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ロディール国とボルネア国の国境沿いに在る名も無き村々は、或いは誰にも守られずに滅び、或いは何某かの加護を得て日常を過ごしていた。彼らの運命が分かたれたのは、守り人が気まぐれだったためではなかった。ただ単に、物理的な制限を受けていたためだった。
即ち、村々を護る者はたった独りだったのだ。
彼は草原や森に潜んで敵を待ち続けた。或る日はただ平穏に過ごし、或る日は複数の部隊を迎撃した。いつも、いつでも、戦いに備えていた。いつだって、ボルネア軍の人間を殺すことを求めていた。父を、母を、妹を殺した者たちに報いを受けさせることを望んだ。
ざっざっざっ。
遠くから軍靴の足音が響いてきた。規則的に迫ってくるその音は、もはや耳慣れてしまっていた。
ボルネア軍歩兵隊の行進だった。
「……来やがったか。ボルネアの糞共め」
その日も、復讐の結果としての守り人――ルーヴァンス=グレイは独りごちて、背の高い草原に紛れたまま腰から凶刃を取り出した。その刃で戦場に向かうわけではない。彼はその刃を自身へと向けた。
ピッ。
十三歳の少年はナイフで右手の人差し指を傷つけた。そして、指から滴り落ちる血を左の手の平に押しつけて、手慣れた様子で図形を描いた。紅き六芒星を描いた。
「……アルマース……」
ルーヴァンスは左手を前にかざし、悪魔の名を呼んだ。
しばらくは沈黙が続いた。
しかし、直ぐに幼い声が呼びかけに応えた。声はルーヴァンスの頭の中にだけ響いた。
『ルーヴァンス。気をつけろ』
唐突な警告だった。
しかし、当のルーヴァンスは聞き入れる気が全く無かった。迫って来る隊列へと殺意を向け続けた。
「何だ? 藪から棒に。んなことより、いつも通りに奴らをぶっ殺すぞ」




