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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
3.人の世にこそ悪満ちる
55/186

3-4

「……そのような史実はありませんが? ティアリスさま」

 マルクァスが即座に否定した。

 この場に集う人界の者たちの知識の上では、彼の指摘は間違いなく正しい。

 しかし、知識は真実でないし、史実は事実とは限らない。

 少なくとも、精霊界における常識からは著しく乖離していた。

「都合のわりーことをもみ消すのはてめーらクソ虫の得意技じゃねーですか。そのくせ、ワタシを嘘つき扱いっつーのはどういう了見ですか、ったく。胸くそわりーですね」

 ぐいっとティーカップをあおってから、ティアリスはマルクァスをきつく睨み付ける。

「そもそも、てめーらの間で聖人君子みてーな扱い受けてるクソ虫――何千年も前に、死んでから蘇ったっつークソ虫の話ですけど、そいつも悪魔と取引していやがったサタニテイル術士で、蘇ったのも、奇跡とかってもてはやされた偉業とやらも、悪魔の力を利用してやってただけで神の奇跡でも何でもねーっつーのはワタシらの間じゃ一般常識……むぐっ」

 軽快に言の葉を操っていた精霊さまの口が急遽塞がれた。

「あ、あの、ティアリスさん。申し訳ないんだけどその辺で…… オレと母さん、ルーせんせえはともかく、父さんとセリィは結構ガチなイルハード正教徒だからさ。その話の真偽のほどはともかく、ちょっと刺激が強すぎるんだよね」

 ヘリオスが半笑いを浮かべながらぼやいた。

 彼の父も姉も、大聖堂への日曜礼拝は決してかかさず、食前には心を込めて天に祈る、『敬虔な』という形容詞がよく似合うイルハード正教会の信徒である。

 一方で、ヘリオスと母のミッシェルは、表面だけを取り繕うおざなりな信徒である。ルーヴァンスに至っては、正教会と極力関わらないようにしている節がある。

 当然ながら、ティアリスの言葉を受けた際の反応は大きく異なる。

 精霊さまが口にした過去の偉人は、五聖人ごせいじんと呼ばれる者たちのうちの一人である。正教会は功績の大きい教皇や信徒を聖人と位置付けて崇めている。そのうちで最も位の高い聖人こそが、さまざまな奇跡を起こして、ついには死からの復活を為したという信徒であった。彼は神に愛された結果、神の力を扱えたのだというのが、通説だった。

 しかし、精霊さまの談によれば、かつて聖人が扱った力は魔のモノだったという。

 それが事実だろうと虚構だろうと、波紋は既に広がってしまった。面白くない顔をしている者が二名ほどいた。

 セレネなどはなまじティアリスと関わってしまっているため、少し眉を潜める程度で済んでいるが、マルクァスははっきりと嫌悪を顔に出していた。

 悪くすれば、ティアリスこそが悪魔であり、夕刻時の戦闘は悪魔の策謀、狂言であると判断されてもおかしくはない。


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