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紅魔の視線の先に居る筈のルーヴァンス=グレイは、相変わらず神の力を受け続けていた。受けた力を術へと変換し、全てを呑み込まんと構えていた。
ティアリスは紅魔の後方で、同じように精霊自身の力を高めていた。相棒の一撃と共に何かを為そうと企てていた。
(あれ程に神の力を高めた一撃なれば、ウチの闇をもってしても容易に防げぬ。全方位を一度に護る程度のことすらも、此度の契約では難しかろう。神の光が来る方角へと、障壁を全力で展開せねばならぬかの)
パドル=マイクロトフの未熟な力で為された紅魔の契約は、彼女の力に相も変わらず制約を与えていた。しかし――
「くっくっ。力無きことが逆に小気味よいわ。あの弱き愚かな人間に感謝するとしようかのぅ」
紅玉を怪しく光らせて、魔が嗤った。亜麻色の髪が風になびいて、たてがみのように逆立った。
彼女の姿は、恰も血に飢えた獣の如きであった。
「これでこそ、闘いじゃ」
小さく艶のある唇から、呪いの言葉が放たれた。
そして、その時、ルーヴァンス=グレイに集った光が一層輝き、紅き空を、黒き大地を、紫の海を、真っ白に染めた。魔が呪いを振りまく一方で、リストールの町が神の祝福を受けたかの如くであった。
その光は――
(さて。如何に来おるか)
閃光が紅魔の前方で放たれ、真っ直ぐ向かって来た。
シスター・マリア=アスビィルは口元を紅き繊月のように歪めた。
「単純明快。想定通りじゃ」
ヴン。
濃い闇色の楯が紅魔の前方に展開した。迫り来る光を弾かんとしていた。
黒と白が出逢おうという、その時――
「第十九精霊術『天扉』!」
シスター・マリア=アスビィルの後方で、精霊の甲高い声音が響いた。
(……トリニテイル術は最早放たれおったのじゃ。精霊術は捨て置いてよかろ――)
前方から迫る神の力が、光の扉の中へと消えた。
パァンッッ!!
そして、魔に魅入られた屍体が弾けた。