなると思うが、当分の間は我慢してくれ。政務官の……えーっとなんだったか?」
選りすぐったメンバーなんだが、実に影が薄そうなのが政務官だ。名前をド忘れしてしまった。
「あ、はい、ジミー・ウィーランドですはい」
「ああ。ジミーだったか。ルードリッヒと一緒に頑張ってくれ」
「分かりましたですはい。ルードリッヒ様。よろしくお願いします」
「此方こそよろしくお願い申し上げます。シミー殿」
「ジミーです……」
気が弱そうな声だ。こいつで良かったんだろうか?
人選間違えてないんだよな? ジロウと一緒に選んだんだし、きっと間違っていないはず。
選んだはずの執務官の影の薄さに俺達は苦笑いしつつ、これから住む屋敷……元はアデル達が住んでいた屋敷へと向かうのだった。