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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
1.人と悪魔と精霊と
7/186

1-6

 警邏隊本部はリストールの北方に位置している。一方、アントニウス邸は南西に存在する。そのため、アントニウス邸に向かうにはまず中央道路を南へ向かうことになる。

 中央道を下っていくと、まず目に入るのは町の名物たる大聖堂である。色鮮やかな大理石の壁や半円状の屋根が黄金の陽に照らされている。本来であれば厳かな印象を与えるのだろうが、事件のことがあるためか、どこか不気味に映る。

 それでも、圧倒的な重厚さや荘重さは衰えない。

「んー。こんな立派な聖堂がある町で悪魔事件なんて、皮肉だよなー」

 ぼんやりとして歩みを進めながら、ヘリオスが言った。

「こら、ヘリィ。皮肉のひと言で済まさないでよ。貴方もアントニウス家の長男なんだから、発言には気をつけて」

 不用意な発言をする弟に、こちらはキビキビと忙しげに歩みつつ、姉が鋭い視線を送る。

 しかし――

「へいへーい」

 当の弟は返事からして適当だった。反省しているようには、全く見えない。

 セレネが頭を抱えて嘆息する。

「まったくもう……」

「ところでさ、ルーせんせえ。悪魔と人間が協力してるんだとして、その人間って突き止めらんないの? 古代悪魔学で」

 その質問に、ルーヴァンスではなくセレネが眉をひそめた。彼女はふたたび息を吐く。

「あのねぇ…… そんな風に、何でもできる魔法みたいに言わないの。古代悪魔学はあくまで学問なんだから、ぱっと事件を解決できるような力があるわけないでしょ?」

「むっ。わかんないだろ? セレネはルーせんせえにちょっと習っただけなんだし。専門家のルーせんせえなら――」

「いえ。残念ながら、セレネくんの言うとおりですよ。学問はあくまで学問。学術的側面からアドバイスすることはできても、抜本的に解決することは難しいでしょう」

 学問で事件が解決するならば、警邏隊など必要ない。学者が町を護ればよい。しかし、現実はそうでない。

 ヘリオスも本気で言っていたわけではないようで、すんなり納得する。

「ふーん。残念。やっぱさあ、事件のせいで町の空気重いでしょ? うちも例外じゃなくて、父さん、オレらが出かけるの嫌がるんだよね。今日は事件の進捗を聞きに行くって言って無理矢理出てきたけどさ」

 伸びをしながらダラダラと歩み、少年が肩を竦めた。

 彼の隣でルーヴァンスが視線を落とす。

「ふぅ…… どこの家もそうなのでしょうね。僕も、女児の姿を町で見かける機会が減って、非常に心が痛いですよ」

 変態が真剣に嘆いた。

 口にした人物が人物ならば、町の境遇を真面目に憂えているように受け取れただろうが、ルーヴァンスの言葉であった時点で、変態的な意味合いが込められていたとしか考えられないのがとても残念だ。

「ルーせんせえはブレないね……」

 師の性癖に苦笑してから、ヘリオスが肩を竦める。

「まあ、そんなだからさ。塾に行くとか、そういうのでもないと外だしてもらえないし、ちょっと窮屈っていうかねー」

「あら、ボクは塾に行ければそれで満足よ。ヴァン先生にお会い出来るもの」

 胸を張ってセレネが言った。心からの気持ちのようである。正気の沙汰ではない。

「勉強熱心ですね、セレネくん。講師として嬉しいですよ」

「い、いえ…… えへへ」

 少女が頬を染めて照れた。

 少年がため息をつく。

(あんだけ露骨な発言したら気付きそうなもんだけど…… 相手にされていないのか、はたまた、ルーせんせえが驚異的に鈍いのか…… どっちにしても我が姉ながら気の毒な……)

 相手にされたらされたで問題だが、ルーヴァンスの特性上、その可能性は低いだろう。

 彼は九歳から十三歳の女児に執着する。

 十四歳のセレネはせいぜい『可愛い生徒』どまりなのだ。

 しかし、それでもめげないのが恋する乙女である。

「あ、あの、ヴァン先生。よろしければこれからお家に伺ってもよろしいでしょうか? より親密にご指導いただきたいのですけれど…… きゃっ」

 ブルタスがいたなら、ルーヴァンスは緊急逮捕されていたかもしれない。

 しかし、不幸なことに警邏隊長殿はここにいない。

「セレネくん」

「ヴァン先生……」

 熱っぽい視線が絡み合った――気がした。

 勿論、気のせいだった。

「もう遅いから駄目です。明日なら海洋学の授業で塾に来るでしょう。そのあとに僕のデスクまで質問にきなさい。いいですね?」

 とても親切な対応ではあるが、恋する乙女にとってみればそっけない態度ととれなくもない。

 セレネががっくりと肩を落とす。

(塾だと二人きりになれないじゃないですか…… ヴァン先生のばか)

 どんよりと頭上に雲を漂わせた少女が、ふと視線を進行方向に向ける。

 悪魔事件を契機として人通りの少ない中央道ではあるが、行き交う人々もちらほらといる。

 セレネはそのうちの一名に見覚えがあった。

 小走りで近づき、ぺこりと礼をしてから微笑む。


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