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「ついでに言うと、てめーらがしていることも全部わかりやがるですから、あまり巫山戯たことはしねーんですね。特にヴァン」
にこっ。
女児の言葉を耳にして、幾名かは自室でも品行方正であろうと決意した。
一方で、ルーヴァンスは息づかいを荒くした。何を想像しているのか知りたくもないが、不安を煽る光景であった。
ティアリスは予想外の反応に胸の前で手を組んで身を引いた。
「……つまり、貴女のみでこの近辺の監視が可能ということかね?」
変質者然としている町民の一人を努めて気にせず、マルクァスが視線と共に問いを投げかけた。
ティアリスは、まともな質問を受けて多少は気分が落ち着いたのか、居佇まいを直して黒髪を右手で払いつつ、嗤った。
「そ、その通りですよ、偉ぶったうっぜークソ虫野郎」
憎まれ口も復活し、絶好調であった。
暴言だらけの精霊さまの応えに、マルクァスはほんのわずかに顔を顰めた。しかし、すぐに表情を引き締めて頭を下げた。
「なるほど。では、私、マルクァス=アントニウスから改めて依頼しよう。どうか我が家での殺人を阻止し、皆や町を、この国を護り、事件の首謀者を是非とも掴まえていただきたい」
アントニウス家の主人は、椅子から立ち上がって深く深く礼をした。
彼に続いて、セレネやヘリオス、ミッシェル、控えている使用人が皆、同様に揃って礼をした。
ブルタスもまた少し遅れて敬意を示した。
ルーヴァンスを除く全員が、精霊さまへと最敬礼を捧げた。
「ふんっ。そう頼まれると、逆に無視したくなりやがるのが不思議ですね」
ティアリスが悪戯っぽく笑い、人の子たちを嘲った。
それでも、誰も頭を上げずに最上の敬意を払い続ける。
「……頼む」
しばし、沈黙のみが流れた。
カタリ。
ティアリスがティーカップを持ち上げ、残っていた紅茶を飲み干した。
ごくん。
「まあ、元からワタシはクソ悪魔の企みをぶっ壊せっつー命を受けて人界へ来ているですからね。てめーら如きに頼まれなくたって、エグリグルの悪魔の一匹や二匹や十匹ぐらい余裕で殺ったるですよ。感謝しまくるんですよ、クソ虫ども」
やる気なさそうに精霊さまが宣誓した。
彼女は行儀悪くティーカップをぷらぷら揺らし、五杯目の紅茶を所望する。
「すまない。感謝する」
マルクァスがすっと低頭した。彼に続いて、セレネ、ヘリオス、使用人たち、そして、ブルタスもまた頭を下げた。
「ふんっ。まあ、任せとけですよ」
ぶるるっ。
そこで、なぜかティアリスが大きく震えた。
「? どうかしましたか、アリスちゃん?」
「……セレネ。ひとつ教えろです。緊急事態です」
これまでになく硬い口調が、場に緊張を強いた。
「ま、まさか、悪魔が出たの!? な、何!? 何が聞きたいんですか!?」
「……の場所、です」
「え?」
小さな声を聞き取れずに、セレネが聞き返した。
ティアリスは瞳に涙を浮かべて、キッと彼女を睨み付けた。両の手を足の間にはさみ、クネクネしている。
精霊さまのご様子を目に入れてセレネが察した。
「あ…… ああ、そういうこと。もー、紅茶いっぱい飲むからですよ?」
「う、うるせーです!」
顔を真っ赤に染めて、ティアリスが小声で毒づいた。
そんな彼女を真剣な瞳が射貫いた。
「ティア」
「? 何か用でいやがるですか? ヴァン。手短に頼むです」
ルーヴァンスが、すっと手を差し出す。
「是非、僕も相棒として、お手洗いまでお供してお手伝いをしたいのですが――」
「第十精霊術『聖打』ッッ!!」
どんッ!
「がっ……」
変質者が壁にめり込んで気を失った。




