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「精霊ティアリスよ。君も理解しているだろうが、第一級認定されたトリニテイル術士と釣り合う人間は稀少だ。信頼のなさゆえに術の威力が出ないなどということがないよう、日頃からそちらの彼と親睦を深めるようにするのだぞ」
ヴン。
とんでもない言葉を残して、王はあっさり去った。当然、精霊界へ戻る為にティアリスが潜りたかった光の扉も、一切の余韻を残さずに消え去った。
わなわなと震えながら、軽く嗚咽しているティアリスに、人の子が金の髪を揺らして歩み寄った。
「アリスちゃん! これからもよろしくお願いしますね!」
金髪紅眼の少女は紅玉を細めて、とても素直に喜んでいた。
「うるせーですよ!」
黒髪碧眼の女児が涙目で暴言を吐いた。彼女の口汚さはとどまることを知らなかった。
「ざけんなボケ王おぉお! くだばれクソかみいぃい!」
天上へと向けて呪詛を叫んだ。
呪いを世に振り撒く女児のふっくらした頬を、きらりと涙が零れ落ちた。
いっそ美しくすら感じる泣き顔に、当然ながら――
「女児の可愛い泣き顔さいこおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおぉおお!!!!!」
変態がその性癖ゆえに狂った。
「うるせーですよッ! この変態いいいいいいいいいいぃいいいいいいいいぃいい!!!!!」
精霊もまた憤怒ゆえに狂った。
彼らがそう在るように、四界はいつも想いに満ちていた。だからこそ狂い、廃れ、律し、栄えた。
人も、精霊も、魔すらも、人界で、精霊界で、魔界で、想いを貫いて来た。
イルハード神は彼らに彼ら自身の想いを任せ、彼ら自身の選択に任せ、彼らの住まう世界を任せた。それは一種の呪いで、一種の祝いだった。
四界は呪いだけで満ちているわけではなく、祝いだけで満ちているわけでもなく、複雑怪奇に在り続けてきた。四界とはただ、そういうものだった。
神は神界、人は人界、悪魔は魔界、精霊は精霊界にて凄し、時に交流を深めてきた。その結果が祝いであれ、呪いであれ、四界は互いを支えた。
呪いが祝いを生むことが有れば、祝いが呪いを生むこともまた有った。あらゆる物事は一概に断じ得ず、どんなに絶望に満ちた結果であろうとも、何時かどこかで希望へと通じ、その逆もまた然りであった。
なればこそ――
「女児は四界の宝あああぁあああああぁああ!!」
「ざっけんなあぁあああッッ!! ですうぅうう!!」
色欲も憤怒も、いつかは希望の光を生む一助となるやもしれない。
そんな奇跡を信じて、人よ、神へ――そして、自分自身へと祈りをささげよ。
祈りは想いを支え、想いがいつか奇跡と変ずこともあるだろう。勿論、変ぜぬこともあるだろう。
どちらだとしても、決して救いを求めて祈るなかれ。祈りは誓いだと知れ。
『セレネよ。あの愚者どもを宥めた方がよいのではないか?』
「そうですね、アルマースさん。……イルハードさま。ボクたち、頑張ります」
少女が呟き、騒ぎの中心へと駆け寄っていった。すると、色欲と憤怒が姿を隠し、秩序が生まれた。
小さな奇跡が町を照らした。
了。長らくお付き合いありがとうございました。