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イルハード正教会の信徒であるセレネにとって、悪魔を敬う者は敵であった。学問として学ぶだけならば許容の範囲内であるが、崇拝するまでいくと容認できるものではない。
ルーヴァンス=グレイが事実として悪魔崇拝者であるのなら、セレネの心は大切な二つの想いをもってして引き裂かれることとなる。
しかし幸い、彼女の最悪な予想は裏切られる。
「その短絡思考は必ずしも正しくはねーです。単に力を得るため、術士になる野郎も多いですからね。ヴァンがどうかといえば……」
視線がルーヴァンスに集まる。
彼は肩を竦めて自嘲する。
「僕は神も悪魔も信じませんよ。ティアの言うとおり力が――下らない戦争を早期終結させる力を得ることだけが目的でした」
その言葉にセレネが一息つく。神を信じないというのは嬉しい事実ではないが、少なくとも悪魔を敬わないのは朗報である。共感を得られずとも、反感を抱かぬならば、共に歩めよう。
ほっと胸をなでおろす。
(けど……)
少女は安堵した直後に瞳を伏せた。
「戦争…… ロアー南北戦争ですか……?」
ロアー南北戦争とは十年前に休戦協定が結ばれて終結した大陸統一戦争である。ロアー大陸の北方を統治しているボルネア国と、ルーヴァンスたちが住まう南方のロディール国や西方のマルシャン国の連合軍が衝突した戦争だ。
彼らは一年間に幾度も戦闘を重ね、半年で連合軍側の兵士と市民が、残りの半年でボルネア軍の大多数が天へと召されたという。
双方、相当数の被害を受け、ついには休戦と相成ったのだ。
この時、ボルネア軍に甚大な被害を与えたのが、学問国家ロディールの魔術士隊と、サタニテイル術士隊だった。
サタニテイル術士は、悪魔から力を借り受けて術を行使する者のことだが、魔術士は、人間自身に備わっている力を用いて術を扱う者のことをいう。人の力は悪魔のもつそれの下位互換であり、『魔』と定義される。そのため、人に備わる力を行使する術士が、『魔』術士と称されるのだ。
人によっては、力を『魔』ではなく『聖』と定義し、『魔』術士のことを『聖』術士と呼んだりもするが、ロディール国では一般的でない。
こういった術士は、ごく一般の歩兵や騎兵の数倍以上の強さを誇る。人数自体が少なくとも、数十名、ひょっとすれば数名いるだけで、戦局が大きく変わる。
とりわけ、サタニテイル術士は強力である。たった一名で、小さな町程度ならば簡単に滅ぼせる。
ロディール国は、そのような術士を、当時の戦に多数投入していた。




