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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
4.魔に惑いし者の盲進
83/186

4-2

 いつまで経っても黙り込んでいるルーヴァンスを瞳に映して、女児が訝る。

「ルーちゃんくん?」

「あ?」

 奇妙な呼びかけと共に、セレネが可愛らしく小首を傾げた。

 彼女は銀髪の少年について、父母より少なからず情報を得ていた。父からは彼の年が十四であることを。母からは彼が『ルーちゃん』という名であることを。

 しかし、母の情報は若干ながら間違っていた。

 ルーヴァンスはしかめっ面のままで肩を竦め、セレネの母ミッシェル=アントニウスののほほんとした笑顔を思い浮かべて舌打ちした。人の名前くらい正確に教授して欲しいものだ、と。

「ルーヴァンスだ。ルーヴァンス=グレイ。ルーちゃんくんなんてよく分からん呼び方は止めろ」

「ルーヴァンスくん?」

 大分マシになった。

 女児は頬を両手で覆い、何度もルーヴァンスの名をくりかえした。

「ルーヴァンスくん。ルーくん。ヴァンスくん。ヴァンくん」

 いくつかの候補を経て、彼女はその内のひとつを気に入ったらしい。

 ぽんっと手を打って大輪の花を咲かせた。

「ヴァンくん! ヴァンくんはおひまですか?」

 ニコニコと微笑んでセレネは、ヴァンくん、ヴァンくんと連呼した。

(ちっ。うっぜーな……)

 ルーヴァンスは鬱陶しそうに息をつき、女児のおでこをツンと押した。

 ころん。

 後ろ向きにでんぐり返ったセレネが、地面にぺたりと座り込んだ。きょとんとした表情を浮かべて、大きくつぶらな瞳を二度、三度とまたたかせた。

 そして――

「あはっ。きゃはは!」

 きゃっきゃと楽しそうに笑い出した。

「ヴァンくん! ヴァンくん! もっかいおねがいします、もっかい! そーだ! ヘリィもいっしょに――あ、ヘリィっていうのはボクのおとーとでですね、それでね!」

 幼き者が懸命に言葉を操る様は、人の心に穏やかな気持ちをもたらした。

 それは、戦争を経て荒んでしまったルーヴァンスの心にも、多少なりとも有効だった。女児の一挙手一投足が、彼の亡くなった妹――メイファ=グレイを彷彿とさせたのだろう。

 抜本的な救いとまではいかなかった。けれど、少なくとも今を生きる気力を与えてくれた。

 ほんの僅かなきっかけが彼には必要だったのだ。

「ったく、うるせーガキだぜ」

 ルーヴァンス=グレイは口の端を持ち上げ、小さく笑った。


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