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尊大な精霊さまの態度に気を悪くするでもなく、人の子が微笑む。
「いえ。それで、続きをお聞かせ願いたいのですが、まず気になる点として、僕に協力を請うということは、ここリストールを襲う悪魔はまだいるということですか?」
ティアリスは紅茶をひとくち飲み下してから、頷いた。
「その通りでいやがるです。さっき滅ぼしたのは下級悪魔にすぎねーですし、この町の状況は、魔界で特別な地位にある『エグリグル』という一団に属する上級悪魔が絡んでいると見て間違いねーです。そのクラスの悪魔ともなりやがれば、大規模な儀式でもないと人界に顕現できねーですからね」
悪魔は本来、人界に存在し得ない。それゆえに、顕現するためには相応の手順を要する。
そして、決まってそこには多大なる犠牲が伴うものだ。
「つまり、リストールで発生している猟奇悪魔事件は、事件それ自体がエグリグルの悪魔を喚び出すための儀式だということですね?」
ルーヴァンスの言葉に、ティアリスがひゅぅと口笛を吹く。
「クソ虫にしては比較的まともな頭をしていやがるですね、ヴァン。その通りです」
「元とはいえ、サタニテイル術士ですからね。悪魔のことや、彼らにとって血や命が捧げ物となることなどは、充分に承知しています」
戦争当時、エグリグルの悪魔が召喚されることもままあった。戦時中ならば血も命も、望まずとも多くが流れ、多くが失われた。聞こえは悪いが、儀式の手間が省けていたのだ。
エグリグル級の悪魔の数名と既に知己となっている人の子は、十年ほど前のことを思い起こして苦々しく笑んだ。
「懐かしい――などと口にするのは問題でしょうね」
「んなことはどーでもいいです」
ルーヴァンスが自嘲するのを尻目に、ティアリスは彼の言葉をぶった切り、話を続ける。
「まず、どっかのクソ悪魔が人界を手中に収めようとか、人界で思う存分あばれようとか、そんなうざってー野望を抱きやがったんだと思うです。悪魔王は人界への不干渉を決めやがったですが、クソ悪魔どもの大多数はその決定に反感をもちまくってやがるですからね」
精霊さまの御言葉に人の子が疑問を覚えた。
セレネは行儀良く手を上げてから質問をする。
「悪魔王って人は人間の味方なの?」
仮にも悪魔の王が人を気遣うかのような話に、易々と納得は出来ないのは当然だろう。
彼女の疑問はもっともだった。
ティアリスが黒髪を指先でいじりつつ、眉を潜める。話が横道に逸れることを嫌がっているようだ。面倒そうに口を開く。
「んなことはねーと思うですが…… ワタシが知る限りでは、好戦的な指示を悪魔王が出したことはねーです。悪魔どもが従わねーから意味ねーですけどね」
実際、悪魔王が好戦的でないからといって人間が安心できるわけでないことは、今回の事態が生じたことからも間違いない。悪魔というのは大人しく王の命令に従うわけではないらしい。
即ち、問題とすべきは悪魔王の思惑ではなく、人界を狙っているというエグリグルの悪魔自身なのだ。




