1-5
「ヴァン先生?」
セレネが訝る一方で、ブルタスが表情を明るくする。
「そうだ。グレイくん。そういえば、君は悪魔が専門だろう?」
尋ねられると、ルーヴァンスは肩を竦める。
「悪魔が専門というのは語弊がありますね。僕の専門は『古代悪魔学』です。古代における悪魔と人間の関係性を学術的に解き明かすことが専門であって、悪魔そのものを専門としているわけではありません」
「あー、そういう面倒な話はいいよ。結論を言ってくれ。何か分かることはないのか?」
「ゴムズさんはせっかちですねぇ」
くすくすと静かに笑ってから、ルーヴァンスはきっぱりと言う。
「古代悪魔学の観点で語るなら、この件は悪魔だけの責任ではありません」
彼の断言を耳に入れて、ヘリオスが首を傾げた。腕を組んで考え込む。
しばらくして、彼はすぅっと手を上げる。
「あのぉ、ルーせんせえ。それはどーゆーこと? よくわかんない」
「僕の授業を聞いているのなら、結論にたどり着けるはずですよ。ヘリオスくん」
突然、ルーヴァンスが塾講師としての顔を見せた。
あまり真面目な塾生でないヘリオスは言葉に詰まる。
一方で、セレネがシュタッと手を上げる。
「はい! ヴァン先生!」
「どうぞ。セレネくん」
発言権を得た生徒が、生き生きと知識を披露する。
「古代悪魔学の理論において、悪魔の力は、ボクらの世界――人界で制限されるとされています。これは、遙か昔に悪魔が人界を追放され、魔界に隔離されたからで、悪魔にとって人界が異界だからです。人界は悪魔のものではなく、人間のもの。人間こそが人界に闇を齎す」
本来魔があるべきでない人の世において、闇の力は制限される。しかし、あるべき存在たる人間が闇を望むのなら、その制限は取り払われる。
「悪魔単独で人界へ干渉する場合、彼らの力は極端に損なわれます。でも、この事件の犯人はそうではない。神出鬼没に人を容易く引き裂く。つまり、本事件は悪魔だけの意志に寄るものではない。人間の意思が介在している可能性が非常に高い。これが、古代悪魔学に基づいて推理した場合の結論です」
得意顔で言い切ったセレネを瞳に映して、ルーヴァンスが満足そうに頷く。パチパチと手を叩いた。
「はい。よく出来ました。さすが、セレネくんはよく勉強していますね」
「えへへ」
頬を染めて照れる様子は、十四歳の年相応な少女のそれである。
先生が言の葉を続ける。
「勿論、そうでない可能性がないわけではありません。例外はいつでも存在します。ただし、セレネくんの言うとおり、人間の意思が働いている可能性は非常に高い。となれば――」
「被害者たちの人間関係から探る手もあり、ということか」
「ええ」
ブルタスの発言に対し、ルーヴァンスがこくりと頷いた。
そうしながらも、慎重な意見をも口にする。
「もっとも、人を殺すことそれ自体が目的ということもありえます。そのような動機なき殺人の場合は、人間関係からというのは難しいでしょうが……」
世の中、可能性だけで言えば無限なのだ。言っていても始まらない。
「いや。無闇にパトロールするよりも希望はあるさ。助かった。こんな事件だ。動機があるのか、そもそも人間が起こしているのか、と疑問の声が隊内でも強くてね。少々そっち方面の捜査がおざなりになっている。改めて指示を出すとしよう」
素直に頭を下げてから、ブルタスが上着を羽織る。
「セレネお嬢さん。ヘリオス坊ちゃん。俺はこれから各小隊に、聞き込み強化の指示を出してきます。事件の報告はこの辺りでもうよろしいでしょうか?」
さほど詳しいことを聞けていないとはいえ、ここで引き留めては本末転倒だろう。
「ええ。構いません。よろしくお願いします」
「はっ。それでは」
ブルタスが慇懃に一礼する。
そうしてから、皆を警邏隊本部の外に導く。
外に出ると陽が傾いていて、闇が姿を見せ始めていた。
「グレイくんも帰っていいよ。すまないが、セレネお嬢さんとヘリオス坊ちゃんを送っていってもらえるかな?」
「ええ。大事な生徒ですからね。頼まれずとも」
「ヴァン先生!」
セレネが頬を染めて、円らな瞳をキラキラと輝かせている。
実に残念な少女である。
「ああ、それと、君の性癖もほどほどに頼むよ、ほんと。あんま仕事増やさんでくれるかい?」
「いえ。それは聞けません。頼まれても」
ルーヴァンスがにっこりと微笑み、きっぱりと言い切った。
実に残念な男である。