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「ふむ。次はそうさな。アルマースに利用させたあの女――セレネとかいう名だったか。アレを使って更に力を喚び込むかの」
ぴくり。
微かに、人と精霊の表情に変化があった。
そのようなことには気づかず、紅魔はおざなりに闇を放ちつつ、南へと視線を投げた。港には、魔界から流れ込む力を扱えそうな者が他にも数名居た。
「さて。どうやら、術士として使えそうなのはあやつと、他に二匹といったところ――」
そこで、シスター・マリア=アスビィルは微かに眉を潜めた。
(? 一匹おかしな者がおるの…… 存在を偽装しておる。ウチでも本質が見抜けぬとは――何者じゃ?)
僅かながらの不安を覚え、しかし、紅魔は捨て置くことにした。所詮は玩具のうちの一匹でしかない、と。
ぐぐっ!
シスター・マリア=アスビィルが寸の間、思索にふけっていたその時に、白と黒の光が再び均衡し始めた。黒白は双方がとてつもない力を秘め、互いにその力を削ぎ続けていた。神と魔の力の応酬は眩い光を放ち、バチバチと鋭い音を響かせていた。
「お? あれかえ。火事場の馬鹿力というやつかえ?」
別段あせることもなく、いっそ、線香花火の最期の足掻きを楽しむ幼子のように微笑み、シスター・マリア=アスビィルは更なる力を込めた。まだまだ余裕があるようだった。
しかし、紅闇側の力が増したというのに、黒と白の二つの光は均衡したままだった。それどころか、逆に白き光が黒を押し退け始めていた。
(これは……)
幾分の驚愕を顔に浮かべ、しかし、それでもシスター・マリア=アスビィルは余裕をもって嗤っていた。
「ふむふむ。どうやらお主ら。土壇場でより一層信頼し合った――いや、信頼というよりは、目標が合致した、といったところかの。まったく、理解できぬわ。それほどまでに人間どもを守りたいかえ?」
嘲笑と共に尋ねられ、精霊さまもまた嗤った。
「はっ。ワタシがクソ虫どもを守りたいとか、微塵も思うわけねーじゃねーですか。バカですか、死ぬですか?」
暴言を吐いた女児――ティアリスは、基本的に人間が嫌いだった。それは、彼らがしばしば汚い欲に塗れるゆえだった。そして、彼女は人間が嫌いなどころか、神も悪魔も嫌いだった。精霊が相手であっても、場合によっては容赦なく嫌った。
それは精霊としての性質というわけでは勿論無く、彼女自身の性質だった。彼女は、どのような相手であっても、初期の印象がマイナスから始まっていた。彼女にとって、他者を守るなど、他者を信じるなど、悪い冗談でしか無かった。
けれど――