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セレネはこわばった表情を浮かべて、ティアリスと共に宙に浮かんでいる。今のところ、彼女が何かを為しているということはない。全ては精霊さまの御力が為せる業だ。
「あ、あの、ボクいる?」
慣れない空中散歩に危なげな様子で耐える人の子が、思わずこぼした。
ティアリスは腕から光弾を放ち続けつつ、苦々しい表情を浮かべて言の葉を繰る。
「不本意ながら、ワタシの攻撃は効いてねーですよ。精霊術の威力で対抗できやがるのは顕化術っつー召喚術みてーので人界に生じた下級のクソ悪魔くらいのもんです。魔化術まで使ってきやがるのでしたら、相手が下級のゴミ悪魔とはいえトリニテイル術は必須です」
ティアリスの言葉を証明するように、漆黒の翼を背に生やした男が海面から姿を見せる。顔色は青白く、瞳には生気がない。しかし、ダメージを受けている様子はない。口元に不気味な笑みが浮かんでいる。
ぐおおおおおぉお!
男が獣のようなうなり声を上げると、数十の黒い光弾が生じた。
「ちぃ! セレネ! 両腕を前に出しやがれですっ!」
「ふえ?」
唐突に指示を受けて、セレネが間の抜けた声を発する。ぱちくりと瞳を瞬かせて呆けた。
「とっととしろです!!」
「は、はい!」
苛ついた様子の精霊さまから叱咤され、少女が両の腕を前に突き出す。
魔の者もまた腕をゆっくりとセレネたちに向けて突き出す。
ティアリスが、セレネの腰に軽く手を当てて、瞑目した。すると、セレネの身体に活力とでも呼ぶべき何かが満ちていく。
陽の落ち始めた中で、微かな光が女児と少女を満たした。
一方で、男には闇が集い続ける。その様子は、絶望を強いる黒き太陽の如きであった。
セレネは恐怖で目を瞑り、ティアリスは逆に目を瞠って、前を見た。
神が人界に降臨したかのような眩い光が少女たちへと集い、強く強く輝く。
町中からその輝きは第二の太陽のように見えた。不安を抱く人々に微かな希望を与えた。
ずんッ!
魔人から闇の弾が放たれ、黒い光がセレネたちに迫った。
ティアリスがすぅと息を吸うと同時に、光が収縮した。
「神楯!」
ヴン。
力強い言葉にともって、凝縮された光が再び拡散した。瞬時に、巨大な球状の光の膜が生じた。
光り輝く障壁が、セレネやティアリスのみならず、リストール港全体を覆うように展開された。
ティアリスの言葉を耳に入れて、ちらりと目を開けたセレネは、その様子を瞳に映して安堵したような表情を浮かべ、ほっと小さく息を漏らした。
しかし――
びゅッ! ずどんッ!
黒き弾丸が光を侵食して突き破った。
続いて轟音が響き、港に停泊している船の数隻が倒壊した。
「ええ!?」
てっきり攻撃を防げるものと思っていたセレネが、不満そうに声を上げた。瞳を見開いて、背を向けていた港を振り返る。




