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いつまで経っても黙り込んでいるルーヴァンスを瞳に映して、女児が訝る。
「ルーちゃんくん?」
「あ?」
奇妙な呼びかけと共に、セレネが可愛らしく小首を傾げた。
彼女は銀髪の少年について、父母より少なからず情報を得ていた。父からは彼の年が十四であることを。母からは彼が『ルーちゃん』という名であることを。
しかし、母の情報は若干ながら間違っていた。
ルーヴァンスはしかめっ面のままで肩を竦め、セレネの母ミッシェル=アントニウスののほほんとした笑顔を思い浮かべて舌打ちした。人の名前くらい正確に教授して欲しいものだ、と。
「ルーヴァンスだ。ルーヴァンス=グレイ。ルーちゃんくんなんてよく分からん呼び方は止めろ」
「ルーヴァンスくん?」
大分マシになった。
女児は頬を両手で覆い、何度もルーヴァンスの名をくりかえした。
「ルーヴァンスくん。ルーくん。ヴァンスくん。ヴァンくん」
いくつかの候補を経て、彼女はその内のひとつを気に入ったらしい。
ぽんっと手を打って大輪の花を咲かせた。
「ヴァンくん! ヴァンくんはおひまですか?」
ニコニコと微笑んでセレネは、ヴァンくん、ヴァンくんと連呼した。
(ちっ。うっぜーな……)
ルーヴァンスは鬱陶しそうに息をつき、女児のおでこをツンと押した。
ころん。
後ろ向きにでんぐり返ったセレネが、地面にぺたりと座り込んだ。きょとんとした表情を浮かべて、大きくつぶらな瞳を二度、三度とまたたかせた。
そして――
「あはっ。きゃはは!」
きゃっきゃと楽しそうに笑い出した。
「ヴァンくん! ヴァンくん! もっかいおねがいします、もっかい! そーだ! ヘリィもいっしょに――あ、ヘリィっていうのはボクのおとーとでですね、それでね!」
幼き者が懸命に言葉を操る様は、人の心に穏やかな気持ちをもたらした。
それは、戦争を経て荒んでしまったルーヴァンスの心にも、多少なりとも有効だった。女児の一挙手一投足が、彼の亡くなった妹――メイファ=グレイを彷彿とさせたのだろう。
抜本的な救いとまではいかなかった。けれど、少なくとも今を生きる気力を与えてくれた。
ほんの僅かなきっかけが彼には必要だったのだ。
「ったく、うるせーガキだぜ」
ルーヴァンス=グレイは口の端を持ち上げ、小さく笑った。




