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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
1.人と悪魔と精霊と
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1-3

「ふぅ…… まあ実際、君が女の子たちに手を出さないことは承知しているよ。あれだろ。『本物のロリコンは女児に危害を加えないのです!』だろ? ご高説は耳にタコなんで今さら口にしていただかんで結構。けどね、俺らとしちゃあ、黙って放置しとくわけにはいかんの。わかる?」

 警邏隊本部で、警邏隊長ブルタス=ゴムズがしみじみと言った。肩を竦めて茶などすすっている。犯罪者に対する態度というよりは、昔なじみの知り合いを相手にしているかの如くである。

「いやぁ。ゴムズさんも大変ですねぇ」

「君が言うなってぇ話だぜ、そりゃ。とにかく、もうちょっと目立たんように性癖を満足させてくれんかね。通報さえなければ無視していられるんだからさ。そうすりゃ、君だって心置きなく休日を満喫できるってぇもんだろ?」

 問題発言だ。町民が耳にしたなら警邏隊の品位を疑うこと、請け合いである。

 しかし、この場には少数の警邏隊員とルーヴァンスしか居ない。ブルタスの発言は特に問題とされなかった。

 変態が、首をゆっくりと振りながら、真面目くさった表情を浮かべて言葉を紡ぐ。

「そうは仰いますが、ゴムズさん。女児を目にして興奮せぬは人に非ず、と言いまして、目立たぬように、というのは無茶なご相談でしょう?」

 そんなことはない。絶対にない。全く共感を生まない迷言を耳にして、誰もが肩を竦める。

「ふぅ。筋金入りだね、君も。まあ、今さらだが……」

 深い深いため息をついて、ブルタスが頬杖をついた。彼の瞳にはいっそ憐憫が込められていた。

(他人事ながら、嫁さんの当てがなさそうだな、グレイくんは…… まあ、いざとなればお嬢さんに養ってもらえるか……)

 そのようなことを警邏隊長殿が考えた時――

 ばたんッ!

 警邏隊本部の取調室の扉が勢いよく開け放たれた。

「ヴァン先生!」

 少女が姿を見せた。ゆるく結わえられた煌びやかな金の髪が他者の目を惹く、紅眼の美少女である。身を包むシャツの袖からは、細くしなやかな白い腕が伸びている。ブラウンのカーディガンを上に羽織り、グリーンのスカートが動きに合わせてひらりと舞っている。そして、胸元の真っ赤なリボンが、アクセントとして鮮やかに映えている。顔立ちや服装などから判断するに、年の頃は十四、五歳といったところだろう。名を、セレネ=アントニウスという。

「やあ、セレネくん。今日も元気ですね」

「こ、こんにちは、ヴァン先生。ご健在のようで何よりですっ」

 セレネが頬を染めて、はきはきと元気よく応えた。

 彼女は、リストールの町に居を構える貴族、アントニウス卿のご息女であり、リストールで最も権力のある家の長子である。そして、国営学問塾の講師たるルーヴァンス=グレイ先生の生徒でもある。

 先生を見つめ、生徒の頬がよりいっそう鮮やかに染まる。

(ヴァン先生。今日もかっこいい…… きゃっ!)

 ご令嬢はご趣味がお悪いようである。

 その趣味の悪い少女は、キッと目つきを鋭くする。

「ゴムズさん! 何故、ヴァン先生をこのような場所に拘置しているのですか! 不当逮捕などと嘆かわしい! 即刻解放なさい!」

 何という無茶な指示だろうか。現状、逮捕などしていないし、仮に逮捕していたとして不当などでは決してない。しかし、悲しいかな、権力に逆らえないのがブルタス=ゴムズ氏のお仕事だった。

「……申し訳ございません、セレネお嬢さん。仰る通りにいたします」

「当然です! このことは父にも報告しておきますのでそのつもりで――」

 セレネの肩がぐいっと引っ張られる。

「ちょっと待ってって、セリィ。それはいくら何でもブルタスたいちょーが気の毒だよ。ルーせんせえが悪いに決まってるんだからさ」

 肩に乗る手の主は、セレネによく似た少年であった。

 少年の名はヘリオス=アントニウスという。セレネの双子の弟である。姉同様に金の髪に紅い瞳という目立つ見た目を有し、貴族の息子という立場も相まってしばしば注目を集める。ボタンの開け放たれたシャツや、赤と黒のチェック柄をした細身のズボンは、どこか軽薄な印象を人に与える。しかし、顔つきが柔和なためか町の人からの評判はいい。そこには、しっかり者の姉よりもうっかりしていて可愛い、という不本意な評判も含まれるという。

 しっかり者の姉が頬を膨らまして、うっかり者の弟をキッと睨む。

「ヴァン先生が悪いわけないでしょ、ヘリィ!」

「よく言い切れるよなぁ」

 ヘリオスが小さく息をついた。

「毎日、大なり小なり似たようなことになってるのに」

「毎日ではないと思いますよ、ヘリオスくん」

「いや、毎日だぞ。グレイくん」

 ルーヴァンスの虚偽報告を、ブルタスが呆れ顔で指摘した。

 事実、ルーヴァンスは一日に一度のペースで警邏隊に連行されている。いずれの場合も注意を受けるくらいではあるが、それでも頻度としては多すぎる。

 ルーヴァンスが国営塾をクビにならないのが不思議で仕方がない、と世間ではもっぱらの噂だった。

「例の事件もあるんだから、余計な手間は取らせないで欲しいよ。まったく」

 ブルタスがぼやく。

 その言葉に、ルーヴァンスやセレネ、ヘリオスが眉をひそめる。

 彼らの頭に浮かぶのは、リストール町民を悩ませている凶悪事件のことである。


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