第一次予選後編
仲間をやられたグランドラム達は混乱し、右往左往している。今がチャンスだ。
俺は『ウィング』で空を低空飛行し、アデルと一緒に群れの中に突っ込んでいく。それに続くのはクリスタに乗ったヨーコだ。
秋葉は俺達から離れた所で移動しながら射撃。武器もM82A3から、アサルトライフルM412に代える。リロードが早く、安定性がある秋葉の気に入りの一つだ。
「アデル、俺が先に行く。後に続いてくれ」
「分かった!」
俺は『レヴァーテイン』を抜き、目の前にいるグランドラムを一閃。
赤い線がグランドラムを切り裂くと、ズゥンっと音を立ててグランドラムが倒れた。
切り口は真っ黒に焦げているが、他の場所に燃え移ったりしていない。
この『レヴァーテイン』は、ノーフェイスの時にも見せたが凄まじい炎を出すことが出来る。そのやり方はこのレヴァーテイン自身に教えてもらったものだ。
ならば、それを極限にまで圧縮し、剣に纏わせたらどうなるかと思い、リハビリ中に色々試行錯誤していた。
最初は調整が甘く、炎が溢れたり、切る事は出来たが的にしていた丸太が燃えたりなどして大変だった。
練習と試行錯誤の結果、今はこんな感じで極限まで圧縮することが出来た。
まだ万全に使いこなす事は出来ないが、これで味方に被害を出さずに済みそうだ。
理想はノーフェイス戦でやったようなジェットエンジンのように、高軌道戦闘を可能にしたい。
速度でいえば『ウィング』を遥かに超えていたからな。
続けざまに切り上げ、一体のグランドラムを切り飛ばすと、それを埋めるように次のグランドラムが迫ってくる。返す刀で〈波動剣〉〈ソニックブレイド〉でまとめて薙ぎ払う。
大きく剣を振るった隙を狙うように、横からグランドラムが勢いよく突進を仕掛けてくるが、アデルがその間に身体を滑り込ませる。
「はぁぁぁ!」
アデルの『ドラクル』から繰り出される一撃は、強靭なグランドラムの頭蓋骨を砕き、一撃で命を奪った。
『ドラクル』には、うっすらと魔力が纏われており、〈魔力凝固〉により攻撃範囲、攻撃力共に大幅に強化されているようだ。魔力版〈波動剣〉みたいな感じだ。
更に〈ソニックブレイド〉で、纏めて五体のグランドラムを吹き飛ばすと、ようやくレッドホーン・ラムの姿が見えた。
しかし、再び空いた穴を埋めるようにグランドラム達が殺到してくるが、こじ開けるように巨岩の拳が飛んでくる。
ヨーコの呼び出したストーンゴーレムのロケットパンチだ。
どうやって飛ばしているかの仕組みは、ゴーレム使いの専門的分野なので全く分からない。
連射が利かず、一度発動する為には腕を地面から取り込む必要があるが一発の威力が高いので十分欠点を補っている。
ロケットパンチは一気に十体以上のグランドラム達を吹き飛ばした。
俺も一気に魔法で蹴散らすか。ここ最近、魔法を撃つ機会が無くて感覚を忘れそうだし、思い出しておきたい。訓練場とはいえ、城内で魔法をぶっ放すなんてできなかったしな。
炎は森に被害が出そうだし、風が良いだろう。土も考えたが、食材にすることを考えるとな。土や砂利が肉の間に入り込むこともあるだろうし、そんな料理を食べたい人はいないだろう。
秋葉の弾丸は基本的に貫通するので、あまり問題ない。狂獣相手でも貫通するのでグランドラム程度が止めれるはずがない。
レヴァーテインを大きく薙ぎ払い、グランドラム達を吹き飛ばした後、左手を向けて魔力を込める。
「『エアプレッシャー』!!」
上空の大気を圧縮し、グランドラム達に向けて空気の爆弾を叩き付けると、グランドラム達が見えない天井に押しつぶされたように地面に沈む。
ミンチ肉にならないように加減したが、加減しすぎたようで数匹は堪えて足が震えながらも立っていた。
「〈深紅の長槍)!!」
アデルが地面に『ドラクル』を突き刺すと、機械の回路の中を光が走るように真っ赤な光が地を走り、幾重にも分かれ、グランドラム達の足元まで伸び、天に向けて数メートルの細く鋭い深紅の槍がグランドラム達を貫いた。
これはアデルの〈魔力凝固〉と〈魔力供給)を使った合わせ技の一つらしい。
ノーフェイスにも使った〈深紅の聖痕〉の応用技で、これは地面の力の流れ、地脈の通り道に自分の魔力を流し、敵の足元から攻撃する技だ。
生物の死角としては、上からの奇襲があげられるが、もう一つの死角は足元だ。
しかし、土の魔法『アーススパイク』などは地面から盛り上がるような感覚が足の裏に伝わるため、避けようと思えば割と避けることが出来る。だが、アデルの使った〈深紅の長槍〉は、土を盛り上げず、魔力だけを固めて伸ばしたため、非常に回避が困難だ。少なくとも初見で避けるのは難しいな。
『エアプレッシャー』と〈深紅の長槍の強力な上下攻撃に、グランドラム達は成すすべもなく倒れていく。これで群れの半分は倒した。二十体分もあれば成果は十分だろう。
だが、肝心のレッドホーンはまだ健在だ。
グランドラムの希少種だけあって、レッドホーンは他のグランドラムと一線を画し、素早い動きで魔法を避けた。
体格も他のグランドラム達より一回り大きい五メートルはあるというのに、その巨体が飛び跳ねて避ける姿は正直驚いた。
配下を倒されたレッドホーンは、赤い角に電撃を纏わせていく。
何かするつもりだろうが、待ってやる理由は何処にもない。
〈震脚〉でレッドホーンの足元を揺るがし、ひるんだ隙に俺とアデルが間合いを詰める。
大きな地面の揺れにレッドホーンは倒れないように踏ん張るが、身動きが取れなくなったレッドホーンに俺とアデルの刃が食い込み切り裂いた。
X状に切り裂かれたレッドホーンは、帯電した電気を徐々に散らし、ゆっくりと倒れた。
後で聞いた話なんだが、レッドホーンはレールガンのような魔法を放つらしい。
一度見てみたかった気がするな。
「ボエエエ!」
「ボエエェッェエェ!」
自分たちの長が倒れる姿を見た他のグランドラム達は、我先にと逃げ出し、散り散りになって森の中に消えていく。
「ぎゃうっ!」
「クリスタ、待て。追わなくていい」
クリスタが追おうとするが、止める。
目的は達しているし、これ以上無意味に狩る必要はない。それにどうせこの森には多くの狩人がいるのだ。俺達がやらずとも、彼らが狩るだろう。混乱したグランドラムなんて絶好の獲物だからな。
俺達はグランドラム達を手早く手提げ袋の中に入れていく。
後に残されたのは、グランドラム達の血と魔法の痕跡だけだ。
これからこの湖は再び他の動物たちの憩いの場となるだろう。時間に余裕があるなら、ここで軽くピクニックや水浴びと行きたいが、そんな場合じゃないので我慢。
全員でクリスタに乗りこむと、駆け足で南門まで抜けて走る。
道中、俺達を狙おうとした参加者達とすれ違うが、俺達が乗っているのがドラゴンと知ると目を見開かせて道を開けた。流石にこれに挑むほど馬鹿じゃないらしい、賢明な判断だ。
森を抜け、草原を駆け抜けると南門が見えてきた。
南門の前でクリスタの速度を落とし、降りる。
すると、獣舎の担当者らしき獣人が俺達に近づいてきた。
「お疲れ様です。こちらのドラゴンはこちらでお預かりします」
「お願いします。クリスタ、いい子だからこの人のいう事を聞いて獣舎で待っててくれ」
「ぎゃうっ」
調理する場となるところには、クリスタは連れて行けないのでこうやって騎獣を使った参加者は預けることになっている。
クリスタは特に暴れることもなく、担当者のいう事を聞いて獣舎に向かっていった。
俺達は駆け足で、用意された野外調理場にたどり着くと、そこでは既に五パーティーが調理を始めていた。入り口では大きな包丁やハサミなど、解体道具を持った人達がいた。彼らが冒険者ギルドお抱えの解体員なのだろう。
「こちらの方にアイテムボックスの提出をお願いします。素材の買取などはどうなさいますか?」
「全ての毛皮とレッドホーンの角のみ、引き取らせてください」
「レッドホーン!? ま、まさかレッドホーンがいたのですか!?」
「はい。大体二十体くらいの群れを作っていたのを見つけ、倒しました」
「そ、それはまた大きな群れを……」
あの群れは大き目な群れだったようだ。驚くのもいいが、早く解体してくないかな。
「おい、早くこっちに回してくれ。後が閊えちまうといけねぇ」
「あ。申し訳ございません。では、毛皮とレッドホーンの角のみ引き取りですね」
「お願いします」
グランドラムの他に使える素材としては、腸や骨などだ。
骨は防具や武器の材料となるので、高値で取引される。腸はご存知の通りソーセージの材料だ。肉食な獣人達にとっては欠かす事の出来ない素材だろう。
目の前で解体される手際の良さに、思わず見とれてしまう。
あっと言う間に毛皮を剥ぎ、毛皮の上で肉が解体されている。何が凄いかというと、台に置いて解体しているにも関わらず、台に血が一滴も零れていないのだ。すげぇ。
血抜きとか大丈夫かと思っていると、猫人族の男が杖を持ち、肉に魔法をかけていく。
すると、肉から血がするりと抜け落ち、専用の壺に溜まっていく。あれはどういう魔法なのだろうか。
「ヨーコ、あの魔法はどういう魔法かわかるか?」
「んー……水系統の魔法で、血にのみ対象を絞って取り出していると思う。結構綿密な操作が必要だから、戦闘では使えないけど血抜きの処理に使えるとは盲点だったわ」
水系統か。俺も練習すればできるかもしれないな。旅する中で調理していた肉は全て、血抜きの処理をしてから食べていたが、この魔法を覚えれば格段に血抜きの速度が上がる。
肉から血が抜き取られ、壺に布で厳重に封をされた。血も少額ながら買取となるようだ。何に使うんだ?
「血は何かに使うのですか?」
「はい。蚊型の蟲人族の主食でもありますし、栄養が豊富と話に聞きましたので乾燥させ家畜の餌や肥料に混ぜ込んだりしてます」
見たことないが蚊型とかいるのか……世界広いなー……。
しかし、家畜の餌にするとは良いアイディアだな。アタミでも試してみるか。
そんな事を思っていると、あっと言う間に三十五体分+レッドホーンが単なる肉の塊に変わった。一体から取れる肉の量は極めて多い。まさに肉の山が出来上がる。
レッドホーンの肉は、他の肉と比べて赤みが多いが、肉が柔らかい。
不安だった羊肉特有の香りもさほど感じない。ハーブや香辛料を混ぜれば何とかなる程度だ。
荷車に肉を載せてもらい、野外キッチンに向かう。
野外キッチンは木製だったが、石窯や水の魔晶石が入った水瓶、大きな鍋や鉄板などこの世界にしてはかなり設備が整っていた。
木製のキッチンも、頑丈な木材を使っているらしく、グランドラムの肉を載せてもびくともしない。
包丁も用意されていたが、俺が使うのは手になじんだ包丁『天下一品』だ。このどでかい肉の塊を裁くならこれが一番だ。
「正樹さん、それで何を作るんですか?」
「んー、ちょっと他の所とは品を変えて、ラム肉でポトフを作ろうかなと」
「ラム肉でポトフですか? 聞いたことはないけど、美味しそうですね」
「以前食べたことあるが、中々美味しかったぞ」
「ほぅ……マサキがそういうのならば、さぞ美味しいんドあろうな。それで、マサキ。私達は何をすればいい?」
「アデルは鍋に水を入れて、お湯を作ってくれ。ヨーコはペトトとカロッテ(ニンジンに近いもの茶色い根菜)の皮を剥いて、大きめに乱切りを頼む。秋葉はツヴィーベル(玉ねぎのようなもの野菜。物凄く赤い)を薄切りにしてくれ」
「分かった」
「はいなー」
「判りました」
下ごしらえを手分けしておくと作業が楽だからな。作る料理は凝ったものではないが、手分けした方が楽だ。
ラム肉に包丁を差し込み、手早く切り分ける。この巨大な肉でも『天下一品』に掛かれば豆腐のように柔らかく切れる。
俺の料理スキルがカンストしている影響もあるのだろう。自分でも思った以上に早く、肉を切り分けることが出来た。これだけあれば十分か。
「マサキ、お湯が出来たぞ」
「ああ。まずはこれをさっと湯がいてっと……」
お湯が張った大鍋に骨付きのラム肉を入れ、下茹でをする。
この時に、灰汁が出るので丹念に取り除く。沸騰する度に、水をつぎ足し、灰汁がなくなるまで繰り返す。その間にアデルには、冷水を用意してもらった。
大量の肉の下茹でを終え、骨の部分を丁寧に冷水で洗う。確か、これを疎かにすると、スープが濁るって知り合いが言ってたな。
別の鍋に水を入れ、それに洗ったラム肉、ローリエ、熟してない程よい酸味のあるマスカットマト、森の中で採ったコリアンダーシードを入れる。これはパクチーと言った方が判りやすいか。それの種だ。パクチー本体より香りが少ないが、ラム肉との相性はいい。
ここでじっくりと煮込む。油と灰汁が出てくるので丹念に取り除き、灰汁が出なくなったら蓋をして二時間ほど煮込む。用意した鍋は寸胴鍋で三つもあるので、アクとりはヨーコと秋葉にも手伝ってもらった。
その間に、アデルにミントの微塵切りを頼む。無駄に〈魔力凝固〉で出来た包丁を作り出してミントを刻んでいく。そのスキル、そんな使い方する物じゃない気がするが……まぁいいか。衛生面的に良いし。
ラム肉は味に癖があるので、ミントは薬味として好みで入れてもらうようにする。
「あ、マサキ。ペトトとカロッテはまだいいのかしら?」
「それは後で入れるから大丈夫。それよりも、もう少し量を増やしておいてくれ。思ったより肉が多くなりそうだ」
「はいはーい」
「正樹さん、時間があるようなら、こっちの石窯でパンを焼こうと思ってますけど、どうでしょうか?」
石窯パンか。ポトフとパンの相性も抜群に良いし、作っておくのもいいな。
「そうだな。運営が用意してくれてるけど、焼き立てのパンを作るのもありか。秋葉、頼めるか?」
「はい。任せてくださいっ」
「なぁ……マサキ。私は次に何をすれば」
「あー……。もう特にやることがないから、のんびりしてていいぞ」
「むう……そうか」
アデルがしょんぼりしているが、仕方ない。俺が目指す料理はこんなものだからな。
他のパーティーを見てみると、同じように暇を持て余している参加者がちらほら。あ、入り口であったエルフの兄弟も戻ってきてるようだな。
秋葉は小麦粉をボウルに入れ、材料を入れて捏ね始める。親切な事に、パン酵母もしっかりと運営が用意してくれている。この準備の良さから見ると過去にも同じような事をした人がいるのかな?
そんなことを思いながら、じっくりコトコト煮込んでいく。
ここで〈時間短縮〉というスキルを使えば煮込み時間が短縮できる。が、今回は出来るだけスキルを使わずに行きたい。金を稼ぐのが目的じゃなく、祭りを楽しむのが目的だからな。
それに時間も十分ある。調理含めて第一予選の制限時間は昼までだ。
あと四時間もあれば余裕で間に合う。
今いる他のパーティーも、それに合わせた時間配分で来ている。
この時間になると、グランドラムを狩り終えたパーティーが次々と駆け込んでくる。
中には重傷を負って担架で運ばれた人もいるが、調理出来る仲間に後を託し、運ばれていく姿は戦場と大して変わらない。料理人にとってはここが戦場だしな。
ぐつぐつと煮込み続け、肉を一度ボウルに移し、残ったスープに下ごしらえが終わったペトト、カロッテ、ツヴィーベルを入れ、更に一時間煮込む。
じりじりと熱が俺達を照らす中、他のパーティーも料理が完成したようだ。
定番通りのラム肉のステーキ、スパイスを効かせたラムチョップ、単に塩をかけて焼いただけと思われる骨付き肉など、まさに肉三昧。
試食する審査員は、調理場に集まっている観客たちだ。一人一ポイントを持っており、後に来るほど不利になる。かといって、振る舞える量が少なければポイントもおのずと少なくなる。
「おーい、こっちにもステーキ回してくれー」
「分かった。ステーキ一枚追加ー!」
「おいおい! もうこれでラストだぞ!? 速すぎるだろ!」
「げっ!? マジか! マズったなぁ……」
現に、無駄にでかいステーキを作ってしまったパーティーなんてもう肉の量が尽きたようだ。デカイステーキ肉は巨漢の獣人達には好評だが、その分減るペースも早い。
「これ、あっちと味付け同じじゃない?」
「んぐ、確かに。こっちの方が柔らかいが味が同じじゃなぁ……」
「それに脂っこすぎてちょっと胃が……」
肉を焼くだけだと味付けも似通る。
それに脂っこい肉を食べ続けると、いくら肉好きの獣人達でも飽きてしまうのだ。野菜も取らないとどうしても飽きる。
だからこそ、俺はこのレシピを選んだ。そろそろ良いころ合いだな。
味見をしながら、塩コショウで味を調え、ラム肉のポトフが完成。
ラム肉のポトフ:上質のラム肉と野菜を煮込んだ温かい料理。野戦食として有効で、寒い日に食べれば身体の芯から温まる。STR+9 AGI+9 INT+2 命中+20% 攻撃力+20% 耐寒耐性
おろ、本来存在するレシピとは違った効果になってる。これは材料が原因だろうか。
「よし、いい味だ。アデル、ヨーコ、秋葉。器を持ってきてくれ」
俺の指示に、三人とも器を運んできた。それにポトフを注ぎ、料理を並べるテーブルへと配膳する。
「お待たせしました。ポトフ完成で「一つ頂くぜ! いやー、さっきからすげぇ良い匂いだったから、待ってたんだよ!」
俺の言葉にかぶせるように、料理を待っていた獣人がポトフをかっさらっていく。早えな。
「ほふほふ、おお。これはうめぇ! 肉も、他の所とは段違いでやわらけぇし、このペトトにも、んぐ、スープが染み込んで美味い! 何よりスープが絶品だ!」
見ていてこっちが嬉しくなるほど、美味そうに食べてくれる。
道具の都合上、ソーセージを作れなかったのが非常に残念だったが、気に入ってくれたようだ。
彼に触発されたように、次々と俺達のテーブルに人が殺到し始める。
「はふほふ、肉が柔らかくて助かるのぅ。これなら儂でも十分食えるわい」
「それに、脂っこくないのが良いわ。焼き立てのパンも、うん。美味しい」
「羊肉って独特の癖があるから苦手だけど、あぐ。ミントを入れたら臭みが消えて美味いな」
「こう、ホッとする味で落ち着くぜぇ……実家の母ちゃんにも食わせてりてぇなぁ」
「……うむ、寒い夜に食ったら良さそうだ……酒と一緒に一杯……うむ」
老若男女、様々な人たちがポトフに舌鼓を打つ。
薬味としてミントを用意してたのも良かったようだ。
中にはチンピラっぽい奴が涙を流しながら食ったり、頬に傷を持つ猿頭族の戦士が深く頷きながら食べていた。闘技部門の参加者だろうか?
まぁ、そんな事気にしてる余裕もうないけどな!
「アデル、器をもっと持ってきてー!」
「わ、わかった!」
「はい! 料理はまだありますので、一列に並んでくださーい」
思った以上に人が来過ぎて、配膳するので忙しい。かなり多めに作っていたとはいえ、みるみるうちにポトフが減っていく。
寸胴鍋が一つ消え、二つ消え、あっという間に三つの鍋が空になる。
「これでラスト!」
「はい。熱いので落ち着いて食べてくださいね」
「ありがとう。おねえちゃん」
最後の一人は子供だったようだ。おねえちゃんと言われた秋葉が嬉しそうに笑みを浮かべながら手を振って見送る。
「さてさて、喜んでくれたようだが、成果の方はどうなんだろうな」
「……大丈夫じゃないかしら? ほら」
ヨーコの指さす先には、票を入れる籠があった。その中には山盛りになった木札が入っていた。
ちょっと変わり種のメニューにしたが……やり過ぎた?
「正樹さん、自分の料理スキルの事……一度自覚した方が良いと思いますよ。お城で飲んだスープよりおいしいですよ。これ」
秋葉が残ったスープを小皿に取り、味見をしていた。
久々の料理ってことで、料理スキルが及ぼす影響を忘れてた。スキルが高いだけで、味が良くなるんだよ。しかも、今回は丁寧に灰汁を取った事により、スープ自体が宝石のように輝いてたし。
「それで、マサキー。当然、私達の分は残ってるのよね?」
「当然。今出すよ」
小鍋に残していた俺達分のポトフを器に移し、遅めとなった昼食をとる。
その間にも、調理を終えたパーティー、今から料理を開始するパーティーまでいた。
秋葉の焼いたパンも絶品だ。バターが効いていて美味い。
思った以上に肉が余ってしまったが、これは持ち帰ったり、後の予選や本線で使う事も出来る。結局レッドホーンの肉は使わずじまいだった。
〆に用意された食材を使って簡易的なハーブティーを入れ、寛いでいると『そこまでです! 調理の腕を止めて下さい!』と司会の声が響いた。
兎の門第一予選が終了だ。
俺達のように調理を終え、疲れた様子で休んでいる所が約半分、今だ調理中だった所、狩りから戻ってきていないパーティーもいた。
必死になって狩って来たのに、調理場に来た途端に終了の合図を出され、入り口で崩れ落ちたパーティーもいた。
予選通過は申し込みする時に書いたパーティー名で呼ばれる。俺達の場合は『円卓』だ。
『第二予選進出が決まったのは、遥々遠くのランド大陸から来たマサキ選手率いる『円卓』。こちらはお馴染みの常連で、実力も料理の腕前も結婚の申し込みも多いイル選手率いる『ミーティア』。正直妬ましいです!』
おい、司会。本音漏れてるぞ。
イル達の方を見てみると、気恥ずかしそうに頬を掻いていた。ドワーフの子は寝てる。
第一予選兎の門、結果は俺達がイル達に百枚差をつけて予選トップ通過だ。
この炎天下の中でポトフはいけるかなと不安だったが、この程度の暑さなら大丈夫らしい。
第二位は自転車で爆走していたイル達のシシカバブのような料理だ。甘辛い味付けで、野菜も多く入れてあっさり食べることが出来たのがポイントに繋がった模様。
アタミで色々と調味料を買い込めたのが大きいらしい。お買い上げ有難うございます。
『コホン失礼しました。続きまして、何と二人で予選を突破した美形のエルフの兄弟、クラウン選手率いる『ジェミニ』! こちらも常連、王を唸らせる料理は伊達じゃない! 肉と酒なら任せろ! ドワーフ族ドルガー選手率いる『シュミート』! 以上、四つのパーティーが第二次予選に進出です!!』
――オオオオォォォーーーーー!!
第三位は何とあのエルフ兄弟。作ったのは何とスペアリブだ。
非常に柔らかく仕上げ、肉好きにはたまらない一品だったようだ。くぅ、俺も食いたかったな。
第四位はドワーフ達の八人パーティー。最大人数の利を生かし、数多くのラムチョップを焼き上げここまで上り詰めたそうだ。味も良く、話に聞けばドワーフ王の専属料理人達らしい。調理部門上位の常連だそうだ。
『無事第二次予選に進出で来た方々、惜しくも予選敗退してしまった方々も、お疲れさまでした! 第二次予選は明日、正午から行われます。それまで英気を養ってください。集合場所は――』
熱気あふれる中、こうして第一予選無事終えることが出来た。
ふぅっと息を吐き、気を抜く。この大舞台に無意識に気を張っていたようだ。
「まさか貴殿に負けるとは思わなかった。予選第一位突破、おめでとう」
声を掛けてきたのはイルだ。この暑さで汗を掻いているが、さほど疲れた様子もない。流石は冒険者って所か。
「そっちもおめでとう。しかし、驚いたぞ。まさか自転車を使うなんて」
「高い金を出して買ったものだからな。活用するのは当然だ。確か……あれは貴殿達の発明だったか。とてもいい買い物だった。お陰で獣王祭にも間に合ったからな」
「それで聞きたいんだが……、よく間に合ったな? 船旅で一ヵ月はかかるだろ?」
「隣国に『妖精の抜け道』があってな。その先が獣王国に通じているのだ。そこに向かう時間も自転車で短縮することが出来たのは重畳だった」
お隣さんの国にあったのか。
俺の領地に接する国は二つあり、片方は穏やかな土地柄で、水が綺麗なリンデーン国。もう一つが鉱山資源が豊富だが、やせた土地柄で食料を輸入に頼っているクリフケイヴ共和国だ。
両国ともアタミとの関係は今の所は良好。帝国との一戦でセントドラグ王国と同盟を結んだ国々で、彼女たちはリンデーン国にある『妖精の抜け道』を通って来たらしい。
確か、あそこはヨーコがエクスマイザーで樹海を強引に切り開き石畳の街道を作ったな。
自転車なら手早く行けるだろう。
因みによくある国境の問題だが、リンデーン国の周囲は樹海で覆われており、陸の孤島と化していた。他国に行くためには道なき樹海を抜けるか、船を使うかの二択だった。
樹海の開拓は向こうとしても願ったり叶ったりだったようで、リンデーン国王から物凄く感謝された。樹海を切り開き、交易路の開拓は国の運命を左右する国家事業だったようだ。
それでも一応、国境沿いの砦には竜馬が鍛え上げた兵士が在住し交易路と樹海を監視している。
どれほどいい面をしても油断してはいけない。
近ければ近いほど利害が衝突し、敵になるのだから。同盟結んでいても油断は禁物ってことだ。
話が脱線したので戻す。リンデーン国にあったのなら、獣王祭に間に合った理由も納得だ。
「まぁ、十分活用しているようで、俺達としても作った甲斐があったな。秋葉」
「はい。それでちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんだ?」
「自転車に乗って何か不便な所や気づいた所があったら教えてほしいんですけど……」
ああ。作り手としては、実際に乗ってみての感想とか気づいた点とか気になるもんな。竜馬とかよく住民に聞いて回ってるのを見たことがある。
「そうだな。軽いし強度は良いが、ゴブリンを轢いた時に自転車が揺らぐのが問題だな」
「そもそもゴブリンを轢かないでください」
人身事故ならぬ、ゴブ身事故が起きてた。安全運転第一でお願いします。
一応問題点としては、更なる耐久力の上昇と、跳ねた時に自身に掛かる衝撃を軽減してほしいとの事だ。
こういう第三者からの意見は凄く助かるな。
あと、ドワーフの子から乗り慣れるまで何度も転んでしまうので、何か乗るためにサポートできる道具が欲しいという意見も出た。補助輪作るか……。
「この後、皆で飲みに行くつもりだが、貴殿達もどうだ?」
「そうだな。たまには他の冒険者の話も聞いてみたいし、皆もいいよな?」
「ああ。マサキが良いなら私も構わない」
「私もおっけーよ。たまには酒場でぱーっと騒ぐのもいいわね」
「私も大丈夫です。お酒はまだ苦手ですけど……、宴会の場は好きですので」
「なら、私が贔屓している店を紹介しよう。そこのジュワ鳥の煮込みは絶品だぞ」
「それは楽しみだ」
こうして、無事第一次予選を突破した俺達は、イル達に誘われ、お勧めの酒場まで足を進める。
あ、そうそう。闘技部門だが、シーザー、ネメアーと聡さんは余裕で予選突破。
特に聡さんの試合は人族で唯一素手だったこともあり、一斉に血気盛んな獣人達に全方位から襲い掛かられた。しかし、〈千乃雷〉一発で吹き飛ばし、巻き添えで大多数の選手が場外落ち。残った選手も戦意喪失、たった一発の技を打ち込んだだけで予選突破してしまったそうだ。
闘技部門歴代史上、最短記録を打ち立ててしまったらしい。大人げないというか容赦ねぇ。
感想、評価ポイントを頂けるとモチベーションの維持に繋がり大変ありがたいです。
日曜0時にアップしようと思っていたら、予約をミスってました。orz
正樹の作った料理はラム肉のポトフでした。これからもっと寒くなる時期にはありがたいメニューですね。しかし、最近は野菜がマジで高い。鍋がし辛い……。
肩こりの件ですが、生体よりも指圧や按摩が良いとお教えいただいたので今度休みの日にでも行ってみます。




