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「えっと…… これ、何でしょう? ヴァン先生」
あまりに突然の事態に、興奮していた人の子はすっかり冷静さを取り戻して、師へと尋ねた。
「さあ? これは僕にもわかりませんが……ティアはどうです?」
「精霊術の一種で、世界と世界を繋ぐ扉を生み出す術ですが…… これを使えんのは、精霊界でも一人だけですよ」
精霊さまの言葉の意味を、人の子たちは瞬時に理解した。そして、少しばかり表情を暗くした。
「それじゃあ――」
がちゃりと光の扉が開いた。
光の中から、壮年の男性が姿を見せた。茶の長髪を後ろで緩く結わえ、若草色のローブに身を包んでいる。ひょっとすれば女性と見間違えそうななりと、やや緑がかった黒い瞳が印象的だった。
扉を閉じてから集っていた一同を見回し、その中の一人へと視線を注いで彼は漸う言葉を紡いだ。
「ティアリスよ」
「ちっ。ボケ王さま、やっといらっしゃったですか。お早いお迎え、ご苦労ですよ」
いち精霊の嫌味たっぷりの暴言に、精霊の王は謙虚にも頭を下げた。
「こうして連絡が遅くなったこと、すまなく思っている」
「ああ、別にいーですよ。ここ数日で怪我もおおかた治りやがって、疲れも取れたとこで、そろそろ迎えにくんだろーとこいつらとも話していたです……から……」
そこまでつらつらと口にして、ティアリスは何かがおかしいことに気づく。彼女は精霊王を真正面から睨み付けた。
「今『連絡が遅くなった』と言いやがったですか? 『迎えが遅くなった』でなく」
「ああ。そう言った」
淡々と述べる王を瞳に映し、ティアリスの胸には言い知れぬ不安が広がっていった。引きつった笑顔を浮かべて、尋ねた。
「何の連絡でいやがるですか、ボケ王?」
王がすっと口を開いた。
「この町の血六芒星は、サタニテイル術士が死ぬことで完成した。それゆえなのか、どうやら中途半端な状態のまま残ってしまっているのだ」
「で?」
何やら嫌な予感がむくむくと湧いてきた。ティアリスは露骨に眉を潜めて見せた。
精霊王は無表情のままで軽く肩を竦めた。
「結論はお前も判じているだろうが、ここは悪魔が干渉するに易い場となってしまった」
「だから、で? もったいぶんなです、ドグサレ糞アホ王さま」
ティアリスにとって大事なのはそのようなことではなかった。その先にある、精霊王が降した決定だけが肝要だった。
「我らはイルハードさまのご意思のもと動く」
人が悪魔を求めるのであれば、それは自然なことである。その結果がどのような悲劇であろうと、神は気にされない。そして、人同士の悲劇であっても、彼は気にしない。
それがイルハードの意思なのだ。
しかし――
「我らは、悪魔が人に干渉する事態を収拾せねばならん」
ただ一点、神はその事態を許容しない。それは一説に、悪魔を生み出したのが人であり、主が人、従が魔と、世界が決めているゆえだと言われる。
従が主に干渉する行為を認めるならば、全ての主たる神もまた、悪魔に、精霊に、そして、人に、全てに脅かされかねない。
だからこそ、イルハード神は今回人をお救いたもうた。




