祝勝会
ネメアーの帝国の頃の扱いですが、捕虜から傭兵という立場に代えさせて頂きました。ストーリーには影響がありません。
「よし、終わりだ」
「ありがとうございました」
怪獣と化したイーロとの決戦後、本隊が到着するまでの間に俺がやっていたこと……それは。
やっぱり野戦病院だった。しょうがないよな。イーロが色々やらかした所為で怪我人がバリーの倍以上なんだ。
ユグドラシル教会が完全に無事だったお蔭でそこを拠点にし、一日休んだ後、3,4日はしばらく医者のようなことをやっていた。病気は生き残った医者に見せて、怪我人は俺が治療する体制を取っている。病気までは俺は治せないからなぁ……。
「マサキ、お疲れさま。ようやく終わったな」
「ああ。全く、バリーの時にも思ったが自国の人を傷つけるなっての」
アデルが労いの言葉と珈琲を持ってきてくれた。『ルーム』は開きっぱなしにしているので清潔な水と飲み物はここから補充だ。ビールサーバーはルームボックスの中に仕舞った。教会の神父がビールサーバーをすげぇ凝視していたからな。飲みたいのは分かるがダメだろ神職者。
今さっきので最後の患者だった。足が骨折しているのをヒールで治療。治療している間に薬剤師が量産したポーションや薬も十分在庫が確保できたようだし、今後はこの帝都の医者に任せるつもりだ。
住民は俺に残って欲しいと言っていたが、断った。
この国は俺を勝手に呼び出し、隷属させようとした。本来ならば治療する義理も無いが悪いのは国であって民ではないし、ここで怪我人を見捨てると俺が俺で無くなる感じがして本隊を待つ間だけ手を貸しただけに過ぎない。
最低限力を貸した。あとはこの国の生き残りでやるべきだと俺は思う。
それにやらなければいけないことも増えた。
最後にイーロが伝えた『パヴァリア』。これを調べなければいけない。
恐らくは『パヴァリア』がバリーやイーロに力を与えた人物、または組織だと思う。
最初は地名も候補に入れたが、この世界で生まれたアデルやレオン王子や獣人側で育ったネメアーでも聞いたことがないと証言。
生き残った学者にも聞いてみたが聞き覚えがないと言っていた。あとは魔族のアスモに聞いてみるくらいしかないかな。
それに姿を晦ました『大提督』の事も気になる。あれだけの船団を見捨ててどこに行ったんだろうか。
アデルから入れて貰った珈琲を啜り、一息つく。この苦さがいいなぁ。
「そろそろ本隊が到着するころか?」
「ああ。秋葉が言うには城壁の上からでももう視認できる距離まで来ているらしい」
「そうか。なら、後は本体と合流してやっと帰国になるわけだな。ようやくのんびりできそうだ」
「そうとは限らないぞ?」
え?まだ何かあるのか?
「功労者への報酬、それに兵士への労いを含めての民に戦争が終わったという宣言をするためにも祝勝会だ。特にマサキはこの戦争で一番活躍したと言っていいだろう。褒賞も期待していい」
「正直な所、そういうは興味ないんだがなぁ……。豪華すぎる屋敷もらっただけで満足だよ」
「マサキはあまり欲というのがないのだな……。今回の功績を考えると伯爵か侯爵になってもおかしくはないぞ。領地も大きく貰えるだろう」
伯爵ってアラン伯爵と同じになるじゃねぇか! つか、うろ覚えだけど侯爵って伯爵より上だったよな。偉い地位とか本気でいらないんだが……。
「……いらないって断ったらマズイよな?」
「マズイな。このランド大陸の半分以上を巻き込んだ戦争を終わらせたんだ。これで断ったら他の者の褒賞にも影響が出る。諦めて受け取った方が面倒事は少ないだろう」
「少ないか。どうせ面倒事が来るのなら少ない方がいいな。領地はどこか選べるのか?」
「ああ。帝国が属国になったのも同じだからな。誰か所有している領地以外なら大丈夫だろう。どこか欲しい所があったのか?」
「ああ。ちょっとな。地図を出す」
アイテムボックスからこの大陸の地図を出してっと。
王国からラーフの町までの間で一か所だけいいなって場所があったんだよな。それに……あの地域ならアデルも喜ぶだろう。
「この辺りなんだが。大丈夫だろうか?」
「えっ……!? そこは……」
「ダメだろうか?」
「いや……大丈夫だ。所有していた貴族は亡くなっている。……私の父だ」
……ピンポイントでアデルの親父さんの領地デシタ。
「なぁ、マサキ。どうしてこの土地が良かったんだ?」
「包み隠さずに言えば……この領地を空から見た時、温泉が見えたんだよ。俺は温泉も好きだし、ここなら海からも近い。それに、この地域がヴァレンタイン皇国の領土だったというのもある。だから出来るなら、とは思っていたんだがまさか、アデルの親父さんの領地だったとは思わなかった」
「そうか。偶然とはいえ、選んでくれて……その嬉しい。もう帰れないと思っていたんだがな」
アデルが涙ぐんでいる。騎士として気丈に振る舞っていても生まれ育った故郷にまた帰れるというのはやはり嬉しいのだろう。
ハンカチでアデルの涙を拭って優しく撫でてやると、少しの間静かに二人っきりの時間を堪能した。
アデルが少し落ち着いてから、今度は俺が珈琲を入れてアデルに差し出した。美味い飯もだが、珈琲も一人で飲むよりやっぱり二人で、二人でより皆でだよな。ヨーコにも早く会いたいものだ。
「とりあえず、まだもらえるかどうかわからないし、領地運営なんて殆ど出来ないから人任せになるとは思うけど……大丈夫だろうか」
領地運営なんてゲームでしかやったことない。ゲームでならいくらでも無茶はやったがこの世界は現実だ。住民の生活もかかっているのに遊びではできない。
「その辺りは大丈夫だ。全ての領主が管理をしているわけではない。中にはマサキのように苦手で全てを執務管や代官に丸投げしている者もいる」
「下手に自分でやるよりは慣れた人に任せた方が良い。って判断か?」
「ああ。そういう者もいる。中には面倒という理由で名だけの領主をやっている貴族もいるがな」
ゴメンナサイ。俺も半分くらいは面倒と思ってます。まぁ、慣れた人に任せた方が良いだろう。素人が手を出して大惨事とかなったら目も当てられない。
「じゃあこの話はレオン王子に通しておいた方がいいな。それなら王様にも話が届くだろうし。褒賞もスムーズに進むだろう」
それとこっそり、あまり爵位を上げないようにともお願いしよう。あまり偉い立場というのは性に合わない。あとは、政治にも関わらない、利用しないも含めてお願いしておこう。
《マサキさん。本隊の皆さんが到着しました。ジロウさんが詳しい報告の為に来てほしいとの事です。それと……ヨーコさんが凄く会いたがっています》
そう思っていたら秋葉からの個人通話が飛んできた。
《分かった。こっちも治療は終えた所だから今すぐに向かうと伝えてくれ》
《はい。分かりました》
秋葉との個人通話を終えてアデルの方を振り向く。
「本隊が到着したらしい。ジロウが報告してほしいと、……それとヨーコも体調が戻ったようだ。早速会いに行こう」
「ああ。元気なヨーコの姿は私も見たいな。行こう」
俺はアデルの手を握って本隊が集まっている広間へと駆け足で走っていった。
本隊と一緒に元気になったヨーコも来たが、俺を見ると一直線に突撃して抱きついてきた。
「はぁ……久しぶりのマサキの香り……体温……」
アデルの目の前で、思いっきり抱きつかれ擦りつかれて匂いを嗅がれた。豊満な胸があてられ鼓動が高まる。それでも優しくヨーコの頭を撫でていたが、それが5分以上も続くと流石のアデルも嫉妬したのか
「ヨーコ、昼間からやりすぎだ」
「あら、昼間じゃなきゃいいの?じゃあ夜にでも……」
「そ……そういう問題でも無くてだな……! とにかく離れないかっ!」
「やーんっ! あと1時間だけっ!」
「長すぎる!!」
「二人とも少しは人目を気にしろっ! 嫉妬の目線が痛いっ!」
野郎共からの嫉妬の目線が突き刺さっていたが、がっちりホールドして離れず10分後にようやく離れたというのは余談
◆◇◆
それから数日後、戦後の事後処理を後詰の将軍や文官に任せ、俺達は久しぶりのセントドラグ王国へと凱旋した。
捕虜として囚われた立場となったタツマは、大陸の危機を救うことに協力した事と、大勢の捕虜達の陳情により釈放されて、俺の配下という事になった。同郷の者なら気も楽にやれるだろうというジロウの配慮だ。
ソフィアはいまだ意識が戻らず、王宮で眠り続けている。宮廷医師の診察では精神を汚染されたのが原因と思われるらしい。回復のめどは今の所立っていない。
傭兵として帝国に来ていたネメアー。今度は王国の方で冒険者としてやっていくらしい。出来れば兵士として雇いたいとレオン王子が言っていたが
「折角のお誘いありがたいのですが。私にも事情があり、今のところは何処にも仕えることができない。今、そのお誘いを受けたとしても確実に、王国に迷惑が掛かりますからね」
と丁重に断られた。冒険者をやっている間、フェンというメイドの子は俺の屋敷で預かることにした。ネメアーには協力してもらった恩もあるし、あの格闘スキルについても聞きたいことがあるからな。というより癒される。
秋葉と春香の処遇だが、協力者として扱い、二人とも正式に俺の家臣という事になった。
王子は春香を娶りたいらしいが、肝心の春香がどうなのかが分からず、今のところは平行線。それでも春香と一緒にいる王子は幸せそうではある。
春香は王国の農業を担当する部署で働くことに。持ち前の知識と農業に特化したチート的なスキルと能力で大活躍するだろう。
農作物の他に、バニラビーンズの生産をするとか言っていた。これが完成したらこの大陸の菓子業界に革命が起きる。バニラアイスが楽しみだ。
因みにチョコはもう帝国で成功しているので輸入の目途が立っている。正直凄いとしか言えない。
俺の褒賞だが、あらかじめ王子に頼んでおいたこともあり爵位は準男爵から伯爵に、領地として旧ベルンシュタイン領と多額の金銭をもらうことになった。
執務管や代官などは王国や諸国連合から信頼できる選りすぐりの人材を寄越してくれるとの事。
それと王子に入念に頼んだ甲斐もあり、『英雄』という立場になった俺を政治利用しない事が、皆の前で公表された。一部の貴族は悔しそうな顔をしていたから先手を取っておいて良かったようだ。
ここまでやってようやく侯爵にならずに済むと王子が後で話してくれた。色々、手を廻してくれた王子には本当に感謝だ。
異世界人である『超合金』を撃破したうえ、機体を鹵獲することに成功したヨーコは三大龍勲章をもらった。世界的に有名な勲章の一つらしい。
このことはヨーコの実家、ヤマトの国にも伝えられて後日、手紙で「娘をよろしく」的な事を伝えられ婚姻の許可をもらった。そのうちまとまった時間があったら会いに行こう。
こうして褒賞の儀は終わり、祝勝会が開かれた。
伯爵になったとはいえ、正式に婚約者が二人いるとあって嫁入りさせたいという貴族や商人は減った。
家臣にしてほしいという願いもタツマの存在により激減。威圧感が凄い。
その分なのか、秋葉の方に人が群がることになっていた。
春香? 王子が隣にいるから、手を出したらヤバいと本能的に察して誰も来ない。幸せオーラ全開にしながら二人でワイン嗜んでる。美男美女だから凄く映える。
「マサキさぁんっ……!」
飯を食ってるところに秋葉が困った様子でこっちに逃げてきた。
秋葉の後ろを見ると美形揃いの貴族たちがじっと秋葉を見ている。
秋葉の姿はいつもの軍服ではなく、王国屈指のデザイナーが作り上げたドレスだ。装飾品提供は俺のアイテムから。
傍から見ると貴族のお嬢様にも劣らない美人だ。と言っても俺から見たら妹ぐらいにしか見えないけど。
「はぁ……戦うよりこっちの方がキツイなんて思わなかった。日本じゃ付きあった事も無いのに、あんなイケメン揃いに声かけられると、どう答えたらいいか分かりませんでした」
「ああ。その気持ちはよくわかる。でも、秋葉はこの会場の中でも屈指の美人にはいると俺は思うぞ。多分、声かけた皆も同じ理由で声をかけたんじゃないか?」
視線だけ向けてみると嫉妬の目線向けながらも言葉が聞こえたのか頷くのが見える。
「えっ? ほ……本当?」
「嘘言っても仕方ないしな。ひとまずこれ飲んで落ち着け。それと、この料理うまいぞ」
「あ、ありがとう。マサキさん」
顔を赤くしているのが可愛らしい。妹がいたらこんな感じなんだろうか。つい、頭を撫でてやると目を細くして心地よさそうにしている。
「……ハッ。いきなり何頭撫でてるんですかっ!」
「いや、つい。すまん」
「……せめて一言、言ってくださいよ」
一言いったら大丈夫なんだろうか。よくわからん。
秋葉と一緒に食事をしていると、ダンスが始まったが、流石にこれは逃げよう。
踊りなんて一度もやったことないのに巻き込まれるのは勘弁だ。
テラスに逃げ込むと、魔族の皆さんがいた。魔族特有の小さな角に耳が尖っているので分かりやすい。
その中心に司令官としてやってきたアスタがいた。月下の光に照らされる彼女のスタイルはボンキュッボンでどこかの姫様を思わせるスタイル。うちのアデルにも劣らない美人だ。
「おや、マサキ殿。ダンスはいいのかい?」
「踊ったことがないものだからな。逃げてきた」
「ふふ。化け物すら倒すマサキ殿にも苦手な物があったのだな」
「そりゃあるだろ。何でもできる万能人間じゃないんだから」
出来ることは多いが、全知全能ってわけでもないからな。
「ならばマサキ殿を倒すにはダンスに連れまわせばいいな」
「やめてくれ、マジで」
「それは冗談としても、マサキ殿には私も興味があるな。ふふ」
「婚約者がいる。諦めてくれ」
「それでもだ。実にあの時のキスの味は良かった。もう一度」
「ダメだっての!」
何考えてんだこの人。じゃない。魔族!
種族的にサキュバスなのかもしれないが、そう簡単に唇重ねるとか言わないだろ!
頭を抱えながらため息をついていた時にアデルがやってきた。
衣装はこの前に選んだゴシックドレスだ。とても可愛らしい。
「マサキ。こんなところにいたのか……アスタ様と何かしていたのか?」
「ええ。逢瀬を」
「ええっ!?」
「してないから! いい加減な事をいわないでくれ。それでアデルは俺を探していたようだが何かあったか?」
「してないなら良かった……。っと、そうだ。折角の祝勝会だからな。マサキと踊りたいって思ったんだが……ダメ?」
アデルが上目づかいでこちらを覗き込んできた。角度的に胸の谷間も見えて色々とマズイ。どこでこんな技術覚えたんだ。
「……はあ。ここにいるよりはマシだろうし。いいよ。行こう。それじゃアスタ。またな」
「アスタ様。失礼します」
「ああ。また今度な。ふふ。今度は期待しているよ」
「しなくていい」
アデルが様付するのが気になるが、今はこの場を離れよう。またいらないことを言われそうだし逃げるが勝ち。逃げた先も苦手なダンスだがな!
俺はアデルの手を引きながら会場へと戻っていき。不恰好ながらもアデルのリードのお蔭でダンスを踊りきることが出来た。
こうして祝勝会の夜は更けていった。