幕間―其々の思惑―
祝勝会から数日後のセントドラグ王国。執務室。
セントドラグ王家が信仰する空神バハムートを表した旗が壁に掛けられ、年代物の豪華な調度品が飾られた一室にセントドラグ王国、国王のローラン王と、第一王子のレオン王子、ローラン王の直属近衛兵兼密偵のジロウ、宰相のアルベルトの4人が久方ぶりに一同に会していた。
「レオンよ。この度の戦、ご苦労であった。アルデバランの事は残念であったが、まさか帝国があのようなことになるとはな……」
「ええ。マサキが居なければ我が身だけでなく、帝国どころかこの大陸全土が危機にあったでしょう」
「そうか……。マサキ殿が我が国を頼ってきてくれた事を神に感謝せねばな……。他の国だとこうはいかぬだろう」
周辺諸国にしても、異世界人を欲するところは多く、自分の国だけを守ってほしいと願う国も少なからずいることをローラン王は知っていた。彼らの手に渡れば引きこもったまま戦争は好転しなかっただろう。
異世界人を召喚するための道具を手に入れるために軍の予算の半分以上を出し、強引に兵にしようとして、二人の異世界人に兵士の大半を連れていかれて滅んだ愚かな国もいた。その二人とはタツマとハヤトだったりする。
帝国に対抗出来る数少ない国として王国は最前線に立ち、周辺諸国を纏めながら戦っていた。そのために援軍としてジロウやハヤトを何度となく送り、陸地での戦いにおいて拮抗する事が出来た。
マサキが王国を頼ってきた時にも、戦いは強制するつもりはなかったが、マサキの意志で帝国を倒すという事を聞いたときはローラン王も内心、強力な味方を得たと嬉しく思っていた。
アルベルトはレオン王子の話を聞き、信じられないという表情を浮かべながらも、リヴァイアサンとの戦いを思い出していた。
「マサキ殿はそれほどまでに?私はリヴァイアサンと戦い、無傷で生還したという話はお聞きしましたが、実際に見た力はどのように感じましたか?レオン王子、ジロウ様」
「そうだな。分かるだけでも姿を消せる能力、飛行能力、無傷で数百人を軽く薙ぎ払う戦闘能力、城を容易く焼き尽くすことが出来る程の大魔法、その地域にいる全ての兵士の居場所と地形を把握できる索敵能力などだ。まだどれほどの力を隠しているのかわからないが、今判明している力だけでも十分驚異的な力を持っている」
異常ともいえる能力を告げられたアルベルトは顔を引きつらせながら汗を流す。ハヤトのように長けた戦闘能力やジロウのように何処にでも潜入できる偵察能力でさえ脅威とも思っていたのに、それらを上回る力を持ったマサキに味方で有りながらも恐怖を感じずにはいられなかった。
「そ……それほどですか。マサキ殿が自分から褒賞の一つに政治的利用をしない。を願い出たことに感謝しなければいけませんね。好戦派の貴族がマサキ殿を放っておくはずがありません。ですが、公式の場で宣言しておけば諸国の目もあり迂闊に動くことは出来ないでしょう」
「私の部下の調査でも、戦場での力を見てマサキ殿の力を利用しようと数名の貴族が動いていました。それらとは別にマサキ殿の活躍を妬み、評判を落としこもうとする動きも見られます。既に数名の工作員を捕縛、尋問して首謀者を吐かせました。今後もそのような動きがみられると思いますので調査、および監視を強めます」
ジロウは、影として動いている仕事柄、敵だけでなく味方の動きも探ることが多かった。不正を行う貴族はいつの時代でも絶えることが無い。
戦争時ゆえに混乱を起こさないように咎めることは控えていたが、帝国との戦いを終えた今後は確実な証拠が掴め次第処罰、または「処理」されるだろう。
「それが良いだろう。マサキ殿自身が権力の座を苦手とし、民を大事に思っていてくれているのが幸いだ。今後も我らは、マサキ殿の力を借りることになるかもしれぬが、決して敵に回すようなマネはせぬように慎重に動くべきだろう。今だ残存勢力の処理が残っているが、ようやく平和な時が来ているのだ。無暗な争いを防ぐため、皆で力を尽くすのだ。全ては王家や貴族だけの為ではない。全ての国民の為に」
ローラン王の言葉に全員が頷き、今後起きると思われる国内での問題について気を引き締めるのだった。
◇◆◇
時は遡り、祝勝会を終え、黒塗りの馬車の中に一人の老紳士と、藍色のドレスを身にまとった頭に小さな角を生やし、耳が尖った魔族の女性――アスタが魔族領へ帰国すべく、モンスター、ベヒーモスに馬車を引かせ走らせていた。
馬車の前後左右には、馬型のモンスター、ダークユニコーンに乗った兵士達がアスタを護衛すべく併走していた。
「やれやれ、このような大量の護衛を付けずとも私一人で十分だというのに」
「そうはいきませぬ、姫。陛下は勝手な出陣に、食事も碌に通らぬほど心配しておりましたぞ」
「ちゃんと書置きしておいただろう」
「本来の司令官を亀甲縛りした上に額に張り付けた手紙は書置きとはいいませぬ! そもそも姫はもっと」
「ああ。私が悪かった悪かった。しかしだな、爺や。召喚者の中に「本物」らしき異世界人を見つけたぞ」
「なんとっ!? それは真ですか? 一体どなたで?」
「かの英雄と呼ばれているマサキだ。私の『悪魔の唇』で確認した。それでもすべての情報を知ることは出来なかったがな」
アスタは真っ赤なルージュに塗られた唇を細い指先でなぞる。
『悪魔の唇』。それはアスタが持つ固有スキルの一つで、唇を付けたものからスキル、記憶、身体能力などの力を全て知る事が出来る能力だった。
だが、マサキの持つ『無敵』『全状態異常無効化』の前に防がれてしまっている。
「姫の持つスキルでも通じぬとは……。ですが、それでは『本物』とは断定できぬのでは?」
「だかららしき。と言ったんだ。『悪魔の唇』でもスキルや魔法の方は読み取れなかったが、干渉してきた能力なら分かった。恐らくだが『全状態異常無効化』だろう。それと同時に、混ざってはいたが、『本物』の味がした」
「混ざっているですか。ううむ、今までにない例ですな」
「もっと色々と味わえれば核心は持てたのだが。生憎とアーデルハイドの婚約者にはあれ以上は無理だろう」
「マサキ殿はアーデルハイド嬢の婚約者でもありましたか。ならば強引にしてしまうのは良くありませぬな。ベルンシュタイン家とは恩義もあり古くからの付き合い。それを仇で返すような真似は出来ませんな」
「それとだ、マサキからの頼みごとだ。『パヴァリア』という名前について調べてほしいとな。どうやら帝国を裏で操っていた者に関係する名前らしい。地名、人名、組織名に関わらずこの単語について調べろ」
「分かりました。帰国次第直ぐに諜報部隊に調べさせます」
頷く爺やを余所にアスタは唇に指を当てながら夜空を眺めながらマサキの事を思い出す。
(実に面白い人間だ。ヴァンパイアであるアデルを助け、戦争を広げるどころか終わらせた異世界人。これならばあのお方にも伝えたほうが良いだろう。ふふ、アデルのお手付きで無ければ拐う所なのだがな)
あの口づけから数日たつにも関わらず、アスタは唇に残った余韻を楽しむように指を当て、魔族領へと帰っていく。
※※※
鉄の壁で囲まれた通路を一人の男が歩いていく。顔には黒い面をかぶり表情は分からないが、砂埃と傷がついたブラックスーツを着た一人の男――『物真似師』が鉄で出来た床を歩いていく。
魔法とは違った明かりをともす通路を通り、鋼鉄の扉を開くとそこには海軍の制服を着た一人の少年が液体が入ったグラスを手に本革の椅子に座り寛いでいた。
「おっかえりー! どうだ! すっごいでしょ!」
自慢げに胸を張る少年を見て、『物真似師』ははぁ、とため息をつき、ここに来るまでの光景を思い出す。巨大な鋼鉄の軍船に、それを守るように小型や中型の軍船、補給船が周辺を囲んでいた。
「……凄いのは認めるがどれだけの魔物や国を落としたんだお前は。この前は重巡洋艦だったはずだろ。戦艦になるまでしばらくかかりそうと言っていたじゃないか。『大提督』」
「魔物が大半だね。どうやらリヴァイアサンを操っちゃってたのがばれたみたいで、すごい量の海の魔物が襲ってきてたんだよ。おかげで撃破数は稼げたから結果的にはいいんだけどね」
『大提督』と呼ばれた少年はぐいっとグラスに入った酒……ではなく、ジュースを一気に飲みほし、ぷはーと息を吐くと辺りに甘いラムネの香りが漂う。
「君の方も終わったんでしょ? 一杯どう?」
「……断る。といいたいが、貰おう」
「あら、珍しいこともあるもんだねぇ。まぁいいけど」
「これはこの艦でしか飲めないからな。たまにはというやつだ」
そう、といいながら『大提督』の少年は備え付けらえた冷蔵庫から冷えたラムネの瓶を取り出して『物真似師』に向けて放り投げる。
放物線を描いて投げられた瓶を見もせずに受け取り、一口で半分以上も飲んでいく。
「そうそう。さっきアレが来てたよ。もう次の計画に移るってさ。それとこれを本国に持って行って欲しいってさ。イーロの残骸らしいよ」
テーブルの上に置いてあった小さな包みを摘まみ、ブラブラと揺らして見せる。揺れる中身は小さく蠢き、中身が生きてるのが分かる。
「見てても気味悪い。さっさと引き出しになりしまっておけ」
「同感だねー。金庫にでも入れておくよ」
「船内で暴れられても面倒だからな。全く、茶を淹れろと言っていた癖に動きが早い奴だ」
「お茶淹れるの? 君が?」
「淹れるわけがない。特にあいつにはな」
「ははっ。よっぽど君はアレの事が嫌いみたいだね。僕も嫌いだけど。あっちの計画は他の人に任せて。本国に帰るよ」
「ああ。分かった」
『大提督』の少年は壁に掛けられた筒に口を当てて喋りだす。この筒は館内、その近辺にいる者に声を伝える魔道具で、執務室からでも声を届けれる便利な魔道具の一つだ。
「アーアー。こほん、各員に次ぐ。移動を開始。進路は――」
『大提督』の号令の下、戦艦『怒龍』と護衛の艦隊が異世界の海を渡っていく。
海底には、『大提督』に挑みかかった無数のモンスター達の死骸が沈み、魚の餌となっていた。
これで第一部完です。次からは直ぐに第二部へと移ります。
新しく買ったゲーム(ロストソング)もやりつつですが、ペースは守ります。