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「……ちっ。これだから人間はめんどくせーんですよ」
小声で精霊さまが毒づく。
露骨な態度の精霊さまを瞳に入れて苦笑し、ルーヴァンスが小さく手を上げる。
「まあ、過去の偉人について考察するのは、今は置いておきましょう。大切なのは今ではありませんか?」
「そ、そうそう! その通り! さすがルーせんせえ! いいこと言うなあ! な! セリィ?」
ヘリオスが必要以上に明るく同意した。双子の姉を肘で突いて、話を合わせるように視線で頼み込んだ。
ぐっと気持ちを落ち着けて、セレネは一度深呼吸をした。そして、小さく頷いた。
確かに、過去の出来事について延々と議論するなど、愚行でしかない。少なくとも、現在の問題を置き去りにして論じている場合では、絶対に無い。
「……そうね。ねえ、パパ? ヴァン先生が悪意ある嘘でパドル神父さまを貶めようとするとも思えません。アリスちゃんの話は置いておくとして、ヴァン先生のお話は無視すべきではないと、ボクは思います。勿論、だからといって勘違いがないとも限りません。まずは、神父さまが悪魔と関係あるのかないのか、その点を神父さまご自身に確認いたしませんか? 残念ながら、万が一に備えて、一旦は拘束せざるを得ないかと思いますけれど」
マルクァスの表情は懐疑的なままであった。しかし、他ならぬ愛娘の提案とあれば、無下に出来ないのが親心というものだろう。
そうでなくとも、白と断ずるにしても、黒と断ずるにしても、確認もせずに決めるというのは、正しい判断ではない。
「わかった。ブルタス隊長がこのあと訪れる。まずは警邏隊にパドル神父の所在を確かめさせ、捕えて事情を聞いた上で真偽の程をはっきりさせるとしよう」
「よろしくお願いいたします、卿」
ルーヴァンスは微笑み、深々と頭を下げる。
そのような人間たちのやりとりを、精霊さまが二杯目の紅茶をすすりつつ、眺める。
こくりと数口を飲み下して、嘆息した。
「つーか、そのパドルっつークソ虫、今夜にでもこの屋敷に来るんじゃねーですか?」
『?』
ティアリスの言葉に数名が首を傾げた。
パドル=マイクロトフがサタニテイル術士であるかどうかの真偽はともかくとして、彼が今夜にアントニウス邸を訪れる意味がわからない。事実として悪魔と通じている場合、精霊さまが滞在している屋敷をわざわざ訪れるとは思えず、無実である場合も夜中に神父が訪れるような予定も習慣もない。
アントニウス家の面々が熟考しても、神父来訪の心当たりは皆無だった。




