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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
4.魔に惑いし者の盲進
92/186

4-11

 コルヴェント家において使用人は物と同等だった。壊れれば代わりを。先々代や先代の主も、当代の主も、そう考えていた。

 それゆえ、使用人の一人、アリア=カルエもまた消耗品のように扱われた。毎夜、当主ソルゾード=コルヴェントの夜伽を命じられていた。ただ体を重ねるだけならばまだいい。避妊などに頓着しないのは当たり前で、それどころか、強い媚薬を嗅がせたり、殴ったり、足蹴にしたり、鞭で叩いたり。ソルゾードの寝室は肉欲と暴力に満ちていた。

 その日もアリアは当主の寝室に呼び出された。彼女はふわふわのベッドに腰掛けながら思う。

(アタシたちの部屋のベッドは硬くて冷たくて…… こんな上等の羽毛布団にくるまって横になれる機会は、普通ならきっと一生ない。アタシは幸運なんだ)

 間違いなく強がりだった。十六歳のアリアが四十過ぎの脂ぎった中年に毎夜抱かれて、幸せだなどと心の底から信じられるはずがなかった。

 けれど、そうとでも思わなければ生きていられなかった。全てを恨んで自ら命を絶つしかなかった。だから、彼女は前を向いて人の世を恨むことなどなかった。どんなことがあっても明るく前向きに生きると誓った。戦争で死んでいった両親の分も生きると誓った。

「アリア」

 しゃがれた声が部屋に響いた。前髪の禿げ上がった眼つきの悪い中年男性が、だらしのない裸を隠すこともなくベッドに歩み寄って来た。

「ご当主さま……」

 嫌な顔はしない。本心はどうあれ笑顔で迎える。喜んでいるように。心待ちにしていたかのように。

 ソルゾードは最近、アリアのそのような態度が気に入らなかった。破瓜の時にはあれ程嫌がっていた。それ以降も同様だった。しかし、何時からかいっそ楽しそうに身体を差し出した。快楽に堕ちたわけではない。そういう眼ではない。そういう表情ではない。性欲のはけ口である使用人のくせに――只の物のくせに、希望を信じるかのように瞳を光らせている。

 コルヴェント家当主はそのことが全くもって気に入らなかった。

 だから――

 ぐっ!

「――ッ! ――ッ!」

 声にならない声を上げ、アリアが瞳を見開いた。ソルゾードの背に爪を立ててもがく。瞳も表情も苦しみに歪んでいた。絶望に染まっていた。一抹の輝きさえも陰った。

「その顔、いいぞぉ! 苦しいか! 辛いか! 貴様らは俺の所有物なのだ! 俺の許可なく笑うな! 望むな!」

「――――――――――ッ!」

 アリアは必死で酸素を求める。しかし、絞められた気道から漏れ入るのは極々薄い空気でしかない。

「いい! 締りだなぁ! まるで生娘のようではないかッ!」

 腕に力を込めて、涎を垂らして、腰を豚のように醜く振って、振って、振って、振って、振って……

 いつの間にかソルゾードの下には冷たい骸があった。ベッドの縁に白い腕がだらりと下がっていた。

 冷たくなってしまった物の中に欲望をぶちまけて、ソルゾード=コルヴェントはゆっくりと腰を引いた。

「ふん。壊れたか」

 コルヴェント家において使用人は物と同等だった。壊れれば地下に捨てられた。その日もひとつ……

 それは珍しいことでは決してなく、少女の悲劇は、只の消耗でしかなかった。


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