衛星都市シュッツバルト
先日俺ら、円卓の海賊団に二人の新しい仲間が入った。
一人目はヴァンパイアの騎士。アーデルハイド・ベルンシュタイン。
真祖返りのヴァンパイアだ。
彼女はヴァンパイアらしく空を飛び、魔力を固めて槍のように投擲したり、剣のような形状に変化させて攻撃できる力を持っていた。スキルと言えばいいのかもしれない。魔法の才能は余りないらしいが、気配察知能力が優れているらしい。
髪は銀色で、目は金色。スタイルは良く、比較的胸が大きめ。すらっとした足先が魅力的だ。肌もヴァンパイアらしくなく、日の光の下では羽さえなければ普通の人に見える。美人の部類に入るだろう。
もう一人はダメソファーと俺のルームの中に設置していた特殊な家具に惹かれて仲間入りしたクローディア・フューラー。俺自身にも興味があるらしい。解剖されないか地味に怖い。
彼女は札術を使った特殊な魔法が得意だ。
試しにやってくれと頼んだら土の塊に模様が付いた札を押し当てると小さな土人形のゴーレムが土から形を成した。素材によってゴーレムも変わるとのこと。
小さなサイズは数は多く出来るが、人より大きなサイズのゴーレムとなると使役できるのは数体が、彼女の魔力では限界らしい。
その代り小さなサイズでは50体くらいは使役できるといっていた。
人海戦術を頼むときは彼女の力が非常に役に立ちそうだ。
その他の魔法に関しては闇や光以外は平均的に使えるようだ。
水の魔法で俺の回復魔法程ではないが、ある程度の回復はできるといっていた。
ゴーレムを作れる回復要員が仲間に入ってくれたのは嬉しい限りだ。
魔道具に関しても詳しいから、それらが手に入った時は調査を頼もう。
髪は金髪で胸は普通くらい。黙っていれば美人なんだが、ダメソファーの印象が強すぎて俺の中では残念美人化している。でも親しみやすいのはあった。
その他の奴隷達は勧誘はしなかった。小さな子もいたし、こういうのは余り積極的に誘うものじゃない。
王国出身はいないようで、この近くに衛星都市があるのでそこにいる衛兵へ頼むつもりだ。ついでに奴隷船の船員達も突き出す。
奴隷自体は罪ではないようだが、誘拐や戦争で孤児となった子を連れ去り奴隷へとするのは王国でも都市でも、他の多くの国ではご法度だった。
例外が帝国ぐらい。
(奴隷自体は悪くないんだよな。身売りして家族を助けるなり、自ら奴隷になって食いつなぐなり。犯罪者奴隷も刑罰としては納得だ)
貧困すぎて身売りしないと暮らせない家族の話なんて昔の日本ではよくあったものだ。奴隷自体を禁止してしまうと家族全体が飢え死にしたり、低賃金で骨の髄まで働かせられる事が昔の奴隷解放直後にはよく起きたらしい。
「奴隷の頃の方が良かった。最低でも飯は食えた」そういう人もいたとかな。
影響は就職問題にもつながる。安い労働者に仕事を奪われた元労働者も増える。
現代でも低賃金で24時間365日働け休みなにそれ美味しいのとかいう企業もあったしな。
結果的に奴隷制度前より酷くなる場合もあったという訳だ。
俺らは進路を一度衛星都市シュッツバルトに向けて変更した。助け出した人達の食糧に加えて捕まえた奴隷船の船員。そして俺達の食事で溜め込んでいた食材の減るペースが速いから一度、王国に着くまでに補給しておきたかった。
一方、俺は都市に着くまで何をしてるかというと…………勉強してた。
「それではマサキ殿、テストを開始する」
「頼む」
「最初は文字のテストからね。マサキ頑張ってー」
「ダメソファーに沈みながら言う台詞じゃないだろ…」
クローディアがダメソファーに突っ伏しながら応援している。片手には珈琲だ。
テストなんて何年ぶりだろうな。学生時代が遥か遠い、年月な意味でも次元的な意味でも。
勉強する理由は簡単だ。俺はまだこの世界で買い物とやらをしてない。
する暇が全く無かった。城に召喚されて牢屋に入れられてから大脱走。
海賊団を引き連れてフリゲート艦隊をフルボッコ。宴をして奴隷船を鹵獲。
今は海賊船の後ろに繋いで元奴隷船の船員達は牢屋に入れてきた。
という訳で都市や王国では文字や数字が読み書きできたほうが良い。
最初は海賊団の奴らに教えてもらおうと思ったが全員そういうのはダメらしい。
ローハスが辛うじて数字は読めるぐらいだ。売買する時に誤魔化されない為に必死で覚えたと言ってた。
だが今はクローディアとアデルがいる。魔が付くが学者という事や騎士っぽい振る舞いをしているから教養があると思い頼んでみたのだ。
二人とも快くOKを出してくれた。勉学は力なり。学生達は励めよ。でも遊べ。
GMとしては沢山遊んでも勉強もな、と言いたい。
この世界の文字はカタカナを複雑にした形で見づらいが覚えやすかった。
これでキリル文字とか訳が分からん文体だったら覚えるのに相当苦労するはず。
数字はローマ数字だった。これは一日で覚えられる程簡単なものだ。
最初は文字が複雑なのが多くて×が結構あったが、数日も立つとほぼ無くなり、今は〆の卒業試験的なものだ。
「…………よし、見直しも大丈夫だ。採点してくれ」
リスニングによるテストも終わり、紙替わりの薄い木の板をアデルに差し出す。
俺から木の板を受け取るとアデルがじっと文字を見つめる。
その隣ではクローディアが前のめり過ぎてダメソファーから落ちた。
珈琲は死守している。零さなくて何より。
「………満点だ。凄いな、マサキ殿は。何処かで教養を学んでいたのか?」
「元居た世界の国では小さな子供から文字や数字は覚えられるように国から援助が出ていたからな。数字はこっちと同じだったから簡単だった。文字も俺の居た世界と似たような形だったから、よく見たら何となくだが解る」
二人には俺が異世界からの召喚者ということは伝えてある。
俺が頭となる海賊団で俺に秘密が多いと怪しく思う奴がいるかもしれないから、それに配慮しての事だ。能力も異世界からの能力という事で誤魔化している。
『無敵』だけは誰にも伝えてないけどな。こいつは開示したら危なすぎる。
「いたたた…なるほどね。道理で数字のテストだけ一回目のテストから満点だったわけね」
クローディアがダメソファーに囚われつつも何とか起き上がってきた。
牢屋より効果あるんじゃね?あのダメソファー。
「これなら街中で買い物するにも大丈夫か?」
「大丈夫だな。それ以上にこれなら城で文官として働けるだろう。文字も綺麗で読みやすい」
この世界の住人の識字率は高くなく、数字はローハスのように覚える者が多いが農民や一般市民は文字が読み書きできないというのが殆どだ。
覚える為に教育施設はあるが、高額で裕福層や貴族位しか教育を受けれない。
その点、俺は美人なアデル先生に無料で教えてもらっている。
「文字は綺麗な方が良いだろう。速度を重視してもそれで読めなかったら本末転倒だ」
「一部の文官たちに聞かせてやりたいな。機密文書でもないのに暗号の様な文字を書かれても困る」
この世界でも同じらしい、俺の居た職場でも速度だけ重視して崩れすぎて全く読めない文字を寄越す奴がいた。
なんぞこの暗号、と同僚や先輩と解読することが稀にあった。
テストを終えて作ってあったクッキーに舌鼓を打つ。
女性二人ともクッキーを食べると表情を緩ませて幸せそうだ。
料理スキル「味の神髄」を使えば非常に美味い食事が作れた。これは良い。だが、これに調子に乗ると俺が料理番になるので、こういう簡単なのだけという縛りを俺に科した。
クッキーを食べ、珈琲を飲みながら優雅なブレイクタイムをルームで過ごしていると
「大親分。街がみえてきやした!シュッツバルトですぜ!」
見張り番をしていた部下から声がかかってきた。
「シュッツバルトか。そこってどんな街なんだ?」
「そうだな。王国の庇護にある漁業、商業に優れた街だ。王国から兵士も配置されて治安も良い所だぞ」
「海賊はそこに入って大丈夫なのか?」
今まで港等に泊まる事が無かったから海賊が入っても大丈夫なのか解らなかった。
こういうのはバルバロッサ達に任せるつもりで丸投げだ。勝手に大親分にしたんだからこれぐらいはやってもらっていいだろう。
「特に暴れる様子が無ければ兵士も動かないさ」
「逆に暴れる奴がいたら海賊も兵士に手を貸すくらいよ?海賊もあの街じゃ大事なお客って訳よ」
既に最後のクッキーに手を伸ばしつつあるクローディアの手からアデルがその先にあったクッキーを高速で攫って行く。
「ああっ!」
「早い者勝ちだ」
騎士の割に容赦がない。
「それなら安心して船を着けれるな。奴隷にされかけた子達も奴隷船の船員達も纏めて衛兵に任せよう」
「そうした方がいいだろうな。彼らとしても手柄の一つとなる。それに奴隷船の船員達を突きだせば少なからず褒賞も出るぞ」
「金はあった方がいいからな。有り過ぎても狙われるが」
「マサキなら返り討ちでしょ。見た限りその剣ってアーティファクト以上の力を感じるわよ」
クローディアは見ただけで解るのか。確かにこの剣はそれ以上の性能を持っている。
なんたって廃人ご用達の武器の一つで、これを落とすボスモンスターを狙いPC達が一日中張りこむぐらいだ。
威厳のある設定のボスモンスターが大勢の狩人に無残に襲われる姿は想像すると哀れである。
俺も半日張り込んで狩った一人だけどな。
「解ってると思うが広めるなよ?」
「解ってるわよ。同業者とか鍛冶職人なら解ると思うけど、こういうのは情報を広めるのはタブーよ。最悪、同業者達からハブられる事になるわね」
「それなら安心だな」
武器狙いで襲われたら面倒だ。返り討ちには出来るが、騒動は起こさないに越したことはない。
ルームから出た俺達は甲板へ出て近づく街の様子を眺める。
比較的大きめな港町で商業が豊かなのを象徴するように多くの商船が停泊している。
そこから少し離れた所に帝国とは違った大きな船があった。
(あれは…ガレオン船か)
竜の形をした紋章がマストに描かれている。
それらが数隻。見た限りだと十隻も無いくらいだ。
帝国はやはり海戦の戦力が異常なほど特化しているな。
(船の世代が一世紀も数も違うのであればそりゃ国も落ちるわ)
甲板で船や港を眺めていると小舟がこちらに向かっている。小舟の上には兵士が乗っているようだ。
それにローハスが気づくと近寄って身を乗り出して何か喋っている。
「あれは何を言ってるんだろうな」
「あれは後ろの奴隷船が気になって声を掛けに来たという所だな」
ローハスの誘導で兵士が後ろの奴隷船へと回り、風が使えるパドルがローハスと一緒に奴隷船へと渡ったようだ。
奴隷船を分離して、どうやら軍の停泊所に奴隷船は連れていくようだ。パドルとローハスも説明と手早い移動の為に一緒に移動していく。
そのまま二人と一時分かれて俺達は空きのある停泊所へと船を付けると兵士の数人がこちらにやってきた。
「奴隷達を助け出してくれた海賊とは君たちの事か?」
帝国とは違う赤みを帯びた兵士が声を掛けてきた。
プレートアーマーや小楯にはマストと同じ竜の紋章が描かれている。
「ああ。そうだ。ここで保護してくれる…でいいんだよな?」
「勿論だ。身元が解る者は故郷へ。孤児となってしまった者達はこちらで保護を王国の名のもとに約束する」
彼らの言う保護とは、元の世界のように施設で畑仕事や簡単な作業をしたりしつつ里親を募集するというものらしい。
下女や下男も施設からよく出ている。
王国でも未開拓な地域もあって大人はそこで働き、少なくとも質素には暮らせ飢えない程の賃金を貰えると後で兵士から聞いた。
若い者によっては冒険者になって一旗揚げようと思う者もいるようだがそうなると
国からの保護は外れるようで。国もそこまでの面倒は見きれないってことだ。
「解った。今から降りるから待っててくれ」
「怪我人や病人はいるか?」
「全員健康だ。軽い怪我程度なら俺達の方で治した」
「そうか。ありがたい」
治したと言ってもどう治したかは言わないけどな。回復魔法は出来るだけ内密だ。
船から降りる元奴隷の人たちに一人ひとりに小さな小袋を渡す。
中身はさっき焼いたクッキーとレシピだ。
やり方も文字が読めない者達に配慮して絵で表現した。
王国でも支援してくれるが、俺でも出来る限りの事はと思い、この手土産だ。
「ありがとう!大親分さん!」
「中身は後でこっそりあけるんだぞ。くれぐれも売ったり奪われないように」
「うん!!」
子供は元気な声で、大人は深く頭を下げて感謝を告げ降りていく。
これがのちにこの街での名物の一つになるとは思いもよらなかった。
俺と海賊団の皆はそれを見送ってから降りるとローハスとパドルが立派な鎧を着た兵士と共にこちらに帰ってきた。あれがここのお偉いさんか?
兵士の皆が姿勢正しく敬礼している。
その様子に少しこっちも緊張してしまうがここは堂々としておこう。
舐められるのはいけない。
「貴殿がこの海賊団の頭、マサキかね?」
「ああ。大親分をやっているマサキだ。あんたは?」
「私はセントグラン王国に勤める騎士団団長マルク・アランだ。此度は奴隷解放、それに奴隷船の捕縛など感謝する」
団長がやってきたか。結構なお偉いさんかもしれない。
「気にしなくていい。俺も帝国が気に食わなくてやった事だからな」
「それでもだ。海賊と聞いていたが失礼ながら貴殿は海賊らしい空気ではないな。どちらかと言えばもっと異質なモノを感じる」
余り喋ってないのに海賊では無いと感じとられたか。この人結構鋭いな。
「それはそうだろう。マサキ殿は禁術を施された檻に囚われた私を救いだしたどころか、私の怪我を身を差し出して治してくれた者だぞ。アラン伯爵」
自慢げに船からふわりとアデルが降りてきた。
「アーデルハイド!?無事だったのか…良かった。ヴァレンタイン皇国が帝国の手に堕ちたと報告があった時はもうダメかと…」
結構なお偉いさんどころか物凄いお偉いさんだった。
そして俺の仲間はそのお偉いさんと知り合いだった。




