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神の光が空を照らし、リストールの町の方々を白く染めた。しかし、光は闇を退けられなかった。白光が微弱なわけでは無かった。紅闇が濃すぎたのだ。
緩慢に緩慢に、紅玉の魔から放たれる黒き光が白刃を退けて行った。
「ふフフ。そロソろオわリカえ? よクヲいえバモうすコシあソびタカッたのジャゃガ、マあ、そレナリにたノシめタの。れイヲいうゾエ」
不思議な響きの声音が、肉片の隙間から響いた。紅玉を取り巻くのは、相も変わらず肉と筋とぴくぴくと脈動する血管の集合体だった。肉塊は顔など持たずとも、器用に嘲嗤っていた。
一方で、人の子と精霊は歯がみし、必死で力を振り絞った。
「ちっ! こっちの威力自体は上がっていやがるんですがね!」
「いいいいっそ、き、キスをして、より一層親密になるというのは――」
「そんなきっめーことをほざけるなら、まだ余裕あるですね。死ぬ気で術に集中するですよ。つーか、死にやがれです」
会話の内容には余裕を感じるが、実際のところ、彼らの表情には余裕が一切無かった。玉のような大粒の汗を額に、頬に、それぞれ浮かべて、出し得る限りの力を出し続けていた。
そんな光の使徒たちとは対照的に、闇より出でた紅の魔は、楽しそうに紅玉をころころと回していた。そして、闇色の光を放ちつつ、彼女はようよう屍体を形成し直した。
紅玉が一つから二つになり、頭蓋骨が生じ、頬肉や金の髪が生じ、肺以外の内臓が生じ、それらを覆うふくよかな肉体が生じた。荒廃した町の中央に、裸婦が顕れた。
黒と白の光がせめぎ合い、空には紅き六芒星が浮かぶ中、大地には乳房や恥部を露出した、透き通るような白き肌の女性――シスター・マリアが居た。
紅と白と黒の混じり合った荒廃の中に在る裸体は、煽情的な要素など皆無で、只々異様のひと言に尽きた。
相変わらず余裕の表情を浮かべ、裸婦(シスター・マリア=アスビィル)は小さな唇を開いた。
「さて、そろそろ終いにしようぞ。お主らを殺したら、更に多くの者を殺し、多くの物を壊そう。特に、人界の建物は壊しがいがあるしの。工夫を凝らした物は、壊してこそ面白いというものじゃろう」
賛同しがたい主張を口にしつつ、シスター・マリア=アスビィルが腕に力を込めた。ゆっくり、ゆっくりと、悪魔の放つ光が他方――神の白光を侵食していった。
一層、ルーヴァンスとティアリスの顔が焦りに染まった。
「ああ、そうじゃ。せっかくじゃしの。また誰か他の者をたぶらかし、更なる力を引き込むか。そうすれば、もっともっと殺し、もっともっと壊せるというものよ。ふふふ」
黒の進撃は全く止まらなかった。