6-3
リストール港では、釣りたての魚を焼いて売りさばいている屋台が出ていた。
その屋台の前を黒髪の女児が通る。彼女は空色の瞳を焼きたての魚へと注ぎ、足を止めた。そして、その魚をおもむろに手に掴んで、一切の躊躇なく、はむっと頬張った。
「ちょ、ちょっと、お嬢ちゃん!」
当然ながら、店主から文句が出た。
「お金払って貰わないと――」
「 ご、ごめんなさい!」
ずいッ。
怒れる店主と女児との間に、金の髪の少女が割って入った。紅の瞳を申し訳なさそうに伏せていた。
「いま持ち合わせがないので、あとでボクの家に請求してください」
「おや、セレネさまのご友人でしたか。それでしたらどうぞ、ご自由にお食べください」
リストールの町の代表貴族アントニウス家のご息女セレネ=アントニウスの姿を見て取ると、屋台の親父さんは一転して気をよくした。逆に、ここでたくさん食べてもらった方が、売り上げが増えて万々歳であった。
しかし、言葉を向けられた女児――精霊ティアリスはそっぽを向いた。
「あんま旨くねーので二本も要らねーです」
「ぼぼぼ、ボクがもらいますっ! ほら、ヘリィも!」
精霊さまの暴言を受けて、セレネが焼き魚の串を二本手にとった。
彼女の隣を歩んでいた弟ヘリオス=アントニウスもまた、串の一本を手に取った。そして、すぐさま頬張った。
「んぐっ。んー、オレは美味しいと思うけどなぁ」
唇をひと舐めしてから、少年は満足そうに頷いた。短い金の髪が微かに揺れ、双眸が紅く輝いた。お世辞ではなく、本気で美味だと感じているようだった。
「ヴァン先生もどうぞ」
にっこりと微笑んで、セレネはもう一本、串の魚に触れないギリギリのところを手にして、ギクシャクした動きで差し出した。
差し出された銀髪の男性は、金の瞳を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。セレネくん」
男性――ルーヴァンス=グレイもまた、教え子から受け取った食物を口に入れ――
「確かに、それほど旨くないですね」
「も、もぉ! ヴァン先生! アリスちゃんの意見に迎合しないで、きちんと本音を言ってください!」
師の言葉の意図を瞬時に察した生徒が、懇願するように叫んだ。
ルーヴァンスは苦笑し、小さく手を上げて謝意を表した。
「すみません。セレネくんの仰る通り、ティアに気に入られたくて意見を合わせました。ちゃんと美味しいですよ」
「ボクは、適当に意見を合わせても信頼されないだけだと思います」
ぷくっと頬を膨らませて、セレネが言った。
魚を酷評したことでなく、ティアリスに好意を寄せていること自体が気にくわないご様子だった。相も変わらず物好きな少女である。