1-8
「ルーせんせえって、神父さまと仲悪いよね」
大聖堂から遠く離れ、アントニウス邸が近づいてきた頃、ヘリオスがつい先ほど見たままを口にした。
苦笑して、ルーヴァンスが肩をすくめる。
「仲が悪い、というほどのことはありませんよ。まあ、積極的に仲良くしたいわけでもありませんが……」
「そーゆーのを『仲悪い』って言うんだと思うけど…… まあ、悪魔学講師と神父さまの組み合わせじゃ、仕方ないのかな?」
確かに、良好な関係を築きづらい二者であろう。
弟の言葉に、姉が焦ったように言葉を紡ぐ。
「で、でも、ヴァン先生は古代悪魔学を教えているだけで、悪魔崇拝者ではないのですし、必ずしもイルハード正教会と対立するわけではありませんよね?」
そういうセレネは――アントニウス家の子女は、イルハード正教会の信徒である。かの変態塾講師がイルハード正教会を認めないというならば、彼女としては恋心と信心という、人生において大切な二つの想いを天秤にかけねばならない。
しかし、そうはならなかった。彼の者は信仰の全てを否定するわけではなかった。
「ええ、それは勿論。人にとって信仰は重要ですから」
にっこりと微笑んで、ルーヴァンスが先を続ける。
「ただ単に、パドルさん個人が嫌いなだけですよ。どうにも気に入りません」
いっそ清々しい程の、はっきりとした拒絶だ。
「すっごい笑顔で言うことかな…… まあ、オレは何となく分かるけど。最近のパドル神父さま、ちょっとヤな感じがするんだよね。胡散臭いっていうかさ。この前までそんなことなかったんだけど」
アントニウス家の第二子がしみじみと言った。正直と言えば聞こえがいいが、ただの考えなしの発言だろう。
セレネが眉をひそめる。
「……ヘリィ。発言に気をつけてって、さっきも言ったよね?」
ギロリと姉に睨まれて、ヘリオスが肩をすくめた。
彼は、ごめんごめん、と軽く謝ってから、ふわあっと大きくあくびをする。
「あーあ、つかれた。町の中もピリピリしてて気疲れするや。はやく解決して欲しいよ」
哀しげに紅い瞳を伏せた。
セレネもまた、金の髪を指先でくるりくるりといじりつつ、ため息をつく。
「その意見にはボクも同意するわ。町民の皆さんには笑顔で過ごして貰いたいもの」
鮮やかなルピーの瞳に陰が差した。彼女は、隠れるように家の中へと向かう町民を見つめる。
皆が皆、どこか怯えるように夜を避けている。
同じように、活気のない町民を目にして、金の瞳がやはり陰る。
「そうですね。やはり平和が一番です」
小さく息をつくルーヴァンス。彼はそうしてから、更に言葉を続ける。表情は真剣そのものだ。
「毎日が不安と絶望に染まっているなど、冗談ではありません」
「ヴァン先生……」
セレネが手を組んで祈るようにしている。まるで、ルーヴァンスが暗雲を晴らしてくれる救世主であるかのように、期待を込めて見つめている。
しかし当然、その期待は裏切られる。
「女児が何の心配もなく道を駆け回れるような平和が、何の憂いもなく幼女を愛でられる平穏な時が、早く戻ってきてくれるとよいのですが……」
拳に力を込めて、変態がしみじみと呟いた。
平穏な時が戻るということは、彼が性癖を満足させやすくなるということだ。それは、親御さんにとって紛うことなき脅威であろう。
「いや。その平和が訪れたら、別な意味で心配だよ」
常識的な意見が、アントニウス家長男の口からこぼれた。
ある意味で論じるならば、リストールの町は常に不安と共に在ると言っていい。