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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
3.人の世にこそ悪満ちる
64/186

3-13

「ついでに言うと、てめーらがしていることも全部わかりやがるですから、あまり巫山戯たことはしねーんですね。特にヴァン」

 にこっ。

 女児の言葉を耳にして、幾名かは自室でも品行方正であろうと決意した。

 一方で、ルーヴァンスは息づかいを荒くした。何を想像しているのか知りたくもないが、不安を煽る光景であった。

 ティアリスは予想外の反応に胸の前で手を組んで身を引いた。

「……つまり、貴女のみでこの近辺の監視が可能ということかね?」

 変質者然としている町民の一人を努めて気にせず、マルクァスが視線と共に問いを投げかけた。

 ティアリスは、まともな質問を受けて多少は気分が落ち着いたのか、居佇まいを直して黒髪を右手で払いつつ、嗤った。

「そ、その通りですよ、偉ぶったうっぜークソ虫野郎」

 憎まれ口も復活し、絶好調であった。

 暴言だらけの精霊さまの応えに、マルクァスはほんのわずかに顔を顰めた。しかし、すぐに表情を引き締めて頭を下げた。

「なるほど。では、私、マルクァス=アントニウスから改めて依頼しよう。どうか我が家での殺人を阻止し、皆や町を、この国を護り、事件の首謀者を是非とも掴まえていただきたい」

 アントニウス家の主人は、椅子から立ち上がって深く深く礼をした。

 彼に続いて、セレネやヘリオス、ミッシェル、控えている使用人が皆、同様に揃って礼をした。

 ブルタスもまた少し遅れて敬意を示した。

 ルーヴァンスを除く全員が、精霊さまへと最敬礼を捧げた。

「ふんっ。そう頼まれると、逆に無視したくなりやがるのが不思議ですね」

 ティアリスが悪戯っぽく笑い、人の子たちを嘲った。

 それでも、誰も頭を上げずに最上の敬意を払い続ける。

「……頼む」

 しばし、沈黙のみが流れた。

 カタリ。

 ティアリスがティーカップを持ち上げ、残っていた紅茶を飲み干した。

 ごくん。

「まあ、元からワタシはクソ悪魔の企みをぶっ壊せっつー命を受けて人界へ来ているですからね。てめーら如きに頼まれなくたって、エグリグルの悪魔の一匹や二匹や十匹ぐらい余裕でったるですよ。感謝しまくるんですよ、クソ虫ども」

 やる気なさそうに精霊さまが宣誓した。

 彼女は行儀悪くティーカップをぷらぷら揺らし、五杯目の紅茶を所望する。

「すまない。感謝する」

 マルクァスがすっと低頭した。彼に続いて、セレネ、ヘリオス、使用人たち、そして、ブルタスもまた頭を下げた。

「ふんっ。まあ、任せとけですよ」

 ぶるるっ。

 そこで、なぜかティアリスが大きく震えた。

「? どうかしましたか、アリスちゃん?」

「……セレネ。ひとつ教えろです。緊急事態です」

 これまでになく硬い口調が、場に緊張を強いた。

「ま、まさか、悪魔が出たの!? な、何!? 何が聞きたいんですか!?」

「……の場所、です」

「え?」

 小さな声を聞き取れずに、セレネが聞き返した。

 ティアリスは瞳に涙を浮かべて、キッと彼女を睨み付けた。両の手を足の間にはさみ、クネクネしている。

 精霊さまのご様子を目に入れてセレネが察した。

「あ…… ああ、そういうこと。もー、紅茶いっぱい飲むからですよ?」

「う、うるせーです!」

 顔を真っ赤に染めて、ティアリスが小声で毒づいた。

 そんな彼女を真剣な瞳が射貫いた。

「ティア」

「? 何か用でいやがるですか? ヴァン。手短に頼むです」

 ルーヴァンスが、すっと手を差し出す。

「是非、僕も相棒として、お手洗いまでお供してお手伝いをしたいのですが――」

「第十精霊術『聖打』ッッ!!」

 どんッ!

「がっ……」

 変質者が壁にめり込んで気を失った。


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