決戦魔法
今後の更新は日曜と水曜になるかもしれません。
「グオオオォォォォォォ!!!」
怪獣と化したイーロが雄叫びを上げながら、大木のように太い腕を広場に向けて打ち下ろしてきた。
図体が大きい所為か動きは遅く感じるがサイズが巨大すぎる。バリーの倍くらいの巨体から繰り出される攻撃は当たれば即死は免れないだろう。
だが、ここに集まっているのは異世界―プレイヤーの中でも上位の連中だ。そう簡単に当たることはないだろう。
そう思っているとハヤトが交通標識……アレ武器なのか? 標識を持ったまま拳に向けて駆け寄って、地面に突き刺した。
「一方通行!」
ハヤトは攻撃が当たる直前にスキルを発動すると、交通標識を中心に一枚の薄く巨大な結界が展開された。
攻撃が結界に当たると、攻撃が完全に静止していた。名前からするに一方からしか攻撃が届かないスキルなのだろうか。強力だがこういうのにはデメリットもあるだろうし、効果時間も気になるところだ。
「今のうちに登るぞ!」
揺れで壊れた住宅に飛び乗り、そこから更にタツマとハヤト、ネメアーとレオン王子が巨大な蔓を伝って登っていく。横幅は余裕があり3人が並んで走っても落ちる心配が無い程の道になっていた。レオン王子は飛龍に跨って空を飛び、俺とアデルも魔法と自力で飛翔して頭へと向かっていく。
攻撃後の硬直が解けたイーロは、自らに繋がっている蔓を駆け上ってきたタツマ達に狙いを定めたらしく、肩と背中から生えている蔓を打ち下ろした。
空を飛んでいる俺達にも蔓は貫かんと向けられたが、最小限の動きで避けつつ、タツマ達に向かっている蔓に向けて片手を突き出した。
「マルチロック、フレイムジャベリン!」
戦争での経験で軽く意識するだけでも出来るようになった魔法のマルチロック。フレイムジャベリンが無数に分かれ、雨のように蔓へと降り注いだ。
全てを焼き切ることは出来なかったが、残った僅かな蔓を武器や拳で弾きながら胴体へと駆けのぼっていく。
細い蔓では防がれると思ったのか、イーロは蔓を束ね始めて丸太のように太くし始める。
――ドォォォン!!――
大きな爆音とともに集めだした蔓が爆発し、粉々に砕け散った。目線だけ向けるとRPGを構えた秋葉が地上から攻撃したのが分かる。
秋葉は遠距離が主体で上る必要性が無い、更にまだハヤトが張った結界が生きていて秋葉に向かってきていた蔓は結界に囚われて攻撃が届かずにいる。それらにも秋葉はデザートイーグルを持ち替えて一本一本的確に打ち抜いて排除している。
「グアアアアアアオオオオオオオオオオオ!!!」
イーロは攻撃を防がれた上に、集めた蔓を破壊された事に激高したのか耳が痛くなるほどの雄叫びを上げて、周囲に音の爆弾を落としてきた。
これには流石の皆も耳を押さえて動きが止まってしまう。この隙を狙われるとヤバいっ!
「六道千塵!」
雄叫びによって硬直しているイーロの喉に向けてスキルを発動させる。武器の形をしたオーラは雄叫びの振動にも影響されずに喉元に突き刺さった。
「――――!! ―!?!?」
植物で有っても痛覚はあるようだ。声が出せなくなり雄叫びが止まると、皆は頭を押さえながらも蔓を伝って登っていく。
今の攻撃で今度は狙いを俺に定めたらしく憤怒の表情を浮かべながら剛腕に加えて、蔓まで使って攻撃を仕掛けてきた。
暴風のような音を立てながら巨大な拳と蔓がやってくるが、『無敵』により攻撃の全てが無効化された。
腕だけは当たると果てしなく飛ばされそうなので回避に努め、蔓は剣で弾き、切り落としながら頭に向けて飛翔していく。
アデルやレオン王子にも蔓は飛んでいくが、俺に比べたら可愛らしいもので二人とも回避しながら蔓を切断していく。
攻撃を避けながらも頭付近まで飛翔した俺は、複合スキル『波動の太刀』を発動させて剣に光を集めていく。
危険性を感じ取ったのか、イーロは地上組やアデル達に向けていた蔓を全て俺に向け始めた。数は……数えるのも諦める程だ。
横殴りの雨のように蔓が伸びてくるが、それより速くスキルが発動する。
「はああぁぁぁぁ!!」
剣から天に向けて大きく長い光の刃が伸びて、重さを全く感じさせない剣を大きく振りかぶる。
光を纏った一撃は、向かってきた蔓を薙ぎ払い、イーロの首から肩に向けて袈裟斬りし両断する。手ごたえはあった。それでもイーロの攻撃は止まらずに残った蔓を硬化させて突き付けてきた。
「やらせないっ!」
俺に当たる直前にアデルがまだ固まっていない蔓の部分を狙って魔力の刃で切断する。残りも秋葉の遠距離狙撃、この威力はアンチマテリアルライフルだろう。狙撃によって粉々に砕けて地面に落ちていった。
両断した隙間からイーロの後ろの風景が見える。確実に首と胴体を切り離したが右腕が暴風を起こしながら俺に向かって迫ってくる。
意識をイーロの首に向けていたせいで、今から後ろに下がろうとしても間に合いそうにない。そう思っているとイーロの胴体からネメアーが腕に向かって飛びかかっていた。
「斬鉄脚!!」
ネメアーの脚が銀色に光り、二の腕に向けて脚を振り上げると大きな腕の半分を切断した。それでも攻撃は止まらずに俺に向かってくるが、俺に当たる直前に大きく腕が吹き飛び、回転しながら宙を舞った。
腕の影に隠れて見えなかったが、ネメアーと一緒にタツマも飛んだようだ。だが、その体は稲妻が纏われていて全身からバチバチと放電の音が聞こえた。これはタツマのスキルに似た技、ゲージを使った技なのだろう。
二人とも空中でレオン王子の飛竜に捕まり、重量オーバーで苦しそうな声を出しながらも飛竜は滑空しながら蔓の足場へと辿りついた。空を飛べる訳でもないのに無茶をする。
しかし、首が離れても動くか。生物として見たらダメそうだな。
弱点を虱潰しに探すにしてもこの巨体相手にはタツマ達でも疲労が重なって被害が出るだろう。なら……纏めて潰すのが一番か。
「アデル、ちょっとこっち来てくれ」
「なんだ?」
呼びかけにアデルが空を飛びながら近づいてくる。その際に迫ってきた蔓は特に魔力を込めずに打ったフレイムジャベリンによって炭屑になっている。
「一撃で吹き飛ばす為に大魔法を使う。だが、魔力の殆どを使い切ってもあの巨体を焼き尽くせるかはわからない。力を貸してくれ」
「魔力……なるほど。分かった。マサキの為に覚えた技術だ。私の魔力を使ってくれ。それにこのままでは教会も危うい」
出来る限りの短期決戦が好ましいというのはアデルも同意する事で、俺らの後ろにはユグドラシル教会もあった。
攻防を繰り広げているうちに徐々にゆっくりとだが町の中心に向けてイーロは進行していた。茨の浸食を退けた教会でも、この巨体に攻められたらひとたまりも無いだろう。
『大魔術を発動させる!全員時間を稼いでくれ!』
システムメッセージを使い、皆に声を伝えると、俺に向かってくる攻撃をタツマが斬り、レオン王子がブレスと剣のスキルを使い、迫りくる拳はハヤトの「一方通行」で食い止め釘バットを使い大きく吹き飛ばしていた。
ネメアーの武術スキル……とみていいのだろうか。どこかで見たことある技がいくつかある。あれは格闘ゲームで見た気を貯めて放つ技だ。吹き飛ばした拳をネメアーが放った気弾が追撃して燃え盛った。
魔法剣:焔の効果は技にもしっかりと乗るようだ。スキルに関しては戦後でネメアーに聞いてみよう。
束ねずに攻撃もしてきたが、直線状の動きは秋葉の拳銃の的にしかならず的確に風穴を開けて防がれていた。
全員が時間を稼いでくれる中、俺は手元に膨大な魔力をかき集めていく。頭の先から足の先にある魔力を全て使うつもりで集中していく。当然そんなことをすれば魔力切れで意識を失い、集めた魔力は霧散するか最悪、暴走するかもしれない。
だが、アデルがいるお蔭でその心配はなくなった。背中に手を付けてもらいながら、アデルの魔力を受け取り、自分の体を通して自分の魔力に変換。今までにない程、魔力を集め凝縮させていく。
使う魔法は禁呪と呼ばれる魔法で、ギルド戦決戦魔法だ。本当なら魔法使い系の職業が全員のMPを全て使って放つギルド戦魔法だが、アデルからの魔力供給、全ての魔法が使えるというGM能力のお蔭で放てる。
魔法の範囲を広げるべく、この世界で覚えた魔力をイメージしながら込める。イメージを風船の中に限界ギリギリ、割れる寸前まで魔力を集めるイメージを続行する。
「マ……マサキ。いったいどんな魔法を使おうとしているんだ?凄い魔力なんだが……」
「本当なら城を攻めるための魔法だな。あまり使っていい魔法でもないが、状況が状況だ」
俺からしたらこれほどの魔力を使っても平然としているアデルの方が凄いと思う。魔法が苦手というが使えたらとんでもない魔法使いになれそうだ。
「グアアアアアアアオオオオォォォ!!!」
魔力を込めているのに気付いたのか、イーロの攻撃が更に激しさを増してきた。蔓を束ねても防がれたのを学習したのか、束ねずに視界を埋め尽くさんばかりの槍状に蔓を変化させて、それらを全て俺達に向けている。
だが、もう俺の魔法は完成している。
『全員退避しろ!』
俺の言葉にいつでも動けるようにしていたのか、全員が壁や蔓を蹴り、一斉にイーロから離れる。同じタイミングで驟雨のごとく槍状の蔓が迫ってくるが、俺達に当たる前に上から何か降ってきて一瞬だけ攻撃の動きが止まった。
目だけを使い見てみると「!」のマークをした交通標識が地面に刺さっている。ハヤトがスキルを使い、上からは瓦礫や看板、挙句の果てにタコが落ちてきてイーロを一瞬、怯ませたようだ。
その一瞬の間に、俺だけが見える魔法の範囲を示す陣から全員が離れるのを確認すると、溜めていた魔法を発動させる。
「エクスハラディオ!」
「――!?」
イーロを中心に大きな魔方陣が展開され、強固な魔法の結界が大きすぎる巨体を封じ込めた。本来なら家位のサイズまでしか展開できないが魔力を十分すぎる程に込めたお蔭で範囲を拡大できた。
閉じ込めると、一瞬の光が帝都全体を包み込む。その光には魔法の結界のお蔭で熱を感じず、直視したとしても光の強さの割に目がくらむ程度で済んだ。
だが、中にいたイーロはその一瞬の間に消え去った。中にあった瓦礫ごと。元からそこに何も存在しなかったように綺麗に平地となっていた。
地面はイーロがいた場所を中心に円形にガラス状となっていて、威力の強さを様々と見せつけた。
決戦魔法:エクスハラディオ
高レベル魔法使い36人以上で発動できるギルド戦決戦魔法。人数を集める難易度に加えて最大レベルまで育った魔法使いがギルドにいないと使えない魔法。その威力は目の前に居たイーロが証明してくれた。
魔方陣の範囲内に太陽の表面温度よりも高熱の熱線を浴びせさせ、中にいたありとあらゆる存在を蒸発させる決戦魔法というに相応しい魔法。
威力が高すぎる故に、短期間で対策を練られ、死に魔法と化してしまった魔法。
ゲームでは死んでしまった魔法が、こうしてこの世界でまさに決戦魔法という立場に相応しい形で現れた。
「終わったか」
「あ……ああ。凄まじい魔法だ。あんな大魔法今まで見たことも聞いたことも無い」
「もう使うつもりはないけどな、アデルの魔力供給が無いと使えない魔法だし、簡単に使っていい魔法でもない。それに……」
「それに?」
「すげぇ疲れた……」
魔力を使い切って、全身を覆う倦怠感から俺はその場に大の字に倒れた。倒れた俺をアデルが労わるように膝枕をしてくれた。
柔らかい太もも感触を堪能しつつそこから見える眺めは、エクスハラディオによって天を覆っていた雲にも大きく風穴を開け、雲は穴を中心に四散するように消え去り、眩しくすら感じる星空を覗かせた。
皆が駆け寄ってくる足音が聞こえる。遠くからは生き残った人たちの歓声も聞こえた。
満天の星空と、歓声はようやくこの戦いが終わったという事を示すに相応しい光景だった。