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「これが――」
「血六芒星」
古代悪魔学の講師がヘリオスの言葉を次いだ。その後、詳らかな説明を始める。
「今回のような場合の六芒星は現代悪魔学においても、古代悪魔学においても、共通してそのように呼ばれます。血六芒星は魔界と人界をつなぎ、魔の力を人界へと引き込むための世界と世界を繋ぐ門となります。顕化術でも魔化術でも同化術でも、いずれのサタニテイル術を為す場合においても、かの紅き星は欠かすことのできない要となるのです」
この世界と世界を繋ぐ門は、その大きさと流れた血の量、そして、術士の力量に比例して、人界へと迎え入れる力の量が変わると言われている。つまり、多くの人間を殺し、大きな六芒星を描き、その上で実力が見合っているのならば、より強力な悪魔を人界へ喚び出せるというのだ。
そして、そのような『希望』を願うがゆえに、人の子は過去にも現在にも未来にも、愚鈍に罪を重ねるのだ。
「あの、ヴァン先生。その門を通ってすっごい悪魔が人界へ来てしまうんですよね?」
「ええ。その通りです、セレネくん」
暗い顔の教え子を瞳に映して、師が苦笑と共に応える。
絶望や悲哀が道を開き、或いは単なる力が、或いは強大な悪が人界へと流れ込む。力も、悪も、しばしば更なる悲劇と闇を生み出すのみというに。
セレネは視線を落としたまま、言葉を続ける。
「なぜ、そのような門を作るのでしょうか? だって、なんでわざわざ悪魔を……」
「悪魔とはすなわち力です。例えば、戦いの勝利を望むなら、当然ながら力を――悪魔を望みましょう」
「でも、もう戦争は終わってます。力なんて必要ないでしょう?」
人の子の言葉に、精霊さまが肩を竦めて鼻で笑った。
「はっ。セレネは本当にバカなぼけガキですね。てめーらクソ虫はどうしようもねーバカなんですから、戦争なんてなくたって日常で無駄に争って、誰かを殺してーとか、誰かを支配してーとか、誰かや何かを奪いてーとか、クソみてーなことを幾つもウダウダ頭ん中でブン回してるに決まっていやがるですよ。いつだって力を欲しがっていて、いつだって欲に負けやすくって、いつだって悪魔を求めていやがるです。んなこと、ちょっと考えればすぐ分かることじゃありませんか」
「そ、それは、その、完全には否定できない気もするけど…… でも……」
積極的に肯定もしたくない、と少女の顔には書いてあった。口に出せば、青臭さの残る子供の考えと、精霊さまはやはり嗤うだろう。
人は欲深く、過去にも現在にも、きっと未来でも、過ちを犯す。
けれど、欲の全てが悪ではなく、人の軌跡の全てが過ちではない。




