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ルーヴァンス=グレイ氏の事情を知っていれば、古代悪魔学講師として、あるいは、元サタニテイル術士として、リストール猟奇悪魔事件解決のために、ルーヴァンスに何かが出来たのではないかと、ヘリオスが疑問を覚えてしかるべきだった。
そのくせ、ヘリオスにはルーヴァンスがこれまで何かをしていたようには見えなかった。
彼のその考えはまさに的を射ていた。
「ええ。その通りです。僕には事件当初から出来ることが、間違いなくありました」
ルーヴァンスの素直な返答に、ヘリオスは面食らった。それから、ばつが悪そうに表情を曇らせた。
「あ、いや。言っとくけど、別に責めてるわけじゃないよ? 何て言うか、ただの疑問?」
ヘリオスが慌ただしく手を振った。今も必死に言葉を重ねている。
ルーヴァンスが手の平を突き出し、彼の口から飛び出る乱打をとめた。
「仮に責めているのだとしても構いません。仰る通りですから。僕は何もしませんでした。安穏と無意識に平和ボケしていたわけでなく、危機感を抱きながらも意識的に事件を無視していました」
そして、一人、二人、三人と人が死に、凄惨な事件が続いた。
「実際、悪魔が関わっているだろうことも、サタニテイル術士が――人が関わっているだろうことも、早い時点で予想していましたよ。確信までしたのは、五人目――エクマン先生のご遺体をこの目で見た時です。勿論、一人目、二人目の時点で行動を開始していれば、もっと早くに確信まで至ったでしょうね」
しかし、そうはしなかった。
「じゃあ、何で……」
「人界とはそういうものだと、そう理解しているからです」
人の意思や悪魔の意思や、ひょっとすれば世界自身の意思が、人界にさまざまな喜びと悲しみと、願いと怒りと、希望と絶望を生み出す。人が、悪魔が、そして、世界が望もうと望まなかろうと、そういうものなのだ。
人の世は人を呪っている。
「十年前、多くの者が争いを望まずに泣き叫ぼうとも、戦争は続きました。例え戦争が終わっても、善良な者も、そうでない者も、あるいは必然的に、あるいは偶発的に、死にました。あるいは事故で、あるいは殺人で、死にました。僕はそういう人の世を見てきました」
それは、リストールの町だけのことでなく、勿論、ロディール国だけのことでもなく、ひょっとすれば、人界だけのことでもない。
魔界も精霊界も、神が創った世界は、いずれも壊れているのかもしれない。
「神がそのように世界を創ったのだと、そう理解しているからこそ、僕は、事件の解決になんて、これっぽっちも興味がありませんでした。なるようになるだけだと、そう考えてね。例え、誰がどうなろうと。そして例え、僕自身がどうなろうと」
何が起ころうともそれが世界だと、彼はそう信じてしまった。




