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パドル=マイクロトフが深い闇の中で跪き、長いあいだ瞑目していた。その様子は許しを請うようであり、かの者を呪うようでもあり、外れた道を探すようでもあった。彼の背中には決意と迷いが混在していた。
惑う人の子の元に、何処からか生ぬるい風が吹き込んで来た。
『このような暗闇の中でも祈りは欠かさぬか。大儀なことじゃな、人よ』
人の頭に声が響いた。あたかも、風に乗ってパドルの頭の中へと吹き込んだかの如くであった。
彼はゆっくりと瞳を開き、視線を地に落とす。
「……私は一体ナニに祈っているのでしょうか?」
『知らぬよ。ウチが知るわけがなかろう。お主のことじゃ。お主が思考せい』
くぐもった声につれなく返されて、パドルは苦々しく嗤った。
「それもそうですね。申し訳ございません」
『ふん。それよりも、例の屋敷の周辺を探らせたが精霊の力で覆われていたそうじゃ。恐らくは、近づけば感づかれるじゃろうな』
彼らが最後の仕上げをしようとしている地は、精霊の加護に包まれている。おいそれと魔の侵食を受け付けないだろう。
パドルは望まざるはずの現状を耳にして、どこか安堵したような様子を見せた。
「そうですか。では、今夜は……」
罪なき者が恐怖に震えるは望むところでない。
パドル=マイクロトフの心には未だにそのような弱さが残っていた。それゆえに、朝陽と夕陽に照らし出された魔の進撃は望まざる断罪であった。例え目的の為とはいえ、悲劇が生まれたのは遺憾であった。
月に照らされた闇夜において、これ以上の無用な血が流れることは彼の意にそぐわない。
しかし、闇の住人は違った。かの者が望むのは一刻も早い完遂だった。
『黄昏時と同様にサタニテイル術で屋敷を破壊すればよかろう。あまり威力をあげようものならば気付かれる危険もあろうが、屋敷を半壊させる程度で抑えて混乱に乗じれば――』
闇に響くアルトの声に反発するように、パド=マイクロトフは首をゆっくりと振った。
目的のためならば犠牲を厭わない。その覚悟ぐらいは有る。それでも、悲劇は最小限にしたい。ただ目標のみを殺害し、星を完成させたい。
彼は闇を進む中にあっても、せめてそう願った。
「不要に皆を巻き込むのは本意ではありません。朝方や夕方のようなことはもう…… 明日以降、御屋敷に踏み込むチャンスを窺うようにいたしましょう」
沈黙が闇に満ちた。
しばらくして、風が流れる。
『ふん。まあよいじゃろう。お主の足掻きを尊重してやる。多少の留意はしようぞ』
「よろしくお願いいたします」
頭を深く下げたあと、パドルは再び祈りの姿勢をとった。
しかし、かの者に対して『祈る』ことは決してない。それだけは確かだった。ただ習慣として、無益な祈祷を誰にでもなく捧げた。
風が嗤いながら駆け抜けた。




