表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
4.魔に惑いし者の盲進
86/186

4-5

「ティアはどうしました?」

 その問いを受けて、セレネはほんの少しだけ不機嫌になった。頬を膨らまして視線を下げた。

 しかし、直ぐに視線を上げてニッコリと微笑んだ。きっとルーヴァンスに他意はない。そう判断した。

「すっごく眠かったみたいで、あんまり話す時間もなくボクと入れ替わりに寝ちゃいました。やっぱり子供だから、徹夜は辛いんじゃないでしょうか?」

 実年齢は八十歳ていどとのことではあるが、身体の大きさが子供のそれであれば、蓄えられるエネルギーも少ないのだろう。セレネはぼんやりと、そのようなことを考えていた。

 一方で、ルーヴァンスはそろそろと足音を立てずに廊下に這い出た。

 ぱたん。

 扉を静かに閉めて、なおも、抜き足、差し足、忍び足、と廊下を行く。

「ヴァン先生?」

「しっ。セレネくん。ティアが起きてしまったら大変です」

「はあ……」

 言っていることはごもっともなのだが、セレネの部屋の扉へと向かう意味は分からない。

「あの、何をなさっているのですか?」

 セレネの疑問に対して、ルーヴァンスは振り返り眩い笑みを浮かべた。

「キュートな女児の寝顔を見逃す手はありません。あわよくば目覚めのキスを桜色のほっぺたに――」

 バッチーン!

 鋭い音がアントニウス邸に響き渡った。

「ヴァン先生のバカ!」

 先ほどとは違い、セレネは目に見えて不機嫌になった。顔を真っ赤にしてぷくっと頬を膨らまし、瞳を吊り上げている。

「もう! ご飯、行きますよ!」

「……は、はい。セレネくん」

 赤くなった左頬をさすりながら、ルーヴァンスが首を傾げた。何故叩かれたのかさっぱり分からない、といった表情だった。

 先を行く少女の背中を見つめ、思案する。

(何を怒っているんだ? 先ほどの僕の行動から考えるに…… ああ、勝手に部屋に入ろうとしたからかな)

 彼はその予想が事実だろうという、頓珍漢な結論に達した。そして、頬に真っ赤な紅葉を拵えたままで、にっこりと微笑んだ。

「すみません、セレネくん。次からはひとこと断りますね」

「いやいやいやいや! 断ってもダメですよ!」

 未来の犯罪を慌てて止めるセレネ。

 ルーヴァンスが寝顔を見るだけで済ますのか、ほっぺチューをするのか、はたまたそれ以上の変態行為に走るのか。それは定かではない。しかし、いずれにしても止めねばならない。彼に想いを寄せる乙女として。

「あれ? 断っても駄目ですか? えーとそれでは、セレネくんにティアを運んでいただいて――」

「駄・目・で・す! ボクの目が黒いうちはぜえったいに駄目っ!」

「そんなご無体な……!」

「こっちの台詞ですうっ!」

 類稀なる変態と涙目の乙女の攻防が始まった。

 そのようなかみ合っているようでかみ合っていない不毛な会話が、朝食の席へ至るまで続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ