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「んー! んー!」
少女が文句を紡ごうと躍起になるが、女児の手の力は存外強く振りほどけない。
セレネを抑えつけつつ、ティアリスは海面に視線を向ける。
先ほどの衝撃波によって海面付近の爆煙は晴れてきていた。そのため、海上の小舟がはっきりと見えた。
(防いだですか…… サタニテイル術の同化術ですかね? 指先を傷つけているようですし)
遠目にも、ルーヴァンスの指から滴っている紅い雫が見て取れた。
下級の悪魔であれば、血液を捧げるのみで契約が完了する。それでも、術を行使するまでには多くの時間を要するというのがサタニテイル術における常識だ。
しかし、ルーヴァンスは衝撃波を防ぐ一瞬であれ、即座に悪魔の力を人界に召してみせた。
そのような事実から判断するに、ルーヴァンス=グレイがサタニテイル術士として一流であることは間違いないだろう。
サタニテイル術が悪魔の力を利用する一方で、トリニテイル術は神の力を利用する。当然ながら勝手は違うだろう。ゆえに、ルーヴァンスがトリニテイル術をも上手く扱えるかどうか、まだ分からない。
しかし、年が若く、術士としての経験もないセレネよりは、サタニテイル術士として経験の豊富な彼の方が達者にこなせる可能性は非常に高い。
「……ふんっ。この際、きめーのは我慢してやるですか! 飛ばすですよ、セレネ!」
ティアリスはそのような結論に達し、顔をしかめながらも、海上で荒波にもまれているルーヴァンスの元へと翔る。
びゅッ!
「ひゃっ!」
爆煙をかき分け、ティアリスが白翼をはためかせて進む。
彼女に手をひかれるセレネは、目をきつく瞑って身を硬くしていた。その手にはもう光の刃はなく、身体の周りにも光の防壁はない。
ティアリスはトリニテイル術を解除し、空を翔けるための精霊術に力を集中していた。




