3-20
パタン。
「あの、アリスちゃん? もう少しヴァン先生と仲良くしてもよいのではありませんか? ほら、トリニテイル術って仲良しでいることも大事なんでしょう? なら――」
自室に戻って直ぐ、セレネが言った。
ティアリスはベッドに移動してポンッと軽やかに座った。黒髪をばさりと払って少女に空色の瞳を向け、小さな肩を竦めた。
「ご免こうむりやがります。あんな変態と仲良くするとかあり得ねーですよ」
「う…… た、確かにヴァン先生はちょっとアレな人だけど、格好いいし、優しいし、物知りだし、いい人だし、指の形が綺麗だし、声も素敵だし、それから――」
「はっ!」
精霊さまが指折り数える人の子を鼻で嗤った。
「よくもまあ、あの変態のいいとこ探しがそんなにいっぱい出来るですね」
恋する乙女の欲目というやつだろう。
その乙女の視線がティアリスの右手に向いた。
そこには、ルーヴァンスから渡された袋が握られていた。
「ヴァン先生、何を入れたんですか?」
少女の好奇心を受けてティアリスが一瞬きょとんとした。
突然だったために何のことだか直ぐには分からなかったようだ。しかし、直ぐに彼女の意図を理解したようで、袋をセレネへと放って投げた。
「知らねーですよ。知りたくもねーです。見たきゃ勝手に見やがれです」
ぱしっ。
セレネは両の手で大事そうに袋をキャッチして、それを上下左右からまじまじと見た。
「でも、ボクが見てもいいのかなぁ」
そうは言いつつもとてつもなく気になるようで、彼女は視線を袋から決して外さない。
精霊さまは呆れた様子で嘆息し、
「ワタシが許すです」
あっさりと言い切った。
ルーヴァンスの意思でティアリスに譲渡された以上、袋の中身は今やティアリスのものであると言っても過言ではない。なれば、彼女の許可は正当なものであるとも言えた。
(いいのかな? でもまあ、いいのかな。それに、正直、見たいし……)
セレネはしばし逡巡していたが、好奇心に負け、本能に忠実に袋の口を縛っている紐に手をかけた。しゅっと勢いよくそれをほどいて中に爛々と輝く紅き瞳を向けた。
そこには、丸い形のペンダントがあった。
「これ、ロケットペンダント? もしかして、ボクの絵が入ってたりして……」
乙女が夢見がちに遠くを見て、耳まで薄紅色に染めた。
しかし残念ながら、第三者の視点から判断するに、ルーヴァンス=グレイがアントニウス家のお嬢さまにご執心であるようには決して見えない。本日知り合ったティアリスであってもそう判断した。
やはり、ロケットペンダントに秘められているのは違う想いだろう。
「まったく。セレネはポジティブバカでいやがりますね。ある意味うらやましいですよ」
精霊さまの鋭い指摘を華麗にスルーしてセレネが細工をいじると、蓋があっさりと開いた。




