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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
4.魔に惑いし者の盲進
84/186

4-3

 ちゅんちゅん。

 朝陽が地平線から顔を出して窓から差し込む頃合い、小鳥たちのさえずりもまた耳朶に届いた。

「うーん」

 セレネ=アントニウスは差し込む陽の光から逃れるように、頭から布団に潜り込んだ。そうしながら、頬を緩めてだらしなく笑んでいた。

(初めてヴァン先生と会った時の夢だなんて、幸せ…… 今のヴァン先生は勿論かっこいいけど、あの頃のヴァン先生もニヒルで素敵…… もっかい……)

 彼女はベッドの上で身体を丸めて、まぶたをトロンと落とし、再び夢の世界へと旅立とうと努めた。懸命に、朝への反逆を試みた。

 心地良い枕と布団の感触を手放す気は全くないらしい。

 ようよう、彼女は寝息をすやすやと立て始める。けだるい朝の怠惰をむさぼる。

 しかし、そのような暴挙を許さぬ者がいた。

「とっとと起きろです!」

 げしっ!

 精霊さまが声を荒げて、横たわる人の子の身体を勢いよく足蹴にした。

 そこまでされると、さすがにセレネも起きざるを得なかった。

「んー? アリスちゃん?」

「目ぇ覚めたですか?」

「……うん。覚めた。覚めさせられた。おはようございます」

「おはようですよ」

 むっくと身を起こしたセレネの身体から、ティアリスは無情にも布団をはぎ取った。

「あ、ああ…… もう寝ないので、せめてもう少しお布団の素晴らしい感触を……」

 往生際の悪い言葉が紡がれた。

 しかし、憐れな人の子に慈悲が与えられることはなかった。

「ちっ。やかましいです。とっととそっから下りやがれですよ、このクソ虫」

 ティアリスは、朝の幸福な時を邪魔された人の子よりもなお不機嫌な顔を携え、ベッドに腰掛けているセレネを睥睨した。その様子は、世界の全てを呪っているかの如くであった。

 少女はねぼけ眼をぱちくりと瞬かせ、寝癖のついた髪を梳いた。ここまで恨みがましい視線を投げられては抵抗する気も起きない。素直にベッドから下りた。

 すると、代わって精霊さまがささっとベッドに横たわった。

「じゃ、おやすみなさいです」

「えっ、あの……」

 すぅすぅ。

 一秒と経たず直ぐに、可愛らしい寝息が部屋を満たした。

 そこでようやくセレネは思い出した。ティアリスが夜の闇からこの屋敷を守っていてくれたことを。

 光が溢れる朝を迎え、闇の出番は減るという。それゆえの戦士の休息なのだろう。

 少なくとも見た目はとても幼い精霊さまが、夜通し頑張ってくれていた事実は、目頭を熱くさせた。

 セレネは目尻の涙を人差し指で払い、思わず祈りの姿勢をとった。

「ありがとうございます、アリスちゃん。本当に本当に、ご苦労さま」


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