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「ふぅ…… まあ実際、君が女の子たちに手を出さないことは承知しているよ。あれだろ。『本物のロリコンは女児に危害を加えないのです!』だろ? ご高説は耳にタコなんで今さら口にしていただかんで結構。けどね、俺らとしちゃあ、黙って放置しとくわけにはいかんの。わかる?」
警邏隊本部で、警邏隊長ブルタス=ゴムズがしみじみと言った。肩を竦めて茶などすすっている。犯罪者に対する態度というよりは、昔なじみの知り合いを相手にしているかの如くである。
「いやぁ。ゴムズさんも大変ですねぇ」
「君が言うなってぇ話だぜ、そりゃ。とにかく、もうちょっと目立たんように性癖を満足させてくれんかね。通報さえなければ無視していられるんだからさ。そうすりゃ、君だって心置きなく休日を満喫できるってぇもんだろ?」
問題発言だ。町民が耳にしたなら警邏隊の品位を疑うこと、請け合いである。
しかし、この場には少数の警邏隊員とルーヴァンスしか居ない。ブルタスの発言は特に問題とされなかった。
変態が、首をゆっくりと振りながら、真面目くさった表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
「そうは仰いますが、ゴムズさん。女児を目にして興奮せぬは人に非ず、と言いまして、目立たぬように、というのは無茶なご相談でしょう?」
そんなことはない。絶対にない。全く共感を生まない迷言を耳にして、誰もが肩を竦める。
「ふぅ。筋金入りだね、君も。まあ、今さらだが……」
深い深いため息をついて、ブルタスが頬杖をついた。彼の瞳にはいっそ憐憫が込められていた。
(他人事ながら、嫁さんの当てがなさそうだな、グレイくんは…… まあ、いざとなればお嬢さんに養ってもらえるか……)
そのようなことを警邏隊長殿が考えた時――
ばたんッ!
警邏隊本部の取調室の扉が勢いよく開け放たれた。
「ヴァン先生!」
少女が姿を見せた。ゆるく結わえられた煌びやかな金の髪が他者の目を惹く、紅眼の美少女である。身を包むシャツの袖からは、細くしなやかな白い腕が伸びている。ブラウンのカーディガンを上に羽織り、グリーンのスカートが動きに合わせてひらりと舞っている。そして、胸元の真っ赤なリボンが、アクセントとして鮮やかに映えている。顔立ちや服装などから判断するに、年の頃は十四、五歳といったところだろう。名を、セレネ=アントニウスという。
「やあ、セレネくん。今日も元気ですね」
「こ、こんにちは、ヴァン先生。ご健在のようで何よりですっ」
セレネが頬を染めて、はきはきと元気よく応えた。
彼女は、リストールの町に居を構える貴族、アントニウス卿のご息女であり、リストールで最も権力のある家の長子である。そして、国営学問塾の講師たるルーヴァンス=グレイ先生の生徒でもある。
先生を見つめ、生徒の頬がよりいっそう鮮やかに染まる。
(ヴァン先生。今日もかっこいい…… きゃっ!)
ご令嬢はご趣味がお悪いようである。
その趣味の悪い少女は、キッと目つきを鋭くする。
「ゴムズさん! 何故、ヴァン先生をこのような場所に拘置しているのですか! 不当逮捕などと嘆かわしい! 即刻解放なさい!」
何という無茶な指示だろうか。現状、逮捕などしていないし、仮に逮捕していたとして不当などでは決してない。しかし、悲しいかな、権力に逆らえないのがブルタス=ゴムズ氏のお仕事だった。
「……申し訳ございません、セレネお嬢さん。仰る通りにいたします」
「当然です! このことは父にも報告しておきますのでそのつもりで――」
セレネの肩がぐいっと引っ張られる。
「ちょっと待ってって、セリィ。それはいくら何でもブルタスたいちょーが気の毒だよ。ルーせんせえが悪いに決まってるんだからさ」
肩に乗る手の主は、セレネによく似た少年であった。
少年の名はヘリオス=アントニウスという。セレネの双子の弟である。姉同様に金の髪に紅い瞳という目立つ見た目を有し、貴族の息子という立場も相まってしばしば注目を集める。ボタンの開け放たれたシャツや、赤と黒のチェック柄をした細身のズボンは、どこか軽薄な印象を人に与える。しかし、顔つきが柔和なためか町の人からの評判はいい。そこには、しっかり者の姉よりもうっかりしていて可愛い、という不本意な評判も含まれるという。
しっかり者の姉が頬を膨らまして、うっかり者の弟をキッと睨む。
「ヴァン先生が悪いわけないでしょ、ヘリィ!」
「よく言い切れるよなぁ」
ヘリオスが小さく息をついた。
「毎日、大なり小なり似たようなことになってるのに」
「毎日ではないと思いますよ、ヘリオスくん」
「いや、毎日だぞ。グレイくん」
ルーヴァンスの虚偽報告を、ブルタスが呆れ顔で指摘した。
事実、ルーヴァンスは一日に一度のペースで警邏隊に連行されている。いずれの場合も注意を受けるくらいではあるが、それでも頻度としては多すぎる。
ルーヴァンスが国営塾をクビにならないのが不思議で仕方がない、と世間ではもっぱらの噂だった。
「例の事件もあるんだから、余計な手間は取らせないで欲しいよ。まったく」
ブルタスがぼやく。
その言葉に、ルーヴァンスやセレネ、ヘリオスが眉をひそめる。
彼らの頭に浮かぶのは、リストール町民を悩ませている凶悪事件のことである。