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リストールの町の南方――港では、町民の皆が不安に表情を曇らせて俯いていた。彼らのうちの何名かは、視線を地へと伏すのみでなく、耳を塞いで音を拾うことすら拒絶していた。
天上には紅き六芒星が描かれ、大聖堂が在った町の中央からは物騒な爆音が木霊していた。日常からかけ離れた現状を、只々不安を抱えて無為に過ごす人々の中でアントニウス家の面々もまた立ち尽くしていた。
使用人たちは、再び意識を失った状態で戻って来た長子、セレネ=アントニウスを介抱していた。土で汚れた白き肌を水で濡らした布で拭いたり、乱れた黄金色の髪を樫の木製の櫛で梳いたり、不安を払拭しようとするかのように、懸命に尽くしていた。
ヘリオス=アントニウスは、双子の姉の様子を窺いつつ、紅き天を見上げ、荒地と化した町を見渡していた。生まれ育った地が荒廃して行くさまに心を乱し、町民と同様に陰りのある紅き瞳を伏していた。彼は小さくため息をついて、それから自身の頬を二度、三度と打った。滅入った心に気合を入れて、小走りで港に設置された簡易救護室へと向かった。
港には次々とけが人が運ばれてきていた。軽傷の者は自らの足で、重傷の者は警邏隊員に背負われてやって来た。白い布で覆われた救護室は、そのような人々で埋め尽くされていた。
「へ、ヘリオスさま。どうされました?」
看護師の一人が貴族の息子の姿を見止めて、手を止めて寄って来た。
ヘリオスは彼女に手を止めないように言ってから、腕まくりをした。
「オレも手伝うよ。簡単なことしか出来ないけど。指示して」
「そんな――」
何か言おうとする相手を手で制し、ヘリオスは苦々しく笑った。
「何かしてないと余計なことを考えそーでさ。お願いだよ」
現状出来ることは限られていた。
町へ出て生き残っている者を探し、港へ誘導すること。
傷ついた者の治療に従事すること。
そして、ただただ不安を抱えて俯いていること。
ヘリオスは二つ目を選んだ。いや、正確には三つ目を選びたくなかった。
「……かしこまりました。では、この包帯をディートル医師にお渡しください。その後は水汲みをお願いいたします」
「うん。りょーかい」
小さく微笑み合って、彼らは忙しく動き始めた。
マルクァス=アントニウスとミッシェル=アントニウスは、港から少し離れた位置で町の中央へと視線を投げていた。碧眼は険しく、紅眼は柔和に、闘いの土煙と閃光を見守っていた。
「どうだい?」
「んー。ルーちゃんたちが一本取った感じですかねぇ。頑張ってはいますよ」
ミッシェルの賛辞には含みが有った。
「……そうか。もしもの時は介入できるかね?」
マルクァスが尋ねた。
透き通った海のような瞳に真摯に見つめられ、妻が小さく苦笑した。
「今のとこ、無理ですよ。アスビィルも頑張って用意したみたいで、約したサタニテイル術士以外があの子を支配するのは、直ぐには難しいです。まー、もーちょっとルーちゃんに任せましょ」
楽天的な言葉だった。
アントニウス家当主は、絶望の地を照らし出す紅き六芒星を瞳に入れ、深く深く嘆息した。