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「ヴァン!」
ティアリスが人の子の名を呼び、目前に有る背中と黒翼を見つめた。そして、一度大きく頷いて決断した。
この期に及んで嫌がってもいられないのだろう、彼女はルーヴァンスの腰に抱きついて、力を込めた。そうして接触を多くすることで、多少はトリニテイル術の威力が増すことが見込めた。押されていた白が黒を押し返し、再び力が均衡した。
しかし、その均衡は直ぐに崩れることとなった。
「てぃてぃてぃ、ティアの無乳があたあたあた、当たって! ふおおぉおおッッ!!」
「て、てめーッ! こんなときにアホ言ってんじゃねーですッ!」
ずんッ!
紅玉から放たれた紅闇が、一瞬で人の子と精霊より放たれた白光を圧倒した。
ルーヴァンス側では嬉しいハプニングで集中力が切れ、ティアリス側では彼への嫌悪感が思わず出たのだろう、白き光の力が減じた。再び黒が押し戻し、どんどんと彼らへ迫って来た。
慌てて愚者が集中し直した。
ティアリスもまた首を左右に振って、嫌悪感を吹き飛ばそうと試みた。
ぐぐ……
人の子と精霊の尽力の結果、黒の進撃はみたび止まった。しかし、白が押し返す様相は見せなかった。
閃光の威力が減じたばかりではなく、紅闇の濃さが増していた。
(判ってはいたが、余力を残していたか……)
ルーヴァンスが眉を潜めつつ、光刃を放つことに集中した。
紅魔から生じる闇の力が少しずつ強化されているようで、人の子らの生み出す光をとどめるのみならず、ややともすると、ゆっくりとゆっくりと押し返していた。
(このままだと――)
「ヴァン。背中のソレ、消せです」
焦燥を伴ったルーヴァンスの思考を、ティアリスの言葉が消し去った。
彼女は、人の背の黒翼をも消せと言った。
「神閃に集中しやがるですよ。ワタシの天翼があれば充分なんですから」
「……ですが、ティアの負担が」
ルーヴァンスの言葉を耳にして、ティアリスは口の端を持ち上げて嗤った。
「はっ。てめーに心配される程、落ちぶれちゃいねーです。もっと光の存在を信じたらどうです? まあ、イルハードのクソ神を信じろなんて言わねーです。奴が信じるに値するかっつーと微妙ですし。だから――」
精霊さまは人の子の背後に居た。故に、ルーヴァンスにティアリスの表情はうかがえなかった。けれど、彼の黄金色の瞳には、彼女の笑顔が、大きく円らな空色の瞳が、華奢な背を流れるぬばたまの髪が、余すところなく映じていた。
「だから、ワタシを信じるです」