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【ショートストーリー】そのパスタ、毒入り?

作者: 篠原明雄

「パスタを作ってみたの!」


 少年の家のテラスに、一人の少女が走って来た。少年――錫村みなとはガラスのテーブルにアイスコーヒーを置き、オープンカフェ気分を味わいながら読書をしていた。

 まだ晩春、成長途中の植木鉢をまたぎながら、彼女――碧山へきるはそう言った。

 右手には、湯気立つお皿。湯気にのってほんのりとにんにくが香る。


「へえ、おいしそうじゃないか」


 みなとの方はあまり興味がないような様子ではあったが、食欲をそそる香りに鼻の頭がぴくぴくと動いていた。


「そうでしょ、自信作なんだ」

「この匂いは……きのこ? でもエリンギやシイタケとはちょっと違うね」


 みなとの問いかけで、へきるは目を丸くした。

 自分では隠し味のつもりだった食材をずばりと当てられてしまったからだ。


「どうして分かったの?」

「どうしても何も、匂いで分かるだろ。それもかなり匂いの強い種類じゃないか」

「うん、名前はよく知らないんだけどね、とっても美味しいらしいの!」


 みなとは、へきるがどういう性格なのかよく知っていた。

 天然と言ってしまえば可愛らしいが、言ってしまえばアホの子だ。だから名前を知らない食材というのが一体何か、本人も知らない。

 この後に来る言葉は簡単に予想ができる。ゆえに、この美味しそうな匂いの正体を突き止める必要があった。


「味見……だろ? でも何が入ってるか分からないんじゃ怖くて食べられないぞ」

「そう、味見して欲しかったんだ! でもね、何が入っているか分からないわけじゃないよ」


 へきるはパスタをガラス張りのテーブルに置き、両手を一杯に広げて主張した。少年はへきるのそういう仕草が、自分の正当性を主張しているものだと知っていた。

 思わずため息をつき、返す。


「じゃあ、何が入っているんだ?」


 こう訊ねて欲しいに決まっている。


「赤と白の斑点でね……、おじいちゃん家の裏の森に自生していた……」

「おい、ちょっと待ってくれ」

「へ? 何で?」

「とぼけた口調で言うんじゃない。それってどう見ても毒キノコの見た目じゃないか」


 みなとはおもむろにスマートフォンを取り出し、『毒キノコ』と検索をかけた。検索結果の一番上には、へきるの言った特徴のきのこが表示されていた。


「うん、知ってるよ」

「知ってるの? それで僕に食べさせようとしたわけ? そもそも料理に使うものじゃないよね」

「毒はあるみたいなんだけど、昔テレビで見たことがあるの。このキノコはとても美味しい――って。味が分かるってことは、誰かが食べたってことでしょ?」

「食べてから『おいしい』って言って毒死した可能性もあるじゃないか」

「あ、そっか」


 みなとはとぼけた調子で舌を出すへきるに向かって、二度目のため息をついた。

 彼女の方は反対に、目からウロコという状態だった。


「それで、一応聞いておくけど量は? このキノコは一本分が致死量だそうだけど……?」

「ちょうど一本だよ」

「それじゃ絶対死ぬじゃないか!」


 彼が大きな声を出すと、パスタの湯気はさらに震えた。


「あ、ちょっと冷めちゃうよ」

「食えるかっ!」

「でもね、本当にいいダシが出るって言ってたんだよ。だからぜひ食べて欲しいんだ」

「いや、だから食べたら死ぬじゃん。ていうかさ、自分で味見はしないわけ?」

「だって、こういうのって贔屓しちゃうでしょ? 人からの評価を聞きたくって」


 へきるは何の疑問さえ持たなそうな目で、みなとを見つめていた。

 高校二年生になる少女とは思えない、生まれたての子犬のようなつぶらな瞳だ。


「ね、お願い?」


 へきるはダメ押しといった調子で首を傾けた。

 しかしみなとは、この瞳を占める成分のほとんどが好奇心であると知っていたのだ。


「い、や、だ! 絶対に嫌だ」

「でも本当に毒があるかまだ分からないよ? 火を通したから毒の成分がなくなっているかもしれないし」

「確かにそういう毒はあるらしいけど、あのキノコの毒がそうとは限らないだろ」

「えー、でもせっかく作ったのにぃ」

「そもそも毒入りパスタなんて作るなよ。まさか君、致死量が一本分だからってパスタ半分だけなら大丈夫って思ってるんじゃないの?」

「え、駄目なの?」


 みなとは自分の頭を右手で抱え、視線を落とした。ため息すらも出て来なかったのだ。

 へきるは純粋で一直線。そしてかなりのアホだ。

 彼女は自分が死んで欲しいと思っているはずがない。少年にはその自覚があった。濁りない気持ちで、美味しいかもしれないパスタを勧めているだけなのだ。


「致死量の半分でも食べたらお腹を壊したり……、そういうことがあるかもしれないだろ」

「それって、みなとくんが風邪引いちゃうってこと?」

「風邪を引くかは分からないけど、とにかく致死量になるまで何も起こらないわけじゃない。分かった?」

「う、うん。みなとくんが体を壊しちゃ、いやだもん。今度は毒のない食材で、あっと驚かせてあげるね」

「いや、普通に味で驚かせてくれよ……」


 苦笑いには、みなとがもう毒入りパスタを食べなくていいという安心感も混じっていた。

 彼が読者に戻ろうとした傍らで、へきるはパスタを植木鉢の中に放り込んでいた。


「お、おい何してるんだっ」

「えっ……だっとパスタってほとんど植物から出来てるから、美味しいかなって」

「小麦にオリーブ、にんにくにアスパラ、キノコもそうか……はぁ……。まあいいや、上から土をかけて匂いが充満しないようにだけしておこう」


 大きな問題があると、小さな問題が気にならなくなる。

 みなとは文庫本にしおりを挟んで、園芸用品を取りに行くのだった。




「みなと、ごめん……」

「どうしたんだ?」


 へきるは弱々しい声を出しながら、植木鉢を指差した。

 視線の先には、分厚い緑のカーテンができていた。説明するまでもない、あの植木鉢から伸びた植物がさっきまでの数十倍に成長していたのだ。


「何か増えた」


 元通りになるまで、三日間はかかったという……。


読了ありがとうございました。

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