獣王祭二日目(後編)
連続投稿二日目です。
皆で手分けして集めたグロームサーモンは文字通り山のように積み重なった。
「よし。これだけあれば量も十分だろう」
二次予選の審査員は貴賓席にいる人たちだ。一次予選の審査が民なら、二次予選はその上に立つ貴族や族長。ここからは見た目も重要視される。下手な料理を作るわけにはいかない。
グロームサーモンをハンティングボックスに入れ、再びクリスタに乗って急いで戻る。
ひと暴れしてすっきりしたクリスタは、上機嫌に尻尾を振り、砂煙を起こしながら山道を下る。
街道に出るとクリスタは翼を広げ、更に加速する。
その速度を維持したまま、あっという間に獣王国の門が見えてきた。
速度を落とし獣舎に近づくと、俺達の姿を見つけた獣舎の係員が驚きながら俺達に近づいてくる。
「もう戻って来たんですか!? 速いですね!」
「幼くとも、伊達にこいつも竜って訳じゃないさ。それよりもまた頼むよ」
「判りました。あの、頑張ってくださいね! あのポトフという料理は美味しかったです!」
「ああ、ありがとう」
まさか、係員の人も食べに来てたとはな。美味しいと言ってもらえるのはうれしい限りだ。
今日は昼間から始まった事もあり、少し日が傾き始めている。料理し終える頃には夕方になりそうだ。
なら、今日はあれにするか。
「ヨーコ、この辺りで果実酒を売ってる場所を知らないか? 出来るだけ甘いのが良いんだが」
「甘い果実酒ね。それなら良いお店知ってるわ」
流石ヨーコだ。酒に関しては抜かりがない。
俺達がいない間でも、気晴らしにそういう店を押さえていると思ってた。
アタミでも休みの日に酒場巡りやっているしな。
ヨーコに案内されて、お勧めの酒屋でマスカットマトの果実酒を一瓶購入する。
味見もさせてもらったが、これならいけるだろう。
果実酒は会場にもあったが、どれもこれもが甘味よりも酒の度数が高い代物だった。
闘技場前に戻ると、そのまま調理場へと通される。
今回も野外だが、個人スペースが広く取られている。使い古された立派なレンガ製のオーブンまである。あれならピザでもグラタンでも作れそうだ。
『おおっと! 一番乗りは人族混合パーティー『円卓』のマサキ選手達です! もうグロームサーモンを狩って来たのでしょうか! 凄まじい速さです!』
一次予選と同じく、ギルドの解体係に五匹のグロームサーモンが入っているハンティングボックスを手渡す。
「おお!? 五匹もありやがる! すげぇな! おい、お前ら! 魚は鮮度が命だ! ぬかるんじゃねえぞ!」
「へいっ!」
五匹のグロームサーモンは熟練の技により、あれよあれよと頭が落とされ、内臓が抜き取られる。その中で青白く光る球を見つけた。
「それは?」
「グロームサーモンが持ってる雷の魔晶石でさぁ。貴重な品で高値で取引されてます。こいつはどうしますかい?」
「あー、悪いが全部こっちに引き取りで。後、内臓で心臓の部分ってわかるか? 判るならそれも取っておいてくれると助かる」
「こいつですか? こんなの食べれるんですかい?」
「面白い弾力があって美味いからな。今回の料理じゃ使わないが、覚えておくといいぞ」
「へい!」
胃や肝臓も食えるんだが、そっちは処理が面倒だしパスしよう。
あっと言う間に五匹のグロームサーモンが切り分けられ、サイズ以外は見慣れた切り身の形になる。皮と心臓は別に分けたので後で個人的に楽しもう。
「それで、正樹さん、今回は何を?」
「んー、今日はこの暑さだしシャケの南蛮漬けを作ろうと思ってる。秋葉はカロッテを千切りにして、ツヴィーベルを薄切りに。俺はその間にタレを作るから」
「判りました」
二次予選は一次予選と違い、量が必要ではないので、二人で十分だ。
アデルとヨーコは用意された休憩所に向かい、休んでもらう。
二人には悪いが、ちょっとここになると現代の知識がある俺と秋葉がやった方がスムーズに進むからな。
底が深く大きな木皿に調理酒の代わりに白ワインを入れ、次はみりんの代わりに店で買ったマスカットマトの果実酒と砂糖を混ぜ合わせ、味見をしながらみりんを作る。
海外研修の時に現地にいる日本人スタッフから教えてもらったが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。白ワインでも代用できるが、あっちは甘味が足らん。
あとは酢と魚醤と混ぜ合わせ、漬けダレを完成させる。審査員全員分の漬けダレは中々凄い量になった。
味見もしてみたが、調味料の所為かちょっと馴染みのある味とは違う。
だがこれはこれで美味しい。これで南蛮漬けを作ったらビールが進むだろう。
いかん、想像しただけで涎が。
秋葉もカロットとツヴィーベルを切り終えたので、フライパンに火を通し、油を敷かずにカロットの千切りと、ツヴィーベルの薄切りを炒める。
「秋葉、今の間に切り身を一口サイズに切り分けて、塩コショウと片栗粉を付けてくれ。軽めでいいからな」
「判りました。南蛮漬けはお母さんの手伝いでやったことがあるので」
そういえば、秋葉は海の近くに住んでいたな。それなら南蛮漬けも偶に出てもおかしくはないか。
野菜を炒めていると、どうやらイル達も会場に戻ってきたようだ。続いてドワーフ達『シュミート』とシルバリオ兄妹の『ジェミニ』だ。意外とドワーフ達が早かったな。グロームサーモンのあの凶暴さだと、シルバリオ兄妹の二人は辛かったかもしれない。
野菜がしんなりとなったところで火から降ろし、漬けダレが入っている木皿に入れて漬けこませる。
次に同じフライパンに油を敷き、秋葉が下ごしらえしてくれた切り身を投入。
切り身の量が多いので、秋葉が大変そうにしているが、何処か楽しそうだ。
「秋葉、楽しそうだな……」
「んふふー。アデルー、混ざりたいって顔してるわよー」
「む、むぅう……」
「これを機会にいい加減料理覚えたら? 手とり足取り教えるわよ?」
「それはいいんだが……その手つきは止めろ」
後ろでアデル達の声が聞こえるが、料理に集中しているので何を喋っているか判らなかった。でもあっちも楽しそうだしいいか。だがヨーコ、その手をワキワキさせるのは止めなさい。公衆の面前だぞ。
片面に火が通ると、ひっくり返しもう片面にも火を通す。
〈料理の鉄人〉も使い、集中力を高めて両面を焼き終えると、漬けダレの中に切り身を入れる。
量が多いのでどんどん焼いてしまおう。
「秋葉、終わったらたまにでいいから、木皿の中身をかき混ぜてくれ」
「はい。身を崩さないように、ですよね」
「ああ」
言わずとも判ってくれる秋葉が凄く助かる。
他のチームも料理は順調に進んでいるようだ。香ばしいバターの香り、これはムニエルかな?
他にキノコや野菜の香り、それと揚げる音も聞こえる。
流石は二次予選。パッと見ただけでも一次予選よりレベルが違う。
これ料理スキルあっても油断は出来ない。
次々と切り身を焼き上げ、木皿の中に移していく。
漬けダレは多めに作っておいたのが良かったのか、全部焼き終えてもまだ十分余裕がありそうだった。後はかき混ぜながら時間まで漬け続ける。
『そろそろ時間となります! 皆さま! 盛り付けをお願いします!』
おっと、そろそろ良いか。
皿も今回は真っ白な陶磁器を用意してもらった。
切り身を綺麗に並べながら、カロットとツヴィーベルを満遍なく入れる。
最後に青ネギに似たハーブ、キーリを刻んで散らし、後は好みで一味を添える。
一味はあるんだよな……この国。唐辛子はうちでもないから後で種を貰おう。
春香ならきっとやってくれるはずだ。
『そこまでです! 皆さまお手を止めて下さい!』
速めに調理したこともあり、時間に余裕をもって終わる事が出来た。
他のチームも無事間に合ったようだ。二日酔いを二人抱えている『シュミート』が気になったが、あっちも大丈夫そうだな。
俺達が作った料理を係の人達が、審査員の下へ運んでいく。
二次予選では、食べる順番は戻って来た順番で決まる。今回は俺達からだ。
サーモンの南蛮漬けを前に、審査員たちが興味深そうに料理の香りを嗅いでいる。
「ほう、これは揚げた後にソースで浸したのか」
「揚げた料理は何度も食べたが、このような料理は初めてだね」
「色とりどりな野菜も悪くはありませんネ」
「このソースはなんだ? 甘酸っぱい香りがする」
「見た目は及第点としましょう。しかし、味の方は……」
ダークエルフの審査員が、ナイフとフォークで優雅に切り身と野菜を切り分けて口へ運ぶ。
「っ……! ほう! これは!」
一口食べると、彼は猛然とサーモンの南蛮漬けを食べ始める。
他の審査員達に目を向けると、各々が驚きや恍惚を表情を浮かべ、美味そうに食べていた。
その中で唯一、ドワーフの審査員が震えてフォークを片手に震えて、手を止めていた。
コイツはマズったか?
「ぬおおお!!」
次の瞬間、ドワーフの審査員は雄たけびを上げて立ち上がる。
子供体型なのに、ハスキーボイスがすげぇ違和感感じる。
会場が静まり返り、他の審査員達の視線がドワーフの審査員に集まる。
ギッと俺を睨み付けたかと思うと、司会の女性へと視線を移す。
「おい! 司会の小娘!」
『ゴルドリア様!? い、如何なさいましたか!?』
「何故、なぜここにエールがないんじゃぁぁぁ!」
『はい?』
会場全体がずるっとこけた気がした。
おいぃ!? 審査中だろ!! 酒飲むとかダメだろ!
いや、確かに酒の撮みとして凄く合うものを出したけどさ!
「ふむ、確かにこれは……んむ、エールが欲しくなる」
「これはゴルドリアのいう通り、酒が欲しくなる一品だ」
「私はお酒は苦手ですガ、さっぱりとしていて食べやすいですネ。昼間は暑かったので、食欲はなかったのですガ、これならまだ食べれそうデス」
「野菜が多いのも良い、揚げているのに油が余り感じれないのは何故だろう」
「冷めていても美味いというのが良い。これはうちでも作らせたいものだ。マサキ殿だったか。この料理は他の魚でも代用は可能か?」
おっと、質問も飛んでくるのか。これも評価に入るのか? まぁ、正直に答えよう。
「はい。この料理は他の魚でも合いますし、鳥の胸肉や、オーベル(ナスに似た野菜。黄色い)とも合います」
「おお、なんと野菜も大丈夫なのか。それなら、蟲人族の長にも食べさせてやることが出来るな!」
「奴は肉や魚の類が食えぬからな」
そうだったのか。通りで多種多様な審査員の中に、蟲人の姿がなかったわけだ。
菜食なら、こういった催しも参加できないしな。
肉を食えるのは、カマキリや蜘蛛と言ったごく一部の蟲人族だけのようだ。
料理は概ね好評で、全員が残さず食べてくれた。
結果がどうなるかわからないが、全員が美味そうに食べてくれただけで俺は十分満足だ。
「ぐぅっ……! やはりエールが欲しい!」
その中で、ドワーフのゴルドリアだけが酒を飲めないことを悔やんでいた。そこまで酒が飲みたいか。ドワーフ。
『それでは次の料理に移ります!』
次の料理はイル達だ。
イル達が作り上げた料理は、グロームサーモンのステーキだ。上にホワイトソースが掛かっている。
ホワイトソース自体はこの国でも珍しくないソースだが、それに一工夫加えている。
ソースの中にマスタードとチーズが入っており、濃厚な味わいを出している。
続いてドワーフ達、『シュミート』が作り上げた料理はグロームサーモンの三色フライだ。
パン粉の中に、川ノリ、ツヴィーベル、チーズを粉末状にしたものが入っており、彩りある三色に仕上げている。一口サイズなので、食べやすく、傍には舌休めのギュベと、絞ると酸味のある汁が出るチェモスが添えられている。
「うむ。これもまたエールが欲しくなるものだ」
「揚げ物と聞くと、茶色一辺倒だがこれは彩りがあってよいな」
「チーズが良いですネ。グロームサーモンととても合いまス」
この料理も冷めても美味い一品だ。揚げ物という事で少し冷めてしまっていたが、それでも美味い料理というのは、味見によって冷めた料理を食べる機会が多い貴族達には嬉しいものだろう。
最後に『ジェミニ』のシルバリオ兄妹だ。
彼らが作ったのは、グロームサーモンのペトトの葉包み焼きだ。
ペトトの葉の中に、蒸し焼きされたグロームサーモンと、マッシュボール、マイタギャー、薄切りにしたツヴィーベル、ペトトが入っている。傍にはキュモスが添えられている。
マッシュボールは球状のキノコで、マイタギャーは……なんとキノコ型のモンスターだ。
手足以外は食用可能な珍しいモンスターらしい。
時間が掛かってると思ったら、そんなの狩ってたのか。
しかし、この料理何処かで見たと思ったら、俺が諦めたホイル焼きだ。
そういえば、外国じゃバナナの皮で包んで蒸し焼きにする料理があったな。それに近い料理だ。
「ペトトの葉を出された時は驚いたが、まさか中で蒸しておるとは。ほお、これは美味い!」
「グロームサーモンと一緒に入っているキノコも良い味を出していますネ。これは……マイタギャーでしょうカ。こりこりしていてとてもいいですネ」
「ペトトにバターと、濃厚なグロームサーモンの脂が染み込んで良いな。これはこれで酒が飲みたくなるわい」
最後に回されたことで、シルバリオ兄妹には分が悪いかなと思ったが、獣人達の食欲舐めてたわ。
きれいさっぱり全部食べ尽くしている。
『それでは、審査結果の発表と参ります! 審査員の皆様、一番美味しかった料理の皿にナイフをお願いします!』
第二次予選もポイント制だ。審査員一人一本ナイフを持っている。これがポイントとなる。
俺から見ても、他の皆の料理は美味しそうだった。もし、注文できるなら食べてみたいほどに。
まずドワーフの審査員、ゴルドリアだったか。大股で俺の料理の下へと向かい、ナイフを置く。
そのまま席へと戻ると思いきや、ゴルドリアは俺の傍へ来た。
「少々野菜が多く感じられたが、酒の撮みとしては最高に良かったぞ!」
がしっと俺の手を強引に取り、力強く振る。子供に見えるのに、やはりドワーフ。力が強い。
「もし、レシピを公開する予定があるのなら、ぜひ教えてくれ! うちのもんに覚えさせたいわい!」
「は、はぁ。もし機会があれば」
「おお! その時を心待ちにしておるぞ!」
ゴルドリアは満面の笑みを浮かべ、どすどすと小さな脚で大股に歩きながら席へと戻っていく。
俺は特にレシピは秘密にする予定はないからなぁ。
自領の名物になりそうなものなら話は別だが、これは家庭でも再現できるレベルの料理だ。
次の審査員は、狼頭族の長だ。彼はイル達の料理の皿へとナイフを置く。
狼頭族は肉食なので、どんっと豪快に切り身が置かれたイル達の料理がお気に召したようだ。
次々と審査員達が気に入った料理へとナイフを置く。
エルフとダークエルフが俺に票を投じてくれたが、他の皆にも満遍なく票が振り分けられ、接戦となっていく。
最後になっていくと、偏りを見せ始めた。
三十人いるうち、俺に十票、イル達に七票、ドワーフ達に三票、そしてシルバリオ兄妹へ十票だ。
四位が確定したドワーフ達。サーモンのフライも美味そうだったが、この炎天下の中で揚げ物はちょっと辛いだろう。
「パン粉に工夫を凝らしたのは良かったが、それだけだ。もう少し何か工夫が欲しかった」
との辛口な評価。
んー。俺ならあれにタルタルソースとかつけるかな。シソを挟んで揚げてもいいかもしれない。
というか普通にソシが草原に生えてて驚いたよ。鑑定しても『シソ』だったし。
一株採取したので、アタミに持って帰る予定だ。これで更に料理が唸る。
三位確定はイル達だ。二次予選まで突破したのは初めてで、それでいて七票も確保したのは大健闘らしい。
サーモンステーキがマスタードソースと相性が良く、肉好きの獣人達の心を掴んだ。
しかし、ピリッとしたマスタードは苦手に思う人もいる。少しマスタードの量が多かったらしく、チーズでまろやかにしても補いきれなかったらしい。
そのほかの部分に関しては問題なく、焼き加減に関しては審査員一同が認める程良かったようだ。
これほどの料理の腕を持っているとは、イル達も凄いな。
引退したら料理屋を開けるんじゃないだろうか。
最後の一票は、猫人族の長だ。猫らしい釣り目、それでいて可愛らしい顔つきの女性。これぞ猫耳少女って感じだな。外見年齢は十五から十七に見える。レヴィアと同じくらいか。
こんなに若いのに長を任されるってことは、相当優秀か、何らかの事情があるのかもしれないが、それは知る必要はないな。
豊かな胸を持ち上げるように腕を組みながら、耳をピコピコさせ、尻尾をフラフラさせながら、俺とシルバリオ兄妹の料理の前を行ったり来たりして悩んでいる。
男連中の視線が一か所に集中しているぞ。早く決めてくれ。
でないと俺まで視線がそこに向かいそうだ……!
「よし! アタシはこれにゃ!」
猫人族の長は、一つの皿の前にナイフを置く。
『おおっと! これは! 決まりました! 見事本戦出場を果たしたのは――!』
感想、評価ポイントを頂けると大変励みになりますのでありがたいです。
正樹がやったみりんと調理酒の代わりですが、外国では甘口の白ワインを使って代用しているようです。みりんには砂糖を入れて調整。毎度思うが、日本人って食に関しては凄い意地を張るものだなと、調べて思いました。




