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「欲深きは幸せを望むがゆえ、と言って、サタニテイル術を『幸せを願う術』と名付けた古代悪魔学の学者もいたそうです。まあ、さすがに平和ボケが過ぎる名称とは思います。当然のことですが、願いがすべて善良だとは限りません。しかし、かといって、すべてが善良でないとも限りません。人とは、人界とは、そういうものですよ」
誰かを殺したいと呪うのも、誰かを救いたいと想うのも、どちらも強い願いであり、どのような形であれ幸福を求める叫びである。そして、それらの願望は、実行に移すためにはとても大きい力を要する。その時こそきっと、悪魔という名の強い強い力が必要なのだ。
ルーヴァンスの言葉に、ティアリスはやはり肩を竦め、セレネとヘリオスは微かに苦笑した。そして、ミッシェルは特に表情を変えることもなく、菓子を口に運んでいた。
マルクァスはというと、特に思うこともないようで、地図へと向けていた厳しい瞳をあげ、ルーヴァンスに視線を投げかける。
「町中を基礎に置いて描き出された血六芒星で喚び出される悪魔は、どの程度の実力になるか見当はつくかね?」
「戦時中にボルネア軍の大隊を殲滅した悪魔と同等のレベルのモノ――『エグリグル』という一団に属する最上級の悪魔が顕れるでしょう。一日と経たずに、この町が壊滅します」
凄まじい現状があっさりと開示された。
双子が息を呑む。
卿も渋い顔で唸った。
しかし、ミッシェル夫人はやはりぼうっと紅茶を飲んでいる。微笑む様は女神のようでもあり、状況から言って死神のようでもあった。
精霊さまは精霊さまで特に興味もないようで、無表情だった。
そこで、メイドが扉を開けて姿を見せ、マルクァスのつく席へと寄った。
「お話中に失礼いたします。旦那さま、警邏隊のゴムズさまがいらっしゃいました」
報告を受けて、マルクァスが頷いた。
「通してくれ」
「かしこまりました」
一礼して、メイドが広間を出て行く。そして、しばしの時間が過ぎ、扉が再び開いた。
疲労した様子のブルタス=ゴムズ警邏隊長が姿を見せた。
「町の被害状況の報告に上がりました、アントニウス卿」
「ああ。よく来てくれた、ブルタス隊長。まずは掛けてくれ」
マルクァスの勧めに伴い、メイドの一人がルーヴァンスの隣の椅子をすうっと引く。
ブルタスは一礼してからその椅子に浅く腰掛けた。




