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「例の事件っていうと、バラバラ殺人――リストール猟奇悪魔事件のことだよね?」
先日からリストールでは、四肢を切断された死体が四体発見されている。前後して、闇夜に浮かぶ悪魔の姿も目撃されているという。
そのため、一連の事件をヘリオスのように『リストール猟奇悪魔事件』と称する者もいる。
「ええ。恐らくご存じかと思いますが、昨日遅くに被害者が一人増えてしまいました。そのため、夜間のみならず昼間も総動員でパトロールしております。てんてこ舞いですよ、まったく……」
ブルタスがぼやいた。
確かに、警邏隊本部が閑散としている。平素であれば、ルーヴァンスが取り調べを受ける際、顔見知りの隊員が数名で冷やかしにくるものだが、本日に至ってはそれもない。
「俺も隊員の皆と一緒に目を光らせていたわけですが、グレイくんがいつも通りにやらかしてくれてたもんで、こうして本部に舞い戻ったわけですな。グレイくんの奇行などいつものことなので無視したいところですが、善良な町民に『気味の悪い男がいる』と言われてしまうと放置できません」
頭を抱える警邏隊本部長は、随分とお疲れのご様子だった。深い深いため息をついている。
「えっと…… ど、どんまい、たいちょー。ルーせんせえが迷惑かけてごめん」
全く責任の無いはずの少年が頭を下げた。ヘリオスはそうしてから、ルーヴァンスの隣の椅子に腰をかける。
「実は、オレらがここに来たのもルーせんせえが目当てってわけじゃなくて、事件の進捗がどうなってるか聞きたかったからなんだ」
「……ボクはヴァン先生が目当てでもありますけど、まあ、ヘリィの言うとおりです」
こほんと咳払いをしてから、セレネもまたルーヴァンスの隣――ヘリオスとは逆側に腰掛けた。
ブルタスのみが背筋を伸ばして佇んでいる。
彼の瞳を真っ直ぐに見つめて、セレネは真剣な面持ちで言葉を続ける。
「ブルタス=ゴムズ本部隊長。リストール猟奇悪魔事件について分かっている全てを報告してください」
少女の表情も態度も、先ほどまで無茶苦茶を言っていた者のそれではない。
リストールの有力貴族アントニウス卿の第一子、レディ・セレネ=アントニウスとしての御言葉である。
「この町の警邏隊で対処出来ないというのなら、その事実も包み隠さずに仰ってください。既に四人もの犠牲者が出ているのです。体面を気にするなど、愚かな判断はせぬようにお願いします」
リストール警邏隊の対処能力は決して低くない。ロアー大陸にある町村の中でも一、二を争う実力を有している。
それでも、ロディール国の首都アルデストリアが誇る国家直営警邏隊や、イルハード正教会に属する神聖騎士団と比べると数段も劣る。
ブルタスはその事実にため息をついて、神妙な顔を伏せる。
「そうですね。残念ながら仰る通り、本件は我らの対処能力を超えています。昼夜を問わずに警戒態勢をとっておりますが、『悪魔』は神出鬼没ときている。どうしても後手に回ってしまう。更に申し上げますと、犯人の目星すらついていない始末です」
正直な男である。だからこそ、セレネとヘリオスも訪ねてきているのだろう。
「昨日の事件が発覚して直ぐに、アルデストリアへ早馬を出しました。二十日もすれば国家警邏隊や神聖騎士団の助けが来るはずです」
「なるほど。既に策を講じていたのですね。けれど……」
「ええ。その間に更なる犠牲者が出る可能性は高い。より一層の警戒態勢をとるように指示を出していますが……」
「あのさ、これまでも手を抜いてたわけじゃないんだよね? じゃあ――」
ヘリオスの言葉に、ブルタスが力なく項垂れる。
「ええ。悪魔の所業を食い止めることは難しいと言わざるを得ないですな」
深いため息が漏れた。
そこで、ルーヴァンスが口の端を持ち上げて、嗤う。
「悪魔の所業――ですか……」
注目が彼に集まる。